第77話 真相






「あっユリアナ様! あそこにベルガスが!」

「っ! ベルガス様、ユリアナ達に追いつかれました!」

「くっ! 」


謁見の間を飛び出し、数名の部下とローズを連れて逃げたベルガスを追うユリアナと俺達は、ラルキア城の中庭に辿り着いた。


この中庭も巨大なラルキア城と同様、とても大きく、花壇には白百合や真紅の薔薇が見事に咲き誇っていた。


俺が元居た世界なら百合や薔薇の花期は6〜8月頃にかけての筈だが、こちらの世界の暦はもう直ぐ12月‥‥‥ それなのに花が満開なのは、この世界が俺が元居た世界とは別の理の中にあるからなのだろうか‥‥‥


そんな白百合や薔薇が咲き誇る幻想的な中庭に、美しい景色とは似合わない無骨な鎧を着た兵士と、薔薇と同じ色合いのドレスを着たローズ‥‥‥ そしてベルガスは居た。


憧れのユリアナと共に戦えると、何時も以上に興奮しているレーヴェを先頭に、俺達はベルガスへ迫った。


「ベルガス! この中庭なら、貴方が城外の反乱軍と交流しようとする前に、私達が貴方を倒せます! 大人しく諦めなさい」


ユリアナがまだ血の乾ききっていない剣の切っ先をベルガスに突き付ける。

城外から聞こえてくる反乱軍とラルキア王国軍同士の戦う声が微かに聞こえる中、白百合と薔薇の香りが漂う中庭は妙な静寂に包まれた。


「「「「「ベルガス様!」」」」」

「お前達も諦めろ! もう反乱は失敗しただろ!」


ユリアナの降伏勧告を聞きつつも諦めきれないのか、ベルガスと共に謁見の間から逃げ延びた反乱軍の兵士10名程が、ベルガスとローズを庇うように立ちはだかる。


どうやらやるしかないみたいだな‥‥‥


「これ以上同じ国の者の血を流す事はしたくありません! 貴方達も諦めて下さい!」

「ベルガス様! 我々がユリアナ達を足止めしている間に、外の仲間と合流して下さい!」

「「「うぉぉぉお!!」」」


半ば破れかぶれになっているのか、反乱軍の兵士達は再三降伏を呼びかけ続けるユリアナの言葉を無視し、武器を振り上げ突っ込んで来た。


「貴方達!!」

「ぐえっ!?」

「がはっ!!」

「ぎゃっ!!」

「ユリアナ様大丈夫ですか!」

「ユリアナ様‥‥‥ 今の彼等に何を言っても無駄‥‥‥ 」

「彼奴等は敵! 倒すべき存在ですユリアナ様!」


攻撃しようとしないユリアナの前にマリア達が躍り出て、突っ込んで来た反乱軍兵にレーヴェとマリアが斬撃を、ドラルが矢を射かける。

3人の攻撃は見事反乱軍を捉え、兵士達を物言わぬ骸へと変えた。


「「「ベルガス様の悲願の為に!!」」」


仲間がアッサリと倒され、ここを死に場所と覚悟を決めた残りの反乱軍兵達が一斉に此方へ向かって来た。

やはり投降は望めないみたいだ‥‥‥ なら戦うしかない!


「ユリアナ! ドラル達の言う通りだ! 奴等はまだ諦めていない! 戦うしかないんだ!」

「ミカドさん‥‥‥ 」

「レーヴェ、マリア、ドラルはそのまま敵を攻撃して引きつけろ! 俺とセシル、ユリアナがベルガスを捕まえる!」

「っし! 任せろ!」

「了解‥‥‥」

「はい!」

「分かったよ!」

「行かせるものか!」

「お前に構ってる暇は無ぇ! 退けぇ!」

「ぐわっ!?」


圧倒的不利な状況でも諦めない反乱軍に戸惑うユリアナを叱咤しつつ、セシル達に指示を飛ばす。

俺はベルガスの元へ向かうのを防ごうとする兵を、新たに召喚した太刀で力任せに薙ぎ払い吹き飛ばした。

寸前の所で敵の持っていた剣で防がれてしまったが、吹き飛ばした際に頭を強打したのかその兵が起き上がる事は無かった。


そしてマリア達が他の反乱軍を引きつけてくれているお陰で、俺達の目の前に障害はなくなった!


「ちっ! 来るな! それ以上近づけば、ローズの命は無いぞ!」

「ベルガス! 貴様!!」


ベルガスまで後10m程まで迫った時、反乱軍の兵達と同じく、諦めていないベルガスは懐に忍ばせていたのだろう短剣を抜き放ち、虚ろな目のローズの首元に突きつけた。


妹の首元に短剣を突き付けられる様子を見せつけられたユリアナが怒りの声を上げる。


此奴‥‥‥ どこまで卑怯なんだ!!

目の前に今回の事件の黒幕かも知れない男が居るのに、これ以上近づく事が出来ない!


「今思い返せば‥‥‥ 私の計画が狂い始めたのは全てお前が現れてからだな、ミカド・サイオンジ!」

「やっぱり‥‥‥ お前が今回の黒幕か!」

「あぁそうだ! ユリアナ暗殺もペンドラゴ襲撃も全て私の企てだ! それをお前達イレギュラーが全て台無しになってしまった!」

「ユリアナちゃんの暗殺!? まさか、嘆きの渓谷の事!?」


ベルガスの言葉を聞きセシルが驚愕の声を上げる。


あれはユリアナと初めて会った時の事だ‥‥‥


あの時ユリアナは国境の砦の視察からペンドラゴへ帰還する最中、謎の集団に襲われていた。

そこを俺とセシルが助けたのだが、あれはベルガスの仕業で、あの時からベルガスは今回の計画を練っていたのか!


「どういう事ですかベルガス! あの襲撃も貴方の企みなのですか!?」


ユリアナもセシル同様に困惑の声を上げた。


「えぇそうですとも! 没落した騎士や兵士崩れの者達からなる裏ギルド部隊に家の復興や貴族へ取り立ててやると約束し、貴女を暗殺する様に仕向けましたが、彼奴らの力量不足に粗末な計画‥‥‥ そしてそこのミカドの所為で失敗に終わりましたがね!

あの時貴女を殺せていれば、今の様な事態にはならなかったでしょうな!」

「なんだって!?」

「ミカドさんから聞きましたが、それも貴方が計画したのですね!」

「許せない‥‥‥ 」


追い詰められ焦り、先程の反乱軍達同様自暴自棄になっているのか、ベルガスはローズの首元に短剣を突き付けたまま、先のユリアナ襲撃事件と言われる事の詳細を話し始めた。


そこへ早くも残りの反乱軍を蹴散らし、合流したレーヴェ達は声を荒げる。



そして徐々にラルキア王国で起こった事件の詳細が明らかになっていく。



「何故そんな事をしたんだ! お前は国でも重要な役職に就いているし、金や名声には事欠かなかっただろ!?」

「人間というのは欲深い生き物だという事だよミカド! ゼルベルはこの国で採取される魔龍石を厳重に管理しているが、私ならそれをより有効に活用し更に富を得る事が出来る!

それと同時に邪魔なゼルベルとユリアナを殺せば、平民生まれの私がこの国の王として君臨出来る! 」

「ならば催眠魔法を使いローズを操る必要はない筈です!」


此奴‥‥‥ ベルガスは好々爺で親しみやすい人物だと思っていたが、その心の奥底には底知れない野心と欲望が有った。

既にベルガスからは初めて会った時の様な親しみやすい面影は完全に無くなり、口調も乱暴になっていた。


それにしても、催眠魔法だと?

そんな魔法があるなんて聞いた事ない。


あの元気なローズが人が変わった様にベルガスに付き従っていたのはその所為か!?


「先程も言ったが、ただ利用価値が有る‥‥‥ それだけの事! ローズは貴女と違い催眠魔法で操れますからな! 貴女とゼルベルを殺した後、ほとぼりが冷めるまでローズを国王とし私は影からこの国を支配する‥‥‥

そして国が安定すれば、ローズを政略結婚の道具にするも良し、病気に見せかけ殺すも良し...... 国が安定するまではローズにはこの国の精神的主柱になって貰う計画だった!」

「ローズちゃんを私利私欲の為に‥‥‥ 酷い!」

「ベルガス‥‥‥ お前、その催眠魔法をギルド支部や軍の施設を爆破した時にも使ったな!?」

「え、どういう事ですかミカドさん!?」

「ご明察。私の祖先にはエルフとの間に産まれた者が居てな、そのエルフの血のお陰か、ワシは幼い頃より特殊属性魔法‥‥‥催眠魔法が使えたのだ! 」

「私達エルフ族の中には特殊属性魔法を使える種族が多くいる‥‥‥ ベルガスが言う事には信憑性が有る‥‥‥」

「そこのエルフの小娘が言った通り! 私はこの血に感謝した!この催眠魔法のお陰で邪魔な同僚を蹴落とし、無能な上司を辞職に追い込めたのだから!

もっとも、この魔法を使うには相手の目を見なければ使えない上、少なくとも中級魔術士以上の魔力を持つ者しか操れないがな」


合点がいった。

このベルガスの話が本当なら、ギルド支部や軍の駐屯地等の爆破成功率の高さも納得出来る。


普通に考えて、いくら奴隷商人に攫われた人達でも、あの怪しげな魔力式爆弾を持って各施設に行き魔力を注ぎ込め‥‥‥ なんて言われたらヤバい事が起こるのは想像がついた筈だ。


俺が攫われた人達と同じ境遇になったとしたら、その場では承諾しても、爆破の直前に逃げ出すだろう。

そこでこの外道は自分の特殊な魔法を使い、攫われた人達の感情を無理矢理押さえ込んで操り人形の様にしてから、魔力を注ぎ込めば爆発する魔力式爆弾で自爆させた‥‥‥


魔力式爆弾を爆発させる為には魔術士の才能を持っている事が絶対条件。 ベルガスからしたら催眠魔法で操れて一石二鳥という訳か!


こいつ! 何処まで外道なんだ!


「ミカド、という事は!」

「あぁ! お前は奴隷商人に魔力の高い人を攫う様に依頼した後、お前はその催眠魔法を利用して人々の感情を無理矢理押さえ込み、あの魔法具で爆破を強制させたんだな!」


セシルも合点がいった様で、真剣な顔でこちらを見つめる。


それにベルガスはこの国の丞相‥‥‥ つまり政治家のトップだ。

あの特殊な魔力式爆弾を何十個も量産する資金も、此奴なら国の金を横流しするなり、自分の財産を使うなり幾らでもやり様は有っただろう。


黒幕はある程度の財力が有る奴が絡んでいると睨んでいたが、その黒幕が国の重要人物だったなんて‥‥‥


「まさかそこまで分かっていたとは‥‥‥ そうだとも! この計画を成功させるには、ペンドラゴの警備を手薄にする必要が有った!

そこで私はある方・・・の協力を得て魔力の高い人間の命を燃料とした魔法具を開発し、奴隷商人達に大勢の魔術士を攫うよう命令した!」


ベルガスはローズの首筋に刃物を押し当てたまま後退る。

下手に動けない俺達はベルガスの言葉を聞くしか出来なかった。


「この命を受けた奴隷商人は戸籍のない孤児院を中心に、攫い易い子供を狙った様だがな。 そして攫わせた子供の中で魔術士の素質がある者を催眠魔法で操り、ギルドや軍の施設を爆破させ! 私は狙い通りペンドラゴに駐屯する兵を各地に分散させたのだ!」

「僕達が奴隷商人に襲われたのも、それが原因か‥‥‥」


レーヴェが憎悪の籠った目でベルガスを睨みつける。


間違いない。


マリア達が奴隷商人に囚われた時期を考えても、マリア達を攫おうとした奴隷商人達はベルガスに依頼されていた奴隷商人達の内の1グールプだと、ベルガスの言葉からも断言出来る。


「という事は、ペンドラゴの第1城下街と第2城下街を爆破しあえて時間を置いてラルキア城を攻撃したのも!」

「それも陽動! 計画をより完全なモノにする為に、あえて爆破する時間差を作り、ペンドラゴに残る兵を第1、第2城下街に集中させた!

後は私に忠誠を誓う私設軍団と金に目の眩んだ一部の軍人、そして私の催眠魔法にかかった者達に近衛兵団本部や戦乙女騎士団ワルキューレ・リッターオルゲンの駐屯地、そしてラルキア城前で戦わせ、その隙を突いてお前達を殺す計画だった!」

「他の子達は! 攫った子供達が皆魔術士の素質を持っていた訳じゃないだろう!

その子達はどうした!」

「ふっ、手間賃として奴隷商人共にくれてやったわ! 今頃他国で奴隷にされてるやも知れんな!」


ユリアナの怒りの声にベルガスが乱暴に言葉を返す。

これで今までラルキア王国で起こった事件の全てのピースがハマった。


ベルガスは己が欲望を実現し、この国を手中に収める為、まずは戦乙女の名で知れるユリアナを殺そうと没落貴族や兵士崩れの暗殺者を送り込んだ‥‥‥


だがそれは俺とセシルの手で失敗に終わった。


ユリアナ暗殺に失敗したベルガスはそれでも諦める事なく、次はユリアナとゼルベル陛下を纏めて亡き者にする方針に変えた。


そしてその為にペンドラゴに駐屯地する兵達をペンドラゴから遠ざけ、王都の防衛力を低下させる為にあの悪魔の様な魔法具‥‥‥ 魔力式爆弾を作り上げ、奴隷商人によって囚われた子供達を催眠魔法で操り、各地の施設を爆破した。


ベルガスの言葉を聞くと、この魔力式爆弾は何者かの協力を得て作られた様だ。


ベルガスの思惑に気が付かなかったゼルベル陛下達は、これらの施設へ救援の兵をペンドラゴから送り出す‥‥‥


そして数時間前から起こっているペンドラゴの攻撃だ。


ベルガスはペンドラゴに残った兵を更に分散させる為に、まずは第1、第2城下街を爆破し、そこへ兵を集めた。

念を入れたベルガスは、ラルキア城前や近衛兵団本部等で大規模な戦闘を始めさせて、より混乱を誘いその隙にゼルベル陛下と暗殺に失敗したユリアナを纏めて殺そうとした‥‥‥


そして計画が成功したら、ベルガスは催眠魔法で操ったローズを傀儡とし、ラルキア王国を乗っ取ろうとしたのだ。


これがラルキア王国で起こった事件の全てだった。


正直な所、初めミラに爆破事件の調査を依頼された時は、ここまで国を揺るがす大事件に発展するとは思っても見なかった。

が、 俺は知らず知らずの内に、重要な転機に全て関わっていたのだ。


「ベルガス、貴方は私達を殺そうと暗殺者に命令したでしょ!」


俺の隣でセシルが怒りを隠そうともせず、乱暴な声をあげる。


「ふっ‥‥‥ そうだ。暗殺を依頼したのはつい最近‥‥‥ お前達がペンドラゴへこの一連の反乱を調査をする為訪れた直後だ!

最も、お前達の事はユリアナ暗殺失敗後から警戒はしていたがな。

お前達が数日前ペンドラゴに来た際、計画の成功後に障害になるだろう要人の暗殺を依頼する為、前もって呼んでいた彼奴にお前達の暗殺を依頼したのだ!」


怒りに任せベルガスは次々言葉を発する。

彼奴と言うのは、先程俺がベレッタで撃ち抜いたあの刺青の男の事だろう。


「そこまで考えてたならもう挽回は不可能な事位分かるだろう!?」

「分かっているとも! だが、もう後に引けぬのだ!!

こうなればせめてローズを道連れに地獄へ旅立ってやる!」

「なっ!? 止めろベルガス!」

「ローズぅう!!!」


ベルガスが最後の悪足掻きで、短剣を振り上げローズに突き刺そうとした。


その直後‥‥‥


「ダメですよ閣下、罪人は引き際は良くしないと‥‥‥ 咎人は引き際を見極めるモノだ」

「がっ!? き、貴様っ‥‥‥ !?」


心のそこから響く、悲痛なユリアナの叫びを上げたベルガスの背後に何者かが現れ、手にした長剣でベルガスの心臓を貫いた。



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