第66話 報告




村の様子とは打って変わり、ノースラント村ギルド支部は俺達がペンドラゴへ向かった直後から、余りその姿を変えていなかった。


爆破により大破し、大きな穴が空いた入り口付近はまだ塞がれておらず、近くに新しいレンガが山積みされていて、今もギルドの職員や村人達が懸命に穴を塞ごうとレンガを持ち動き回っている。


「おぉミカド!帰ったか!」

「あ、皆さん!お帰りなさい」

ヴァウ!!

「おう。今戻った......って、ちょ!?ロフル!待て!?」


そんな忙しく動き回る人達の中に、その人達と1匹は居た。


スラッとした長身の女性...... ノースラント村のギルド支部長代理のミラは、トレードマークとなっている赤いポニーテールを揺らし、もう1人の茶髪の小柄な女性、ミラの女房役となっているノースラント村ギルド支部の受付嬢のアンナは、大量の紙を小脇に抱えながら...... 俺の目の前に立った。


その一方で、白く光り輝く尻尾を振る巨大な毛玉...... ロルフは、俺の姿を見つけると同時に物凄い勢いで飛びついて来て、俺は押し倒され顔面を舐め回された。


と、言うかロルフよ......お前また大きくなったか?


「クスッ..... さて、ミカド達が昨日の今日で帰って来たと言う事は......何か判ったんだな?」


ロルフに顔面を舐め回される俺を見てミラは小さく笑ったが、直ぐに俺がこの場に居る意味を理解した。


「っ......ロルフ落ち着け!ふぅ......あぁ、もしかしたら大事になるかも知れない」

「どう言う事ですか...... ?」

「......今この状況より大事になるのか...... わかった。報告してくれ」

「勿論だ」


ロルフを何とか宥めた俺の言葉を聞き、アンナは頭の上にハテナを浮かべ、ミラは怪訝な顔をする......

ミラが小さく呟いて俺達の方を見ると、彼女はギルド支部の脇ある木で出来た小屋に向かい、歩き出した。

どうやら、あの小屋の中で報告を聞くみたいだ。


「よし。同時爆破事件調査隊、早速わかった事を報告してくれ」


案内された木の小屋は小さな天窓1がつしかなく、まだ日は出ているのに部屋の中は妙に薄暗かった。

ミラは小屋の中心に置かれた机の上に置かれた魔法具と思しきランプに触れた。するとこの魔法具が光り始め、部屋を明るく照らす。


これは使用者の魔力を使って光を出す、魔力注入式の魔法具の様だ。



魔法具から手を離したミラは、ジッと俺達の方を見つめた。

アンナはミラの横に立って紙の束を置き、懐からメモ帳とペンを取り出している。

ロルフはこの部屋に入るには大きいので外で待ってもらっている。


「了解。それじゃ調査してわかった事を順番に説明していくぞ。セシル、あの地図を」

「うん!」


セシルは力強く答えながら、赤や青の丸印が書き込まれたあの地図を、目の前の机に広げた。


「これは...... ラルキア王国の地図...... ですね。この赤や青の丸は...... もしかして 」

「あぁ......お察しの通りだ......セシル、ドラル。詳しい説明を頼む」


広げられたラルキア王国の地図を見て、直ぐに察したアンナに一言添え、俺は詳細を知っているセシルとドラルに説明するように頼んだ。


俺も、改めて復習して整理する必要があるしな......


「任せて!えっと......ミラさんもアンナさんも分かったと思いますが、このラルキア王国の地図には、各地で被害にあった軍の施設やギルドの支部が書き込まれてます。

この赤丸はラルキア王国内に点在する駐屯地を始めとした、軍の関連施設全71箇所の内、爆破の被害にあった24箇所です。

こっちの青丸は、同じ様に被害にあったギルド支部で、被害箇所は全42箇所の内18箇所です」

「補足で付け加えるなら、被害にあった場所はラルキア王国全土に分散し、更に施設の規模等に関わらず不特定多数の場所で爆破が確認されている為、被害にあった場所と被害に遭わなかった場所の因果関係は現段階では分かっていません...... 」

「被害にあった場所は合計で42カ所か......多いな...... 」

「っ...... はい...... まさかここまで多くの施設が爆破されていたなんて...... 」

「ん......他には何かあるか?」


セシルとドラルは、調査でわかった事を淀みなくミラに報告した。

被害にあった場所の多さは、彼女達の想像以上だった様で、明らかに動揺しているのが見て取れた。


「では...... まずラルキア王国軍関連の報告なのですが、現在ラルキア王国軍総司令部は、国家防衛戦闘態勢に則り、被害に遭わなかったペンドラゴを始めとした各都市や村の駐屯地には必要最低限の兵力を残し、彼等の兵を被害に遭った各施設に増援として送った様です。なんでも目下、施設の復旧と周辺地域の警戒任務に従事させているそうです」

「...... 王都は?ペンドラゴは爆破の被害にあってないのか?」


ドラルが軍関連の説明していると、静かに報告を聞いていたミラが不意に口を開けた。


「は、はい。ペンドラゴの軍総司令部やギルド本部を始め、ペンドラゴにある国家機関への爆破は確認されていません。

恐らく、警備が厳しく爆破出来なかったのでしょう」

「ペンドラゴでも総司令部が警戒は強化しているみたいですけど、被害に遭っていないペンドラゴに駐屯する、膨大な数の兵士さんが遊兵となるのを避ける為に、総司令部は最低限の守備兵だけをペンドラゴに残して、余剰となった兵を各地の軍施設に派遣。

少しでも早く基地機能の回復と、防衛力の強化を最優先事項にしたみたいです」

「なるほど...... ペンドラゴには大勢の兵が駐屯している......その兵達を各施設へ送り、少しでも早く各地の基地機能を回復させ、更に防衛力の上乗せを図ったか...... わかった」


王国軍に関する報告を終え、頷いたミラは、目線でアンナに報告を纏める様指示を出した。

そして、セシルが声を張り上げる。


「次にギルド関連での報告です!ギルド本部も軍総司令部と同じ様に、爆破の被害に遭わなかった支部から、結構な数の職員さんを被害に遭った支部へ派遣して、復旧作業と治安維持任務をしているみたいです。

ノースラント村のギルド支部は、爆破の被害にあった中でも軽微な損害だったみたで、増援の職員さんが来るのは暫く後になるって言ってました...... 」

「やはり、どこの支部もここより酷いのだな...... 」

「想定はしていましたが...... 」

「それと...... 言い難いんですけど...... ローデンラントのギルド支部で行われていた支部長会議...... そこに参加していた各ギルド支部長さんは、病欠した人達を除いて、全員亡くなったみたいです...... 」

「っ...... そうか...... そんな気はしていたが...... 支部長...... 」

「副支部長...... 」


セシルからローデンラントのギルド支部で起こった悲劇を聞いたミラは、悔しそうに顔を顰め、ソッと黙祷するかの様に目を閉じた。


この被害者の中には、ミラの直属の上司ノースラント村ギルドの支部長も含まれている。

俺は結局1度も会う事は無かったが、直属の上司の死を告げられたミラは静かに、その事実を受け止めていた......


「よしっ!すまない。報告を続けてくれ」

「あ、セシル様。この黄色い丸はなんですか?」


ほんの数秒。

目を閉じていたミラは、自身の頬を両手で叩き声を張り上げる。

その横で、一緒に目を閉じていたアンナが、地図に描かれた黄色い丸に気が付いた。

その黄色い丸の下には、同じく黄色で【ベッセル・ギルド支部】と書かれている。


「その黄色い丸は、爆破の標的にされたギルド支部の中で、唯一爆破を阻止出来たベッセル・ギルド支部です。

後でミカドが詳しく説明しますけど、このベッセルの支部も、ノースラント村のギルド支部と同じ方法で爆破されそうになったみたいです」

「そうか...... それでギルド関連の報告は以上か?」

「あぁ。現時点でギルドと軍関連の報告は以上だ。セシル、ドラルありがとう。ここからは俺が話すよ」


俺に変わり、ミラへ調査結果を報告をしてくれたセシル達の頭を労いながら軽く撫で俺は一本前に出た。


「まず、今回の事件の根本。 誰が...... どの様に......何故ラルキア王国のギルド支部や軍施設を爆破したかだけど......

正直な所、なぜラルキア王国が爆破の標的になったのかだが、仮説はあるけど今の段階では分からない......

でも、恐らくこの事件の背後には爆破を指示した黒幕...... 強大な財力と強い意識...... 思惑を持った奴が居ると俺は見ている」

「どう言う事だ?」


何か考える様に少し間を置いたミラは、強い光を放つ目で俺の目を捉えた。


「そう思った理由は幾つか有る。

ます理由その1、今回の爆破の規模の大きさだ。

この爆破が各地で起こった時刻は、 11月18日の深夜から19日の明朝にかけての約5時間程の間に起こっている。

殆ど同時多発的に、警備が厳しいギルド支部や軍の施設を40箇所以上爆破しているのに、失敗が僅か1箇所だけ......

この結果だけ見ても、爆破は綿密な準備と計画の下実行されたって判断出来る。

単独で実行出来る範囲を大きく超えているんだ」

「確かに...... ラルキア王国に点在するギルドや軍の施設を1人や2人で爆破出来る訳がない...... よしんば成功したとしても、1箇所が限界だろうな」

「なるほど...... それでこの事件は単独犯の犯行ではなく組織的な犯行だと?」

「その通りだ。そして理由その2に繋がる。

理由その2、爆破の実行犯となった人達は、組織的に誘拐された人達の可能性が高い」


俺はマリア達を攫おうとした奴隷商人達の事を頭に浮かべながら、言葉を並べる。


「えっ!?な、なぜ爆破の実行犯が誘拐された人だと思うんですか......?」

「アンナが少し前に言っていただろ?最近ラルキア王国で誘拐事件が相次いでいるって......

それに俺やマリア、レーヴェはペンドラゴで調査をしていた時、ラルキア王国軍の人から、半年程前に奴隷商人から人攫いを手伝わないか? と誘われた話も聞いた。

この奴隷商人は、【金払いの良いお得意さん】とかいう奴に依頼されたみたいなんだ」

「まかさ! 半年前から多発していた孤児院等の襲撃や誘拐は!?」

「そういう事か!」


ミラとアンナは瞬時に俺と同じ結論にたどり着いたみたいだ。

この頭の回転の速さ...... ミラは当然として、アンナも頭が良かった。流石若くしてギルド支部の副部長やミラの女房役を担っているだけある。


「つまりこう言う事だろう? この爆破を計画した奴等は、目的は兎も角、どうやって爆破の成功率を高めるか考えた。

そして至った結論が、奴隷商人達に人攫いを依頼し、攫った人を脅迫し爆弾か、それに類似する物を持たせ、直接各施設に運ばせ自爆させた...... 」

「一方の奴隷商人達は人を攫うにあたり、戸籍が有り足が付きやすい街や村の住人を攫わず、代わりとして戸籍が無く、比較足が付きにくい孤児院の子供を標的にして攫ったと..... 」

「その通り......俺もミラ達と同じ考えだ。

更に言えば、この誘拐事件は魔術師の素質がある子供達を狙って起きた可能性がある...... 」

「なんだと......?」

「そう考えた訳は理由はもう少し後で話す...... それと、ギルド支部や駐屯地の爆破には、特殊な魔法具が使われたらしい」

「特殊な魔法具?」

「そうだ。これを見ながら聞いて欲しい」


俺はティナから教えてもらった調査結果を頭の中で思い出しながら、同じくティナに魔術式爆破の詳細を書いてもらった紙の束を机に置いた。


「俺達は、この表面に凹凸が有る楕円形の物を魔術式爆弾って呼んでいる。

一見粘土で出来た壺の様だけど、魔術研究機関のティナの協力で、これはある動作で爆破する事が判った。

これが爆破に使われたと見て、まず間違いな無いだろう」

「魔力式爆弾...... 」


俺は言葉を発しながら、魔力式爆弾を横から見た断面図を指差す。

それは茶色く描かれた魔力式爆弾の内部に、黒い線が描き込まれているイラストだ。


「この黒い部分...... つまり、この粘土で出来た外壁と内壁の間には、特殊な術式が書き込まれた鉄製の板が入っていたらしい 」

「術式?鉄製の板......?」

「あぁ。この粘土に挟み込まれる様に埋め込まれた鉄製の板...... これは魔龍石と鉄を合成して作られているらしい。

加えて、この板には魔力を意図的に増幅、増強させる術式が書き込まれていたんだ」

「なっ!?」

「なんだと!? それじゃ、そこの魔力ランプに光を灯す感覚で魔力を注ぎ込みでもしたら!」

「普通の魔法具なら、供給される魔力が一定数を超えると安全装置が働き、それ以上の魔力は注ぎ込めない様な仕組みになっているのですが...... でも、これは...... 」

「注ぎ込まれた魔力は意図的に暴走させられ、爆発する...... しかも、その爆発の威力を数段高めた上で...... 」


先程ミラが火を灯したランプは、触れただけで光が付いた所を見ても分かるが、使用者の魔力を注ぎ込み使う魔法具の1つだった。


魔法が存在するこの世界でそれなりに生きてきたミラとアンナは、俺が言った言葉の意味を瞬時に理解した。


もし...... ミラがさっきみたいにランプを付ける感覚で、魔力式爆弾に魔力を注ぎ込みでもしたら......


そう考えると背筋が寒くなる......


「そうか...... ! この魔力式爆弾を爆発させる為に、黒幕は大量の魔術師の才能を持った子供が必要だった訳か...... 」

「なるほど...... 多発していた誘拐事件はこの魔力式爆発で攻撃を仕掛ける為に、多くの魔術師の素質がある子供を探す為に行われていたかも知れない...... と、言う事ですね」

「この計画を考えついた奴は悪魔だな......

通常、使用者の魔力を注ぎ込むタイプの魔法具は、注入出来る魔力の量を制限する術式を施されているが......

説明を聞く限り、この魔力式爆弾はその術式が無く、代わりに魔力の暴走を意図的に引き起こす工夫が施された魔法具だ。

なら、大量の魔力を持つ...... もしくは持っている可能性が高い者に使用させれば、その身を犠牲にする事で、爆破はより強力な物になる...... 」

「なんて非道な物を......」



この世界には、以前俺が使った火龍石や水龍石の様に、一定の条件を満たすと使う事が出来るタイプの魔法具と、使用者の魔力を注ぎ込んで使うタイプの魔法具の2種類がある。



前者の魔法具は魔龍石を動力源としており、この魔龍石の働きにより、魔力がない俺や、魔力の少ない人が魔力を使わず比較的楽に扱える様に工夫している。


例をあげれば、水龍石を使う時に水滴を垂らすとか、火龍石に熱を与えると炎を出す...... こんな感じだ。


後者の魔法具は、魔龍石を外し、代わりに使用者の魔力を原動力として使う為、さっき例に挙げた水龍石等の様に余計な手間をかけずに使用する事ができる。


ただし、過剰に魔力を注がれると魔法具その物が魔力に耐えられず壊れ、最悪爆発してしまう為、一定量以上の魔力が注ぎ込まれない様に特殊な術式が施されているのだ。


今回凶器となった魔力式爆破は、後者に属する魔法具で、一定量以上の魔力が注ぎ込まれない術式を施さず、逆に魔力を増強増幅させる悪魔的な術式を施している。


アンナも言った様に、普通の魔力注入式の魔法具なら、魔力が暴走・爆破反応を起こす前に魔法具自体に施された術式...... 安全装置が反応し爆破は起こらないが、この魔力式爆破では話が違う......


まさにこの爆弾は悪魔の兵器だ。


「その通り...... それが、これまでラルキア王国で起きた孤児院襲撃や誘拐事件は、魔術師の素質がある子供達を探す為に行われた可能性が高いと見た理由だ。

アンナが言った様に、孤児院なら非力な子供が大勢居る。人が大勢居るとなれば、魔術師の才能を持った子も少なからず居た筈だ...... 奴隷商人からしたら、格好の標的に見えたんだろう。

それにこの魔力式爆弾が、爆破の被害にあった42箇所で使われていたとすると、最低42個の魔力式爆破と、それなりに魔力を持った42人の人が必要になる...... 」

「一個人がその人数を用意するには無理があるな...... 」

「だろう? これ等の情報で、爆破は組織的に行われたと思ったんだ。

黒幕は、奴隷商人達に爆破の実行犯となる魔術師達、もしくは魔術師の才能があって、かつ足の付きにくい孤児院の子供を攫うに依頼し、同時にこの特殊な魔法具を大量生産した...... 俺はそう考える。

これはあくまで仮説だけど、今得ている情報を当てはめれば、説得力があると思う 」

「確かに、これ以上ない程に説明は付きますね...... 」

「そうだな...... 聞いた所、違和感を感じる所はなかった...... ミカド..... お前。

なぜラルキア王国が爆破の標的になったのか...... 仮説があると言っていたな?その仮説を教えて欲しい」

「教えるも何も...... ミラも俺と同じ結論に至ったんじゃないか?」

「え?」

「ど、どう言う事ですか?」

「「「??」」」


疑問を感じ声を上げるアンナやドラル、そして全く見当もつかないと言った風にセシル、レーヴェ、マリアが首を傾げながら俺とミラに目線を向けている。


「流石、ミカドだな...... これは私が考えた最悪の予想だが...... 私は近いうち、ラルキア王国は戦争になると予想した」


何処か落ち着いた響きのあるミラの言葉が、静かな部屋の中に広がっていく。

外から聞こえる喧騒が、何処か別世界の事の良いに聞こえた......


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