5.身体の価値
「……だめ?」
小首を傾げつつ、自分の身体を指し示す少女。どうにも冗談を言っている風にも見えない。
完全に言葉に詰まってしまうと、静まり返った室内に報道番組の記者だろう低い男の声が響き渡った。
『――ここ数年、異常な拡大傾向にある人身売買を主とした闇ブローカーの跳梁は、良質な肉接ぎを望む需要に対して供給が追い付いていないことが原因の一つとして挙げられます』
『――内臓器官の移植をはじめ、四肢欠損の修復や強化手術に用いるパーツは慢性的な不足状態で、培養肉種すら生産が追い付いていない状況です』
『――また認可肉接ぎ市場でも相場が上昇傾向にあるため、孤児やホームレスの身体を違法取引するブローカーの勢いに拍車を掛けており――』
画面が切り替わり、両足を売ったホームレスへの取材風景が映し出される。
(……もしかして、こっちの意味で言ったのか?)
俺は今しがた聞こえてきた内容と、いたって真剣な顔で身体を突き出す少女に浮ついていた精神を鎮めた。
「……ま、それなら取引材料にならなくはないな」
「引き受けてくれるの……?」
俺の呟きにほっとしたように表情を和らげる少女。ふと少女の顔にある大きな縫い痕に目が向く。
そこで俺は川辺で見た全身を覆うツギハギを思い出し、反射的に口を開いた。
「おい、お前。ちょっと服を脱げ」
「……え?」
目を真ん丸に大きく見開く少女。しかしすぐに言葉の意味を理解したのか、みるみるうちに顔を赤くした。
「お、おじさん! 急に何を……!」
「いや、別に変な意味じゃねえ。ちょっと確かめたいことができたんだ」
「で、でも……」
「川で一回見てるし、今更恥ずかしがるなよ。それとも、自分の身体を報酬にってのは嘘だったのか?」
「……!!」
いたって真面目に言うと、少女はショックを受けたように大きく目を見開く。
それでも覚悟を決めたのか、少女は少し時間が経ってから病院服のボタンに手を伸ばしていく。
ぷるぷると肩を震わせながら涙目になってボタンと上から一つずつ外していく少女。
俺は何かイケナイことをしているような背徳感に胸の裡をくすぐられつつも、少女が脱ぐのを黙って待つ。
しかしその途中、露出した自分の胸元に伸びる肉接ぎ痕を目に留めた少女が仰天したように叫んだ。
「これが、わたしのカラダ……? い、いやぁっ!」
怯えたように固く目を瞑る少女。その反応を意外に思いつつも、俺は脱衣を中断した少女に先を促す。
「施術痕の事を言ってるのか? 肉接ぎなんぞ別に珍しくもないだろ。ほら、隠してねえでさっさと全部脱げ。俺に調査して欲しいんだろ?」
「うぅぅ……」
少女が悲しそうに下唇を噛み、小さなうめき声を漏らす。
それでもゆっくりと病院服と飾り気のない下着をパサリと床に落とすと、少女は全裸になった。
「ふぅん、やっぱり全身ツギハギなんだな。って、隠すんじゃねえよ。ほら」
俺の視線にさっと控えめな胸と股間を隠そうとする少女。
少女の足元に膝をつき、至近距離でまじまじと裸体の検分を始める。
そうしているうちに少女は諦めたように両手を降ろし、そっぽを向いた。
(ん……? よく見るとこいつの身体……)
間近で見始めた俺はすぐに違和感を覚える。
基本的に身体を売られた孤児は、肉剥ぎされた部分に粗悪品を、更に腕の悪い施術師に取り付けられるのが通例である。
ゆえにその接ぎ痕は大きく、ひどく乱雑なことが往々にしてある。
しかしこの少女の接ぎ痕はきめ細かく縫い込まれており、遠目には肉接ぎしたと見えない程、レベルの高い技術が用いられていた。
(こんな施術、金目当ての裏施術師や闇医者なんぞに出来るもんじゃない。よく見りゃ手足もパッと見、粗悪品には見えねえぞ)
孤児のものとは思えない染み一つない滑らかな肌。
まずは腕、次に足を掴むと、両方共に程良くついた筋肉が瑞々しい弾力を手のひらに返してくる。
「んっ……あっ……」
艶がかった声が少女の口から漏れ出す。
検分を進めていくうちに、更なる驚きが俺の胸中を支配していく。
まだはっきりしたことは言えないが、少女に肉接ぎされているパーツは手足のみならず、あらゆるパーツが公開肉接ぎ市場でA以上のランクを付けられるような代物に見える。
普通に買って取り付けてもかなりの高級品。
詳しくは調べないと分からないが、腕一本でもちょっとした車が買える値段が付けられるだろう。
また全身ツギハギだらけだが、運動バランスを考えた肉体構築もかなりのものであり、金が掛かっているように見える。
もしかすると昨日、依頼で捕まえたデザイナーズ犬と同じく、芸術品や嗜好品としての価値に重点を置いた『商品』なのかもしれない。
(……好事家相手の商品だった、って考えるとしっくりくるな)
改めて見ると、少女の顔立ち自体も綺麗に整っている。
この少女は売り物になるために高度な肉接ぎ手術を受け、売られる前に逃げだしてきた。
身体と状況を鑑み、一つの仮説を立てる。そうなると――
(……残る問題は『記憶』か)
名前や家どころか、肉接ぎされた自分の身体のことすら知らなかった少女。
ひとまず検分を終えた俺は、目を閉じたまま、まるで茹でられた蛸のように真っ赤な顔で呼気を乱す少女に声を掛けた。
「今はこんなもんでいいだろう。おい、服を着る前にもう一度よく自分の身体を見てみろよ」
しかし少女はサッと表情を暗くしてボソリと呟いた。
「――いや」
「いや、じゃねえよ。お前、記憶喪失なんだろ? だったら身体をよく見れば……」
「いや!! 見たくない!」
いやいやをするように首を大きく振る少女。癖のある長い髪が裸体にしな垂れかかる。
俺は強い拒絶を見せる少女に重ねて言い含めた。
「お前の失った記憶の手掛かりがあるかもしれねんだ。だからよく見て……」
「……うぅぅぅ……ぐすっ……こんな身体、見たくない……見られたくない……」
それまで恥ずかしがりながらも耐えていた少女が、ポロポロと涙を零し始める。
突然の涙に思わず戸惑ってしまう。少女はこちらに背中を向け、うずくまるようにして泣いている。
なんとなく今の少女の心中を察した俺は、素直な感想を口にした。
「――そんなことはねえよ。俺はお前の身体、綺麗だと思うぞ」
「……え?」
怯えるように震えていた肩がぴたりと止まる。
そして床にうずくまっていた姿勢から、おそるおそるこちらを伺う少女に俺は更に言った。
「全身に施術されているにも関わらず、どこにも破綻が見当たらない。これほどの術式が執れる施術師はそうはいない。それに縫い痕も細やかでそう目立つものじゃないしな。俺から見たらお前の身体、すっげえ綺麗だぞ」
言ってしまってから、俺はすぐに自分がかなり恥ずかしい台詞を口にしたことに気が付いてしまう。
身を起こした少女はというと、きょとんとした顔でこちらを見詰めていた。
「あの……おじさん。本当に、わたしの身体、嫌じゃないの……?」
「ああ、別に恥ずかしがるような身体じゃねえよ。あ~、そろそろ服を着ていいぞ。風邪ひいちまうからな」
少女に背を向け、近くにあった椅子に腰を下ろす。
つい先ほどの言葉を反芻してしまった俺は内心見悶えながら、手癖で煙草ケースを取り出す。
そして煙草に火をつけようとしたその時、先ほどとは異なる少女の泣き声に椅子から飛び上がった。
「わぁぁぁん! うあぁぁぁぁん!」
手にした病院服に顔を埋め、大声で泣き喚く少女。
突然のことに仰天した俺は反射的に叫んだ。
「な、なんでまた泣くんだよ! おい! 泣きやめって!」
「わぁぁぁぁん!」
「くっそ、俺が泣かしてるみてえじゃねえか! 一体、なんなんだよ!」
何を言っても少女はわんわんと泣き続けている。
困り果てた俺はとりあえず少女の小さな頭を軽く撫でつけながら、泣き止むのを待っていた。
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