第51話 模擬戦と魔法



「「ただいま〜」」

「ん...... おかえりなさい」

「よ。おかえり」

「あ、ミカドさん。セシルさんおかえりなさい」


ノースラント村のギルド支部に岩熊フェルスベア討伐の達成報告と、マリア達を保護している事をギルドに伝え、俺とセシルは急いで家に帰った。

家に着くと、リビングでロルフを玩具に戯れているマリアとレーヴェ、そしてその様子を見守っていたドラルが出迎えてくれた。


3人共昨日よりだいぶ表情が明るくなっている気がする。


マリアは昨日の帰り道、転びそうになった所をロルフに助けてもらって以降ずっとロルフにベッタリだ。

今もロルフの体に顔を埋め幸せそうに顔を祠ばせている。


一方のロルフは、心無しか疲れた様な表情をしていたが......


それと先日も思ったが、獣人のレーヴェは自身に獣の血が流れている為か、別段ロルフを警戒した様子もなく、優しい手付きで頭を撫でている。


しかしドラルはロルフが苦手なのか、ロルフと目が合う度にビクッと体を震わせ、あははは...... と乾いた笑みを浮かべていた。


「あぁ、ただいま。よく寝れたか?」


俺はロルフと戯れるマリアとレーヴェ。

そしてその様子を見守るドラルに話しかける。


「はい! お陰様で、久しぶりに安眠する事が出来ました」

「ん...... ぐっすり寝れた。気も冴えてる」

「あぁ。ゆっくり寝れたから僕も元気が戻って来たぜ」


良かった。


以前の彼女達の暮らしぶりは全然知らないが、少なくとも今は、奴隷商人に囚われ生気を失い掛けていた面影はほぼ無くなり、目には活力が篭っている。


奴隷商人に捕まった直後だと言うのに精神的なダメージは余り見受けられないのは、孤児院で育った事で強い精神力、忍耐力が培われたお陰だろうか......


兎に角、この様子なら早い内に明かりの家に送り出せそうだ。


「お留守番してくれてありがとね? 皆お腹空いてるでしょ? 今から大急ぎで作るから待っててね!」

「私達も手伝いますね! 」

「ん...... 」

「おう!」

「ありがと! それじゃ、お願いしようかな」


元気になったマリア達を見て優しげな笑みを見せたセシは、オーバーな仕草で腕まくりをする。

それを見たドラル達も我先にと手伝いをする為セシルの後ろを追いかけ、台所の奥に消えていった。


「俺も何か手伝おうか?」

「ん〜...... 大丈夫だよ。ミカドはゆっくりしてて〜」


台所の方からホンワカしたセシルの声が聞こえる。


ここはセシルの言葉に甘えて調理は任せよう。俺は料理が出来るまで明かりの家に送る手紙の内容でも考えていようかね......


『ヴァウ...... 』


リビングの椅子に座り、そんな事を考えながら天井を見上げると俺の足元にグッタリした様子のロルフが歩み寄ってきた。


「あ、マリア達の遊び相手と留守番ありがとなロルフ...... お疲れ様」


俺はそう言って情けない声を出し、体を擦り付けてきたロルフを労わる様に優しく頭を撫でるのであった。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼



「「「「ご馳走様でした」」」」

「はい、お粗末様〜」


セシルとマリア達3人が作ってくれた、ちょっと遅めのお昼ご飯を綺麗に食べ終えた俺達は、手を合わせてご馳走様をする。


実に平和だ。実に幸せだ。


この世界に来た当初は、少しでも早く元居た世界に戻りたい気持ちと恐怖で一杯だったが、段々とこの世界での生活に幸せを感じてきている俺がいる......


そう言えば、爺ちゃん達元気かな......


「あの、ミカドさん。先程までギルドに行ってらしたんですよね? 依頼達成の報告をしに行かれたんですか?」


少々ホームシックになった俺の考えを遮る様に、ドラルが俺に問いかける。


「ん。あぁ、それとマリア達の事も報告しておいた。何でもマリア達を助けて保護してるって手紙を、明かりの家リヒト・ハウスまで届けてくれるそうだ」

「そうだったんですか。あの、実はその事でご相談が...... 」

「相談?」

「うん...... 私達ミカドの力になりたい。助けてくれたお礼...... したい」

「えっ...... ?」

「僕達は危ない所をミカド達に助けてもらったんだ。このまま何もしないで別れるのは寝覚めが悪くなる」

「レーヴェの言う通りです。私達はミカドさん、セシルさんにお礼がしたいんです!」


マリアの言葉を筆頭に、レーヴェ、ドラルが俺とセシルを食い入る様に見つめてくる。3人の目には何か決意をした、そんな色が篭っていた。


「とは、言ってもな...... 」


俺は返事に困り、隣に座るセシルを横目で見た。


そんな困っている俺とは違い、セシルは優しく俺に微笑み返した。が、何も言葉を発しない。まずは3人の考えを聞いてみよう? と言っている様な気がした......


「ミカドさんが反応に困るのは分かります...... ですが私達も生半可な気持ちで言っている訳ではありません」

「さっきマリアも言ったけど、僕達はミカドに恩返しがしたいんだよ」

「私達、幸福の鐘グリュック・グロッケンで武術の訓練もしたし、家事もやってきた...... 何でも出来る」

「ちょっとの間だけでも良いので恩返しをさせて下さい!」

「「お願いします!」」


勢い良く席を立ち上がった3人がグイッと机に乗り出す様に俺達に詰め寄る。正直、3人の熱意と迫力に押され気味だ......


さて、どうしたもんか......


「ねぇミカド。私はマリアちゃん達の気持ちを汲んであげたいな」


3人への返答に困り果てていると、隣に座ったセシルがボソッと呟いた。


「私もミカドに危ない所を助けて貰ったから、マリアちゃん達の気持ちが良く分かるの。だからここは、マリアちゃん達のやりたい様にやらせてあげよう?」

「でも、明かりの家リヒト・ハウスには何て言えば...... 」

明かりの家リヒト・ハウスに送る手紙に、マリアちゃん達の伝言も一緒に書いて送れば良いよ!

少しの間、助けて貰った恩返しをしてから明かりの家リヒト・ハウスに向かいますって!」

「セシル...... ナイスアイデア」

「そうですね! それと私達もノースラント村のギルドに一緒に行って、私達の様子を明かりの家リヒト・ハウスに伝えて貰いましょう!」

「だな! 僕達に大事無いってギルド側も分かれば、それを明かりの家リヒト・ハウスの先生達に伝えてくれるだろ」

「これで助けてくれた神様...... ミカド達に恩返し...... 出来る」


えっと...... 完全に俺を置いてきぼりにして話が進んでいる。


マリア、ドラル、レーヴェもすっかりその気になってるし、今更ダメとは言い出せそうに無い雰囲気になってしまった......


やれやれ。もうどうにでもなれ。


「分かった...... ! ただし約束がある。

まずその1。明日ギルドに持って行く手紙にそれぞれ1文したためる事。

その2。明日手紙を持って行く時には皆一緒に行く事。

その3。暮らしている間、何かあったら直ぐに俺かセシルに報告する事。

その4。後日、いつ頃明かりの家リヒト・ハウスに行くのかを皆で話し合う事。

この約束を守れるなら、恩返しをする許可を与えよう。これで良いかセシル?」

「うん! 分かった3人共?」

「はい!」

「 ん......」

「 おう!」

「よろしい! 改めてよろしくね。マリアちゃん、レーヴェちゃん、ドラルちゃん!」


目の前で和気藹々と会話するセシル達を眺めて、俺は苦笑いを浮かべるも、内心ではどこか喜んでいる自分がいた。


恩返しをする許可を与えるなんて変な話だが、兎に角、期間限定だが守るべき存在が増えた。


気を引き締めないと......



▼▼▼▼▼▼▼▼▼



さて、今俺とセシル、マリア、ドラル、レーヴェは家の前に立っている。


なぜ家の前に立っているのかと言うと、マリア達3人がギルドに入って俺達のサポートをしたいと言ったからだ。


なので、現在ギルドクラスがルーククラスの俺達がレーヴェ達と軽く模擬戦をし、彼女達の戦闘能力を見極め、ギルドの依頼に連れて行けるだけの実力があるかを確認する事になった訳だ。


ドラル曰く、孤児院で育った子供は、この世界での成人となる18歳までに孤児院を出なければならない決まりがあるそうだ。

そして孤児院を出た子供は、それぞれ職に就き生きていかなければならない。


レーヴェ、マリアは前々から、孤児院を出たらギルドに登録して生きていきたいと言っていたらしい。


ドラルは住んでいた幸福の鐘グリュック・グロッケンで働くつもりだった様だが、幸福の鐘グリュック・グロッケンが閉園してしまった為、その夢が途絶え、レーヴェ達と一緒でギルドに登録する事にしたんだとか。


ギルドは魔獣の討伐等、命の危険がある依頼も多いが、薬草の採取や引越しの手伝い、鉱石の採取などなど、比較的安全な仕事も多い。


依頼達成で貰える金額は完全歩合制だが、3人にそれなりの素質があれば何不自由なく生きていける筈だ。


今回の模擬戦は3人の今後の為に役立つだろう。


「そう言えば、さっきマリアが幸福の鐘グリュック・グロッケンで武術の訓練をしてたって言ってたけど、具体的にはどんな事をやってたんだ?」


俺はマリア達の戦闘能力を見るにあたり、先程マリアが呟いた言葉を思い出した。


孤児院で教える武術訓練が如何程な物かは分からないが、内容を聞けば彼女達の大凡の実力を図れるかも。


「んと、希望制で近くに住んでいた元ラルキア王国軍の爺さんに武器の扱い方とか、手入れの仕方。戦い方を教わったぜ? 」

「それと魔法の素質がある子は院長先生に魔法の使い方を。

他にはそれぞれに合った武器を使って、木で出来た人形を敵や魔獣に見立てて攻撃する......ですかね。

ちなみに私は主に弓を使ってました。それと攻撃魔法と回復魔法の訓練を少し 」

「自由時間には、それぞれ自己鍛錬とか模擬戦もしてた...... 」

「そうね。良くマリアとレーヴェは一緒に模擬戦をしてたわね」

「僕やマリアは、ドラルみたいに魔法の素質がある訳でも無いし、頭も良く無いからな。

今後生きてくには、自己鍛錬して強くなるしかないからさ......

っと! それよりドラルの弓はラルキア王国軍でも充分通用するって院長先生に言われてたんだぜ? 」

「へぇ! ドラルちゃん凄い! 」


ふむふむ。とりあえず今までの話を纏めると、3人はそれなりに鍛錬を積んできたようだ。


レーヴェは実直に自己鍛錬をしてきたようだし、マリアと定期的に模擬戦もしていたらしい。

と、いう事は、レーヴェの相手を務めていたマリアもそれなりの実力を持っていると見て良いだろう。


ドラルも弓の腕前に太鼓判を押されていたみたいだし、案外この3人は化けるかもしれないな......


これなら安心して模擬戦が出来る。


「なるほど。それじゃまずマリアとレーヴェ! 2人は俺とセシル相手に模擬戦をして、その腕前を見せてくれ」

「わかった...... 」

「おう!」

「ドラルは悪いけど少し待っててもらえるか? 後で弓の腕と魔法を見せて欲しい」

「わかりました」

「よろしい。んじゃ、3人共、武器は何が良い? 大抵の物は用意出来るぞ」

「本当ですか? では、私は弓矢一式をお願い出来ます」

「僕は戦斧バトル・アックスを頼む!」

「私...... 短剣ダガーが良い。出来れば2本...... 」

「了解。ちょっと待っててくれ。セシルは武器を運ぶのを手伝ってくれ」

「わかった!」


3人は目を輝かせながら、それぞれ好みの武器をリクエストした。


そして要望を聞いた俺は一旦家の中に戻る。


マリア達の前で加護を使い、武器を召喚する場面を見られたくなかったからだ。


( 何もない空間から、いきなり武器が出てきたら驚くだろう。という配慮の意味もあるけど )


その為、今回は既に俺の加護の事を知っているセシルだけ家の中へ連れて行く。


「えっと...... 短剣ダガーが2本に戦斧バトル・アックスと弓か...... 弓は前に召喚したヤツがあるからそれで良いとして、短剣に戦斧か...... う〜ん...... 」


俺はリビングで、召喚する為に必要な武器の外見を頭の中で思い描いた。


マリアに与える短剣ダガーは、反りが深く独特の形状をした【ククリナイフ】をモデルに召喚した短剣ダガーを。


レーヴェの戦斧バトル・アックスは、刃渡り70cm程ある斧頭を持った【バルディッシュ】と呼ばれる物を召喚した。


こう言った前時代的な武器は、レベルが20もあれば余裕で召喚出来るから、召喚する身としてはだいぶ助かる。


マリア用の短剣を召喚している時に思ったが、俺はエルフが使う武器=弓矢という認識だったが、どうやらそれはこの世界では当て嵌まらないらしい......


なんかちょっとガッカリというか、元居た世界の固定観念はいい加減捨て去るべきか......


閑話休題それはさておき


俺は新たに召喚した短剣ダガー...... もといククリナイフと戦斧バルディッシュ

そして俺とセシルが使う太刀とレイピアを刃を潰した状態で召喚した。


ドラル用の弓矢は以前俺が召喚し、使っていた弓矢を使う。


「よっと! お待たせ。とりあえずこれがレーヴェ用の戦斧バトル・アックスと......」

「マリアちゃんの短剣ダガーとドラルちゃんの弓矢だよ」

「おぉ! サンキュー!」

「ありがと......」

「ありがとうございます!」


俺とセシルは互い武器を腰からぶら下げ庭に出る。


そして、庭先で軽い準備運動をしていたマリア達に各々に召喚した武器を差し出した。


3人は差し出された武器を手に取ると、その感触を確かめる様にお互い距離を取って振ってみたり、手触りを確認したりしている。


俺達が持っている物も含めて、安全のため刃は潰してあるとは言え、それでも鉄の塊に変わりはない。

が、これなら気を抜かなければ大怪我をする様な事もないだろう。


「さて。早速始めようか! 念の為言っておくけど、自分の身に危険が及んだ時以外の身体能力強化は使わない様にしてくれよ?

マリアは兎も角、身体能力強化した獣人族のレーヴェには勝てそうに無いからな」

「わかりました」

「ん...... 」

「りよーかい!」

「と、セシルも俺と普通に模擬戦を出来るようになってるから心配はしてないけど、よろしく頼むぞ」

「うん! 任せて!」

「ミカドさんセシルさんよろしくお願いします。マリア、レーヴェ頑張って!」


マリア、レーヴェの声に力が篭っているのを感じる。それに負けじと、セシルも拳を握りしめた。


そして俺達はドラルの応援を受け、互いに向かい合う。


ドラルから数m離れた所に立つ俺の正面には、バルディッシュを肩に担いだレーヴェが立ち、セシルの前には2本のククリナイフを手に、脱力したマリアがいる。


「ゴクッ......」


静寂に包まれた森の中で、ドラルが唾を飲み込む音が聞こえた。


シャッ!


不意に、風を切り裂く様な音がすると、マリアとレーヴェが俺とセシルに向かって走り出した。


「うぉ!?」

「っく!」


ガギィィイン!


予想以上のスピードで突っ込み、バルディッシュを振り上げたレーヴェが目の前に迫った。


そして一閃。


移動と同時に振り上げられたバルディッシュが、俺の頭を目掛けて振り下ろされた。俺は何とか太刀を並行にし、左手で棟の部分を支え何とか受け止めたが、レーヴェの振り下ろした力もこれまた想像以上だった。


マリアも、物静かな雰囲気から一転、疾風の如き連撃をセシルに浴びせている。

セシルは苦しそうな顔をしながらも、レイピアを巧みに扱い、その連撃を防いでいた。


「こりゃ...... 想像以上だ...... ! 幸福の鐘グリュック・グロッケンはこんなハイレベルな戦闘技術を教えてくれるのか?」

「僕達に武器の扱いを教えてくれた爺さんのおかげさ! なんでも元は王国軍の精鋭部隊に居たらしいし!」

「そいつは納得だ! っと!」

「なっ!?」


俺は刃を斜めにして、レーヴェの力を受け流した。

レーヴェがバランスを崩し、前のめりになったのを確認すると、1歩後方に下がり、レーヴェの喉元に刃先を突きつけた。


「勝負ありだ。荒削りな所が多いけど、瞬発力や力は申し分ないぞ。

今後の訓練次第だけど、これなら直ぐに並の魔獣なら楽に倒せるだろ」

「ちっ...... 負けちまったか...... くそ!」


喉元に刃先を突きつけられたレーヴェは一瞬反撃しようとしたが、この状況ではどうしようもなく直ぐに負けを認め、悔しそうな表情を隠す事なく大の字で地面に寝転がった。


だが、最初の一閃は本当に素晴らしかった。


あの力で身体能力強化をしていないと言うのだから驚きだ...... もし、レーヴェが身体能力強化を使い、さっきの様な一閃を放ったら......


最悪俺の体は真っ二つだったろうな......


キィィイイン!


レーヴェに勝ち、一息付いて隣で戦うマリアとセシルの方に目をやったその時。甲高い金属音が木霊した。


「私の勝ち..... だね。マリアちゃん」

「ん..... 私の負け。セシル強い...... 」


どうやらセシル達の方も決着が付いたみたいだ。マリアの1m後方の地面に突き刺さる2本のククリナイフが、決着それを物語っている。


「2人共お疲れ様。セシル、マリアの腕前はどうだった?」

「ミカドもお疲れ様。うん、凄いね!ミカドと一緒に訓練して無かったら絶対に勝てなかったと思うよ。

ただ攻撃が素直過ぎるって言うか...... 次に来る攻撃が想像しやすかったって言うか......」


ふむ。全て見ていた訳ではないのでなんとも言えないが......


攻撃が素直過ぎるか...... つまり、それだけ太刀筋がハッキリしていると言える...... そうなると、手練れの相手や素早い魔獣には与し易い筈だ。


筋は悪くないみたいだから、変な癖がつく前にちょっと工夫すれば、レーヴェ同様、並の魔獣に負けない戦士になる事だろう。


「よし、2人の実力は大体わかったよ。お疲れ様、ちょっと休んでてくれ」

「ん...... 」

「おう...... 」


模擬戦とは言え、勝負に負けたマリアとレーヴェはお互い小さく呟いた。


レーヴェは負けた事への悔しさが表情から見て取れるが、物静かなマリアもレーヴェ同様に悔しげな表情を浮かべていた。


レーヴェはまだ分かるが、マリアもあんな顔するんだな......


「次は私ですね! よろしくお願いします」


ドラルの声に気がつき顔を隣に向けると、隣に模擬戦を終えたマリア、レーヴェに軽く労いの言葉をかけたドラルが矢筒を肩にかけて立っていた。


「あぁお待たせ。それじゃあそこの大きな木が見えるか?」


そう言って、俺は20m程離れた場所に生える巨木を指差した。


この巨木の幹の部分には、普段俺とセシルがHK416Dやベレッタの射撃訓練の際に使う直径1m位の木製の丸い的が打ち付けられている。


「はい。あの丸い的がある木ですよね?」

「そうだ。その的に向かって何本か射ってみてくれ」

「わかりました!」


ドラルは鼻息を荒くして意気揚々と弓を構えた。


すると先程まで、朗らかに笑っていたドラルの表情が一転。表情はまるで感情が無くなったかの様な無表情になった。

目は静かに輝きを放ち、流れる様な仕草で的に矢を向ける。


その姿は冷酷な狙撃手を思わせた。


ヒュン......!


ドスッ!


小さく、そして鋭く空気を切り裂く音が聞こえた。

と思ったら、巨木に打ち付けられた的の中心、直径15センチの程の赤い丸枠にドラルが射った矢が突き刺さっていた。


「おぉ! 」

「凄い...... 」


思わず俺とセシルから歓声が出る。


ちょっと前、ギルド組員に成り立ての頃のセシルにドラルと同じ様な事をさせてみたが、初弾から的を射抜く事はなかった。


それだけにセシルはドラルの腕前の高さがよく分かっているみたいだ。

セシルも筋は良い方だが、弓を扱うセンスはドラルの方が上みたいだな......


ヒュン......!ドスッ!

ヒュン......! ドスッ!


俺達の歓声がまるで聞こえてないかの如く、ドラルは2本目、3本目の矢を射かける。

驚きなのが、放つ矢が全て的の中心の赤枠に命中している事だ。


ヒュン......! ドスッ!

ヒュン......! ドスッ!


「よし! もう良いぞドラル!」


ドラルが5本目の矢を放ち、同じ様に的の中心に命中したのを確認すると大きめの声を出して、ドラルを制する。


「凄いな。放った矢は全部ど真ん中だ。こりゃ俺にも真似できねぇぞ」

「ありがとうございます! 頑張って練習してきた甲斐がありました!」


構えを静かに解いたドラルは、感情を感じさせない無表情から、いつもの様な優しい温かな表情に戻った。


さすがはラルキア王国軍でもやっていけるとお墨付きを貰っただけはあるな......


ドラルも充分にギルドで通用する腕前だ。


「そう言えばドラルは魔法が使えるんだっけ? 良ければそれも見せてくれないか?」

「はい、と言っても低威力攻撃魔法ですが...... 的は先程と同じですか?」

「あぁ」

「わかりました。では......」


ドラルは俺の要望に嫌な顔1つせず、応じてくれた。


ドラルがゆっくり右手を的に向けながら何かを呟いている。


この世界には魔法が存在しているが、俺の近くにいたダンさんやセシルは魔法が使えない。

初めて生で魔法が観れる! と、俺は少しソワソワしながらドラルを見つめ続ける。


「水龍の御霊よ。我の魔力に答えその力の鱗片を授けよ...... ウォーターボール!」


呪文と思われるモノを唱えたドラルが声を上げると、的に向けられた手の平から水色に輝く小さな魔法陣が発生した。


そして.....


バシュッ!


手の平から出現した魔法陣からドッチボール程の大きさの水の塊が現れ、矢が刺さる的に向かって一直線に放たれた。


バァン!


「なっ!?」


的に当たった水球は辺りに水飛沫を撒き散らしながら、木で出来た的を粉々に撃ち砕いた。


おいおいおい、マジかよ...... HK416Dを連写フルオートで打ち込まないとあんな風に粉々にはならないぞ......


初めて目の前で魔法を見て、俺は恐怖すると共にこの世界の魔法に心奪われた。



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