12.人間を取る漁師

「こ、この野郎! 撃て! 撃ちまくれ!」


 我に返ったチンピラたちがすかさず銃撃を開始する。

 すんでの所で銃弾を躱した俺は、近くにある断裂したコンテナを盾にした。


(……ちっ、これじゃ遮蔽物になんねえ!)


 なぎ倒されたコンテナが転がる倉庫内は、当初と大きく配置が変わっている。

 拳銃を失った今、ここで防戦を続けることはできないだろう。

 俺は彼らの銃が弾切れを起こしたのを見て取ってから、倉庫の正面出口を目掛けて疾走した。


「撃て! 撃てぇ!」


 走り出した俺の背中に向けて、弾を込め終えたチンピラ立て続けに銃を乱射する。

 限界まで前傾姿勢になり、的となる面積を減らしつつ扉へと向かう。

 そして生々しい銃痕が刻まれた鉄扉、その隙間から身を躍らせ、倉庫の外に出る。

 俺の視界に飛び込んできたのは突入前、チンピラとブローカーが交渉していた空間。

 夜の海が見えるひらけた敷地には、トラックと三台のバイク、そして倒れこんだままの男たちが残されていた。


「とまれぇ!!」


 怒声と共に、立ち止まった俺のすぐ足元に銃弾が撃ち込まれる。

 ゆっくりと振り返る。肩で息をするチンピラ三人が真っ赤な顔で怒鳴り立てていた。


「この野郎……ッ! 俺らの取引をめちゃくちゃにしやがって! もう逃げられねえぞ! 潮時だ!」

「ああ、確かに潮時だな」


 周辺に隠れられる場所はない。つまりもう逃げる必要はなくなったわけだ。

 残っているのは――


「――加治原! やれ!」


 俺が右手を上げた次の瞬間、倉庫の二階の窓から合成金属で出来た投げ網が放り投げられた。


「んなぁっ!?」


 すっぽりとチンピラたちに網が覆い被さる。

 予想の外からの攻撃に、泡を喰って網の中でもがき始めるチンピラ三人組。

 が、その抵抗も空しく次の瞬間、青白く発光した電流が網全体に走った。


 一瞬で意識を刈り取られた三人組を見ながら、周囲をぐるりと見まわす。

 倉庫突入前の奇襲で、地面に転がっているブローカーと他二人。

 倉庫内の巨漢の用心棒と肩の関節を外した男、そしてそいつに撃たれて転がっている男。

 計九人――すべてのターゲットの無力化に成功。あとは警察に引き渡すだけだ。


「おい、加治原。もう降りてきていいぞ」


 今回の捕り物に一役買ってくれた警察時代の後輩に声をかける。

 二階から降りてきた加治原は、煙草を銜えた俺にすかさずライターの火を添えた。


「先輩! お疲れさまです!」

「ああ。しっかり見届けたか?」

「はい! 先輩、刑事ドラマみたいでマジカッコよかったっす! すごく勉強になりました!」 


 ここに加治原を呼んだのは連中の後始末もあるが、以前から事あるごとに俺の仕事を見たいと言っていたからである。

 かつて訓練ではよく顔を合わせていたが、こうして直接現場を共にする機会はそう多くなかったのだ。


「あれだけの人数を一人で制圧するなんて……もう尊敬の一言しか出ないっすよ!」

「必要なことはメモしたか?」

「はい! ばっちり書きました! 先輩の仕事を見れてマジ感激っす!」


 キラキラと目を輝かせる加治原。そんな元後輩に、俺は今回の仕事の要点を振り返るように告げた。

 

「そうだ。先輩が使用した装備なんですけど、スタン警棒とか電流投網ってたいてい暴徒鎮圧用じゃないですか。なんで選んだんですか?」

「今回は生け捕りだからそれで良いんだよ。銃よりも古典的なゲリラ戦法の方がこういう手合いには有効な場合が多いんだ」


 相手が物量で攻めてくる場合、弾丸に限りのある銃よりも、戦力を分断して近接武器で各個撃破するのが上策である。

 また当たり所が悪ければ死に至る銃より、ほぼ確実に無力化できる鎮圧用装備の方が取り回しがしやすい。


「お前もなかなかの投げ網捌きだったぜ。人間を取る漁師を名乗ってみたらどうだ?」

「えー、それはいいっすよ~」


 そんな軽口を叩いた後、携帯灰皿で煙草の火を揉みつぶす。


「そろそろ確保に移るぞ。まだ戦意のあるやつもいるだろうから気を付けろ」 

「わかりました!」 

「それと倉庫の奥に攫われてきたガキもいるはずだ。そっちも保護しとけ」


 その声に加治原は予想していなかったのか悲鳴にも似た声をあげた。


「え、うちでですか!? 孤児を預かる施設はもう満員で、自治体にも子供を何人も保護するような予算はないですよ! 先輩もよく知ってるじゃないですか!」

「だったら金持ってる慈善団体に交渉するとかよ、他にも幾らでもやりようはあるだろ」

「ま、まじすか……この間、行方不明になった子供もまだ見つかってないのに……」


 ぼやきながら加治原が拳銃を抜く。

 俺の拳銃はあの巨漢の用心棒に取り落とされたまま倉庫内に残っている。

 予備の銃を受け取るべく口を開きかけたその時、加治原が鋭く叫んだ。


「先輩! あいつ!」


 加治原が指を差した先には、負傷した右腕をかばいながらバイクにまたがるスキンヘッドの男の姿。

 俺が真っ先に奇襲したあの人身売買ブローカーであった。


「加治原! 銃を貸せ!」


 エンジンをかけ、逃げようとする男。受けとった銃を構えて狙いを定める。

 しかし排気口から白煙を吐き出したバイクは、みるみるうちに小さくなり始めた。


「くっ……!」


 あの男をこのまま逃すわけにはいかない。だが走り出したバイクを撃った場合、最悪事故を起こして死ぬ可能性がある。


(――今ならまだ射程距離内。どうする!?)


 自分が取るべき選択肢を模索する。

 エンジェルの依頼内容は、取引に関わる全員を生存させた状態で警察にぶち込むことである。

 ここでブローカーが死んでしまったとなっては、奴のバックに居る隣町のマフィア連中が黙ってはいないだろう。

 あくまで大きな争いを防ぐための警告のはずが、街で黒服共が戦争を始める切っ掛けとなってしまっては本末転倒である。


 背筋に嫌な汗が流れる。

 こうなってしまった以上、奴は諦めるしかないかと引き金から指を離そうとしたその時――


「あ……アレはなんすか?」


 この場にそぐわぬ呆けた声に、俺はハッと加治原の視線の先を追う。

 バイクが向かう方角に位置する倉庫の一つ。その屋根の上に月に照らされる人影があった。


「……!」


 この場から数百メートルは離れた地点にも関わらず、巨大な月を背負った人影の形がはっきりとわかる。

 夜闇に浮かぶ小さな背格好。サイズの合わない白いシャツがバタバタと風にはためいている。


 ――ドクン


 すべての感情を削ぎ落したような無機質な表情。

 美術品のように整った顔には、青と金の異なる色彩の持つ眼光が静かに灯っている。


「あ、あいつは……」


 まるで見る者の魂を奪うような幻想的な光景。

 それは数日前、俺が事務所の窓から見た時と同じ、神聖不可侵な気配を纏った少女の姿だった。

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