番外編 ペンドラゴでの1日



私の名前はティナ・グローリエ。


私はこの国の国王、ゼルベル・ド・ラルキア国王陛下の直属組織で、魔法や魔獣の生体を研究する魔術研究機関という部署で働いている中級魔術師だ。


私は今日、予てよりゼルベル国王陛下から命を受け製作したいたある魔法具の試作品が完成したので、その報告の為にラルキア城へ足を運んでいた。


「よく来たダルタス局長。ティナ技術官よ」

「ご機嫌麗しゅうございます陛下。

本日は先日お伝えしました通り、例の魔法具の試作品が完成致しましたのでそのご報告に馳せ参じた次第で御座います」


ラルキア城内の謁見の間にゼルベル陛下の声が響き渡る。


ゼルベル陛下の後ろには執事のギルバートさんが燕尾服をビシッと着こなし、静かに佇んでいた。


そして今声を発したのは、私の勤める魔術研究機関のトップにして、私の上司。魔術研究機関局長のダルタス・マーラルだ。


私の隣で恭しく膝を着く局長は金色の髪を短く切り揃え、魔術研究機関の白い制服を見事に着こなしている。


町娘が見たら誰もが振り返るだろう優美な面持ちの局長だが、私は正直な所この局長の事が苦手だ。


理由はこの局長の笑った顔や怒った顔...... 本来人間が持つ、感情という物を見た事が無いからだ。


例を挙げると、他の職員がミスをしても怒らず、職員が研究の成果を出しても喜ばない。


まるで感情が抜け落ちたかの様に淡々と研究に没頭するこの男を、私を始め他の職員も皆少し不気味に思っている。


だがその分、魔法に関する造詣は深く皆から一目置かれてる。


要は近寄り難く、不気味な存在という訳だ。


今もこうして隣で話す局長の言葉からは、何も感情を感じない......

まるで、言葉を並べているだけの機械の様だった。


だから私は、この人間味の無いダルタスという男が苦手だ。


まだ先日知り合った黒髪の男の子...... ミカド・サイオンジの方が感情を表に出す分、人としてマシな気がする。


「うむ。事前に貰った報告書ではいまいち容量を得ん。

すまんが、魔法具の素人にも分かり易いように説明してくれるか?」

「畏まりました。説明は今回の開発主任ティナ・グローリエ技術官からさせて頂きます。ティナ」

「...... はい。では、まずはこの魔法具の名称から...... 」


無表情で私を横目で見るダルタス局長の指示を受け、私は開発した魔法具の説明を始めた。


「まず、この度開発した魔法具の暫定的な名称は【長距離通信・通話用球体型魔法具】と言います。

ですがこの場では、簡単に【魔法玉】と呼ばせて頂きます。

この魔法玉は、ゼルベル国王陛下の御要望通り、離れた場所に在る各ギルド支部や、各地へ調査に赴く魔術研究機関職員等に持たせ、離れた場所からでも緊急を要する案件の報告や、研究成果の報告等の意思疎通を可能とするべく開発さらた魔法具です。

しかし、何分試作段階なので改良点が多々御座います」

「ふむ...... その試作品では通話は可能なのか?」

「はい。ほぼ時間差無しで通話自体は可能なのですが......

この魔法玉を使い通話を行うには、最低でも中級魔術師級の魔力を媒介しなければならず、誰でも簡単に通話を行える訳では御座いません。

また通話可能な範囲も狭く、現段階では半径500mが限界です」

「ふむ...... 」

「更に通話という性質上、通話側と受信側がお互いにこの魔法玉を所持しなければならないのですが、試作品は直径3・5m程。重さは約100kgもあります。

それでいて通信限界距離が半径500mという事を鑑みても、改良の余地大いに有りと当方は判断し、目下小型化、軽量化を進めております」

「直径3・5m、重さ100kgで通信限界距離が500mか...... 通話可能距離はともかく、持つだけでも重労働だな......」


事前に暗記しておいた私の説明を聞いて、ゼルベル陛下が落胆の声を漏らす。


正直な所、私も今回の試作品には満足していない。


今回ゼルベル国王陛下に依頼されたこの魔法具は、『各地へ魔獣調査や研究に赴く魔術研究機関の職員や、各ギルド支部に持たせ、離れた場所から離れた場所へ迅速な意思疎通を図れる魔法具は作れないか?』という要望の下、開発が始まった。


ダルタス局長からこの魔法具...... 魔法玉の開発を任された私は試行錯誤し、先日なんとか試作品を完成させた。


でもこの試作品の通信可能距離は半径たったの500m。


『持たせる』という点から見ても、この魔法玉は直径3・5m。重さにして100kgもあるのだ。これは最早『持たせる』ではなく『運ぶ』の領域だ。


少なくとも直径は40cm以下。重さは30kg以下にしなければ、調査に赴く魔術研究機関の職員等が持ち運び出来る代物ではない。


事実、先日行った性能テストの際には馬車を使って魔法玉を移動させていたし......


「だが早馬を用いらず、離れた相手とほぼ時間差無しで会話出来る魔法具を完成させた事は偉業である。引き続き研究を続けてくれ」

「「はっ」」


私の考えは兎も角として、ゼルベル陛下はこの魔法玉の開発成功を偉業と言ってくれた。


少なくとも、完成自体は喜んでくれている様子だ。


それに比べて隣のダルタス局長は相変わらずの仏頂面...... この研究結果が嬉しいのか、それとも悔しいのか...... 全くわからない。


「報告ご苦労。今後の成果に期待するぞ」


ゼルベル陛下はそう締めくくると、後ろに控えていた執事のギルバートさんを引き連れ謁見の間を後にした。


「さて...... ティナ。私はこの後諸兄等と会合がある。お前は先に戻って良いぞ」

「わかりました。では、失礼いたします」


ゼルベル陛下とギルバートさんが立ち去った謁見の間には私とダルタス局長しか居ない。


静まり返った謁見の間に、ダルタス局長の声が響いた。


ダルタス局長の言葉には、もう用は済んだから帰れ、とニュアンスが込められていた。

だけどこっちからすれば願ったり叶ったりだ。


帰り道まで、この無表情男と一緒に居ると思うと気が滅入る。


局長はこの後、会合があるそうだ。

諸兄等というのは恐らく、面識のあるラルキア王国の大臣達か騎士・貴族達の事だろう...... ここは局長の提案通り、有り難く帰らせて貰いましょう。


この間僅か0.3秒程。

瞬時に判断した私は頭を下げて、1人謁見の間を後にした。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼



「はぁ...... 局長と居ると息が詰まるから嫌なのよね...... 」


謁見の間から正門に続く長い廊下で、私は誰に言うでもなく呟く。


誰が見ているとも分からないこの場で今の発言は如何な物かと思われそうだが、例えダルタス局長本人に聞かれても当の本人は、何も言わないだろうから気にしない。


あの人なら無表情で聞き流すだろうし。


「あら?ティナさん?」


そんな事を思いながら長い廊下をゆっくり歩いていると、不意に後ろから聞き覚えのある声に呼び止められた。


「あら、ユリアナ。こんにち...... げっ......!?」


後ろを振り返ると、声の持ち主は案の定、嘆きの渓谷での事件以降友好のあるラルキア王国第1王女ユリアナ・ド・ラルキア王女だった。


振り返り様、以前ユリアナから友達の様に接して欲しいと言われていた事を思い出し、気軽に返事をする。

しかし、ユリアナの1歩後ろでは、ユリアナお抱えの護衛騎士団【戦乙女騎士団】の団長、ラミラ・アデリールが鬼の様な形相で睨んでいた。


「ティナ殿。今姫様の事を呼び捨てにした様に聞こえたが、私の気のせいかな?」

「あ、あはは...... 気の所為じゃありませんか? ラミラ様」

「ラミラ良いのです。私から変に気を使わない様にとお願いしたのですから」

「なっ......!? し、しかし......! 」

「ラミラ?」

「......わかりました...... 」


やってしまった...... と内心冷や汗を垂らしていると、ユリアナが睨むラミラ様を微笑みながら窘めてくれた。


その微笑みには不気味な迫力があり、それに気圧されのかラミラ様も渋々といった様子だが、それ以降何も言ってはこなかった。


「ごめんなさい。ラミラも変に私に気を遣わなくても良いと言ってるのに...... それよりティナさんは何故ラルキア城に?」

「あはは...... 今日は、ゼルベル陛下から依頼された魔法具の試作品が完成したから、その報告に来たのよ。

で、今はその報告が終わったから帰るところ」

「そうだったんですね。お疲れ様でした。 では、この後は特に用事が無いという事ですか?」

「えぇ。後は帰ってゆっくり休むだけね」

「それは良かった! ティナさん。実は私達これからお茶会をするのですけど、良ければご一緒しませんか?」

「お茶会? 私なんかが参加しても良いの?」


どうやらユリアナとラミラ様はこの後お茶会の予定があるらしい。で、その移動中に私を見つけて声を掛けてくれた様だ。


お誘いは有難いけど、私の様な魔術研究機関の下っ端技術官が行っても良いものなのか?


「お茶会と言っても私とローズ、それにラミラの3人だけですのでご遠慮なさらずに」

「姫様。私は護衛で...... 」

「お時間がある様でしたら是非!」


ムスッとした表情を浮かべながら異議を唱えるラミラ様の言葉を遮りながら、ユリアナが朗らかな微笑みを浮かべる。


ラミラ様は何を言っても無駄だと諦めたのか、ため息をつきながら『やれやれ..... 』 と、手を振っていた。


「......わかったわ。喜んでご一緒させていただくわね」

「はい!」

「はぁ...... ティナ殿。姫様がお許しになったのなら言葉使い等に関して私は何も言わないが、私が無礼だと感じたら指摘していくのでそのつもりで。

それと、姫様を差し置いて私だけ敬語で話されるのは気が引ける...... だから私に敬語は不要だ」

「もう...... ラミラったら...... 」

「ん、そう。わかったわラミラ」


正直な所、いくら友達になったとは言えユリアナは王族。少し遠慮した方が良いのでは? と一瞬思った。


でもユリアナはもう私の友達なのだ。


なら断る理由はない。私はユリアナの誘いを受ける事にした。


ラミラ様...... いや、ラミラはラミラで、妙な所で生真面目に敬語は不要と言ってくれた。


なら私は言われた通りに接しよう。


優等生と言うか、融通が利かないと言うか...... だが、ラミラの考えに芯がある事はよく分かった。


「ふふっ。私にも敬語は不要ですよ?ラミラ」

「それは出来ません」

「むぅ...... 」

「さぁ、姫様。それよりも早く【白百合の間】へ行きましょう。

ローズ様が待ちくたびれている筈です」

「そうですね...... ラミラに敬語を止めさせるのは次の機会に取っておきましょう」


改めてラミラと友達? になった私は、ユリアナに引き連れられ、以前謁見終わりにミカドやセシル達と共にお茶会をした部屋に案内してもらった。


「あ! やっと来た! 姉様達遅い〜!」


ラミラが扉を開け、ユリアナと私が部屋に入ると、部屋は紅茶の良い香りで満たされていた。

既に机の上にはクッキーやケーキ等の茶菓子と紅茶が入っているであろうポット、それと数個のティーカップも用意されている。


そして茶菓子が置かれている机に肘を置き、ジトーッとユリアナの妹であり、ラルキア王国の第2王女ローズ・ド・ラルキア様が恨めしそうな目線を送ってきていた......


「ごめんなさいローズ。ティナさんと話してたら遅れてしまいました」

「え! あっティナ姉様だ! こんにちは〜」

「えぇ。こんにちはローズ」


ユリアナの後ろにいる私に気が付いたローズは、天真爛漫な笑みを向けてくれる。

その笑顔を見ると、釣られて私も笑顔になってしまうから不思議だ。


私はユリアナが椅子に座るのを確認してから、適当に空いている椅子に腰掛ける。

するとラミラが部屋に置いてあるワゴンからティーセットを出して、目の前に置いてくれた。


「あ...... ごめんなさいラミラ」

「ティナ殿は客人だ。気にしないでくれ」


淡々と言葉を並べるラミラを見て、ラミラはダルタス局長の女性版みたいだなと思ってしまった。


これはラミラに失礼か......


「では、揃ったことですしお茶会を始めましょう」


ユリアナは微笑みを浮かべながら宣言し、ラルキア城でささやかなお茶会が始まった。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼



「あっ...... もうこんな時間...... 」


ティーカップに注がれた紅茶を飲みながら、ふと窓を見てみると、オレンジ色の光が部屋に差込めていた。


私はティーカップを置き、このお茶会での会話を思い返す。話した内容は本当に取るに足らない雑談だ。


この前こんな出来事があったとか、ここで食べたご飯が美味しかったとか、本当に取るに足らない雑談......


それでも仕事以外ではお城から出ないユリアナやローズには興味深かったらしく、目を輝かせながら話に食いついてきた。


楽しい時間はあっという間に過ぎると良く聞くが、その通りね......


「あら本当...... 楽しいと思うと時間の経過が早く感じますね...... 」

「あぁ〜 時間が止まれば良いのに...... 」


ユリアナとローズがお互い悲しそうな表情を浮かべる。

ユリアナも私と同じ事を感じたんだなと、ちょっと可笑しく思えてしまう。


「ティナ。もう帰るのか?」

「えぇ。このままだと家に帰る気が無くなっちゃうわ。此処は居心地が良いから」


ラミラが静かにティーカップを置いて私を見つめる。


ユリアナ達との話も楽しかったが、私が1番楽しく感じたのは、話している内にドンドン表情が豊かになるラミラと仲良くなれた事だ。


この部屋に来た当初は仏頂面だったラミラだが、世間話をしている内に気が緩んだのか、表情がとても柔らかくなっていった。


初めてラミラに会った時は頭の固い軍人さんだと思い、ダルタス局長と似た雰囲気の彼女に少し苦手意識を持っていたが、こうして話してみると、当たり前だけどラミラは至って普通の年頃の女の子だった。


そして、若くしてユリアナを守る騎士団の団長を務めている為、普段は気を張っているのだと分かった。


今思えば、私の呼び名も殿付けからいつの間にか呼び捨てになっているし、話し方も大分フランクになっている。


嬉しいから一向に構わないけど。


「では、名残惜しいですが、お茶会はこれでお開きですね...... ティナさん正門までお見送りしますね」

「ありがとう。それじゃよろしくお願いするわ」


変に断っても申し訳ないと思って、ここはユリアナの言葉に甘える事にした。


そして正門まで向かう道程では、次回のお茶会の話題になった。


「次の機会にはミカドさんやセシルさんも一緒が良いですね」

「えっ!?」

「なに〜? ラミラはミカド兄様とセシル姉様が来たら嫌なの?」

「ローズ様...... 決してそういう訳では...... 」

「ラミラは以前、嘆きの渓谷で私の危ない所をミカドさんが助けて以降、ミカドさんにライバル心を持っているんですよ」

「あ、あの時の? なるほど〜」

「姫様!! ローズ様!! そんな事ありません!!」

「へぇ〜 そうなのね〜」

「ティナもそんな目で見るな!」


ユリアナはラミラをおちょくる様な言い方でローズに耳打ちをした。


耳打ちしているのに、ワザとラミラにも聞こえる様に言う辺り、ユリアナのお茶目差が垣間見える。


ラミラはユリアナの身を守る騎士団の団長。目の前で颯爽とユリアナの危機を救った人にライバル心を抱くのは当然だろう。


その事を指摘され、顔を真っ赤にするラミラはとても可愛い。素の表情を見せてくれているみたいで嬉しくなる。


「お見送りありがとう。ここまでで充分よ」


黒髪の少年の事を話していると、あっという間にラルキア城の正門に着いた。


まだまだ話し足りないが、帰ったら魔法玉の改良点を纏めたり、第2第3の試作品を作る計画も立てたりとやる事は目白押しだ......


名残惜しいけど、帰らないと......


そんな事を思いながら、笑顔を意識的に作りユリアナ達に笑いかける。


「そうですか? では、また機会を作ってお茶会をしましょうね!」

「またね! ティナ姉様!」

「またな。ティナ」

「えぇ。また今度。ミカド達に会ったらお茶会の事を伝えておくわね」

「ティナ!」

「クスッ...... それじゃまたね!」


微笑みながら手を振るユリアナとローズ。そして先程より顔を赤くしたラミラの怒号を聞きながら、私はラルキア城を後にした。


「さて! 明日も頑張るわよ!」


今日はユリアナ達とのお茶会で良い気分転換が出来た。


改めて気合いを入れ直した私は、オレンジ色に染まる空を見上げた。



一方その頃......



「はっくしょん!! くそっ...... さっきから嚔が止まんねぇ...... 誰かが俺の噂でもしてんのか......?」


謎の嚔に苛まれ、顔を涙と鼻水でドロドロにした黒髪の青年も、恨めしげに空を仰ぎ見ていた。



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