第50話 報告




「ふぁ〜っ...... 」

『くぁっ......』


奴隷商人に囚われていたマリア・グリュック、ドラル・グリュック、レーヴェ・グリュックの3人を助けた次の日の朝。


俺と、隣で寝ていた白狼ロルフは目を覚ました。


上半身をゆっくり起こし、体を伸ばす。ロルフも同じ様に前足を伸ばしている。


ふ、と隣のロルフに目をやる。


「おはようロルフ」

『アウ......』


俺は寝ぼけ眼を擦りつつ、眠そうなロルフの柔らかい鬣を撫でた。

陽の光を浴びたロルフの鬣はとても暖かい。このままずっと触っていたい衝動に駆られたが、今日もやる事がある。


起きなければ。


「あ、おはようミカド、ロルフ」

「おはようセシル」

『ヴァウ!』


ロルフを引き連れて1階に降りると、既に起きていたセシルがコクコクと水をコップに入れて飲んでいた。


マリア達はまだ起きていない様だ。


昨日あんな事があったばかりだし、聞いた限りでは、最近心が休まる時も無かった様子だ。


今はたっぷり寝かせてあげよう。


そうセシルに伝えると、セシルも同じ考えだった様で、すんなり同意してくれた。


そして俺とセシルは庭に出て、何時もの様に素振りと簡単な剣術の訓練。そしてベレッタ、HK416Dを構えて射撃のイメージトレーニングを行う。


ベレッタやHK416Dで使う弾丸にはまだ余裕が有るが、発砲音でマリア達を起こしてしまうかもしれないから、射撃はしない。

故に暫く実弾射撃は行わず、銃を構えてのイメージトレーニングをしてしていく事にした訳だ。



▼▼▼▼▼▼▼



軽い準備運動を終えて、訓練を始めてから約2時間後。

訓練を終えて室内に戻ってみたが、まだマリア達は起きた形跡は無い。


時刻はもう直ぐ9時。


このままだと、マリア達がいつ起きるか分からない。


ふむ。とりあえず、もう少し待ってみてマリア達が起きてこなかったら、報告は俺とセシルだけで行く事にしよう。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼



軽い朝食を取りながら30分程待っても、結局マリア達は起きて来なかった。


時刻は9時半。

流石にこれ以上は待てないので、【俺とセシルは近くのノースラント村のギルドに行ってきます。】と言う書置きをリビングに置いて、俺とセシルはノースラント村に向かった。


「ねぇ。マリアちゃん達を連れてこなくて良かったの?」


ノースラント村に行く前に、セシルが質問して来た。


「あぁ、多分大丈夫だろう。出来れば一緒に来てもらいたかったけど、アンナやミラならマリア達を保護しているって言ったら信じてくれるだろうし、今はゆっくり寝かせてやろうぜ」

「そうだね...... 何だったら、嘆きの渓谷にある奴隷商人達の馬車とかを確認して貰えば...... 」

「そうだな。さ、着いたぞ」

「あ、おはようございます。ミカド様、セシル様」


ノースラント村のギルドには、いつも通りギルドの制服を着て、いつも通りクールに佇むアンナが居た。


数日前にオフのアンナを見ているだけに、そのクールな雰囲気に笑いが込み上げてきたのは内緒だ。


「おはようアンナ。この前受けたフェルスベアの依頼の件の報告に来た」

「かしこまりました。それにしても...... 相変わらずミカド様達は仕事が早いですね。

最近では、ギルドの職員や依頼主の中でもミカド様達は有名になって来ていますよ?」

「え! そうなんですか?」

「はい。ミカド様達に依頼を頼めば、直ぐに依頼を終わらせてくれる...... と皆さん仰ってますよ。

近い内に【指名】で依頼が来るかも知れませんね」


何とか笑いを堪えながら挨拶をすると、アンナが気になる事を言った。

セシルが驚きの声を出し、アンナは朗らかに返答する。


依頼主達に噂になっている、か...... これは俺も初耳だし、驚きだ。


でも良く考えてみれば、俺達は殆どの依頼を受けた次の日には依頼を終わらせ、更に次の日には依頼完了を報告している。


中には依頼を受けたその日の内に、依頼を終わらせたケースもあった。


つまり俺達は、依頼完了の報告をするまで最短1日。長くても3日で依頼の完了報告をしている事になる。


前に他のギルド組員が話していたのだが、普通は依頼を受けてから完了するまでに、平均5日程掛かっているらしい。


この事から、俺達はこの世界で依頼完了までかかる平均日数の約半分。もしくは半分以下で依頼を終わらせている事になる。


今回の岩熊フェルスベアもそうだ。

岩熊討伐は2日前に依頼を受注し、昨日討伐を終え、そして今日はその報告だ。

岩熊討伐依頼の受注から完了までに掛かった日数は3日。この世界の常識から考えれば、明らかに異様な早さという事になる。


成る程...... 改めて考えれば、こりゃそれなりに名前が知られる訳だ。今の所依頼の失敗が無いのもその要因の1つだろう。


短期間で依頼をこなせているのは、これもひとえに銃火器と言う優れた武器のお陰だ。

銃火器のお陰で、見つけた獲物はもれなく見敵必殺状態だ。


閑話休題それはさておき


アンナが先程言った【指名】とはギルドが定めている規約の1つで、ギルドに依頼を持ち込んだ依頼主がその依頼を受けるギルド組員を自由に指名する事が出来る...... というものだ。


依頼主から見たこの規約の利点は、ギルド組員の腕を見極め、信頼出来るギルド組員に依頼し、依頼の達成率を上げる事にある。


ギルド組員側も、指名が来るという事はそれなりの実力を持っていると宣伝している様な物だから、更に別の依頼主から指名で依頼が来る可能性が上がる...... 結果、多くの仕事をこなせる様になる。


この規約は両者にとって良い事尽くしなのだ。


「まぁ、そうなれば依頼に事欠かなくなるから嬉しいんだがな。っと、これ、フェルスベアの爪だ」

「はい、確かに。確認しますので少々お待ちください」


俺はアンナの前に、狩ったフェルスベアから剥ぎ取った大きな爪が入った袋を置いた。

アンナは手際よく袋から爪を取り出し、確認する。


「お待たせ致しました。フェルスベアの爪に間違いありませんね。

では、こちらが今回の報酬金と、ルーク級のギルド手帳になります。

これでミカド様、セシル様はルーク級になりましたのでビショップ級のギルド手帳の方をお預かりさせて頂きます」

「了解。はい」

「よろしくお願いします」


俺とセシルは、アンナにビショップの彫刻が彫られたギルド手帳を差し出し、新たにルークの彫刻が刻まれたギルド手帳と報酬金が入った麻袋を受け取った。


ルーク級のギルド手帳は、縁取りなど無く黒無地だったポーン級やビショップ級のギルド手帳とは異なり、縁の部分を銀色の糸と光沢のある黒い糸で、交互に縫い合わせた多少豪華な仕様になっていた。


「これでミカド様とセシル様はルーク級ですね。

既にご存知かとは思いますが、再度ルーク級になった事で発生する規約の方の説明をさせて頂きます」

「「お願いします」」

「では改めまして、ルーク級に上がったギルド組員は、自分を隊長とした【部隊】を結成する事が出来ます。

この部隊制度は危険度の高い魔獣を討伐する依頼を受けた際、ギルド組員同士の意思疎通向上を図り、連携を強化し、魔獣と戦う為の制度です。

また依頼主側から見て、報酬金の分配を簡単に行う為の物です。ここまでは宜しいですか?」


俺とセシルは黙って頷いた。

ここだけ聞くとギルドと言うより、まるで軍隊...... いや、傭兵だな......


「では、部隊を作る際の細かな点を幾つか説明しますが...... まず、ルーク級以下ナイト級、クイーン級、キング級、レギオン級毎に部隊構成員の人数に限りが御座います。

ルーク級は最低5人から最高20人。

ナイト級は最低20人から最高50人。

クイーン級は最低50人から最高100人。

キング級は最低100人から最高200人。

軍団レギオン級は最低200人から最高500人となります」

軍団レギオン級で最高500人とか...... 多過ぎないか?」


ここまでの話を聞き、思わず声が出てしまった。

だって500人だぞ? 平均的な学校の全校生徒に匹敵する人数だ。多すぎる気がする。


軍団レギオン級になりますと、相手にする者達は伝説級の魔獣の討伐や、大量発生した魔獣の大規模討伐...... ラルキア王国軍と共同での城塞都市警備等、常駐の治安維持任務が殆どですから、人手が多いに越した事は無いんですよ。

ちなみに、実力次第ではルーク級、ナイト級にも治安維持任務が来たりしますよ」

「なるほど...... えっと...... 常駐の治安維持任務って事は指定の場所に行って、暫くそこで暮らすって事ですか?」

「はい。治安維持の依頼は主に、都市を収める貴族や王族、各軍の司令官方から来ます。

詳細は依頼ごと違うので一概には何とも言えませんが、基本的に治安維持の依頼はほぼ期間制になってまして、数ヶ月から半年、長くても1年は依頼された場所で暮らす事になりますね。

その間住む場所は、依頼主が用意してくださったり、宿を格安で貸してくれたりとマチマチですけど」

「でも、その治安維持の依頼を受けている間に指名で依頼が来た場合はどうするんだ?」


俺は疑問に思った。治安維持の依頼が来る程の実力がある部隊だと、最長1年もの間、指名で依頼が来ない訳が無い。


その様な場合はどうなるのか?


「もし部隊を指名されましたら、治安維持要員とは別に、手の空いている部隊構成員に指名された依頼をこなしてもらいます。

個人を名指しで指名されればそう言う訳にも行きませんが......

極論、治安維持任務に支障が出なければ、例え指名では無くとも、複数の依頼を同時に受けても問題ありませんよ」

「へぇ、それだと部隊構成員は多いに越した事は無いですね!」

「えぇ。そう言う訳ですので、ギルド級が上がる毎に依頼が増える可能性を考慮して、構成員の人数を多めに定めているんです」

「へぇ」


ギルドは色々と考えてギルド組員や依頼主、ひいては皆の為になる様に頑張って規約を考えているんだな。


「最後に部隊を作る際の級の決まりなのですが、ルーク級のミカド様が部隊を作る場合は、ルーク級の組員が隊長となる方を含めて最低2人以上。

ビショップ級の組員が最低3人以上での構成が最低条件になっています。

これを満たせない場合は、いくら人数が居ても部隊を作る事は出来ません。

更に部隊を作るには登録料も発生しますので、ご注意下さい」

「あぁ。了解だ」


という事は、現状俺とセシルは部隊を作れる立場にあるが、その部隊の構成員となるビショップ級の人員が居らず、部隊を作れないという事か。


「部隊に関する大体の事は分かった。また部隊を作る事になったら、詳細を聞きに来るよ。あ、あと...... 」


部隊制度の話をある程度聞き、概要が分かった所で、俺はマリア達を保護した事をアンナに伝えていないと思い出した。


アンナにこの事を伝えようとしたら......


「おや、ミカドにセシルじゃないか。おはよう」


どこからとも無く現れたミラが、トレードマークのポニーテールをピョコピョコ揺らしながら歩いてきた。


「ミラか。おはよう」

「おはようございます。ミラさん」

「ミラ副支部長。お疲れ様です」

「うむ。今戻ったぞ。で、2人とも今日はどうした? フェルスベア討伐完了の報告か? それとも奴隷を助けた事の報告か?」


何だって?

今、奴隷を助けた云々と聞こえた気がしたぞ?


「何で知ってるんだ...... 」

「やっぱりお前達か...... 今朝、方嘆きの渓谷に奴隷商人と思しき奴らの死体と馬車が放置されていると、職員から連絡を受けてな。

今その確認を終えて、帰ってきた所だ」

「ミラ副支部長の読み通りでしたね」

「っ...... だって俺より小さい子達が捕まってたんだぞ! 助けない訳にはいかないだろ!」

「待て待て待て。別に私は怒ってる訳じゃない。むしろ良くやったと思ってるくらいだ」

「えっ...... 」


淡々と言葉を述べるミラとアンナに対して、つい言葉を荒げてしまった。


あの奴隷商人達の笑顔と下卑た声を思い出してしまったからだ。


そんな俺を他所に、微かに困った表情を浮かべたミラが俺を制した。


「この人間大陸にある各国が決めた条約に、他大陸から連れてきた者達を奴隷として扱ってもよい...... とか言う胸糞悪い法が有るが、私はその法が嫌いでな。

軍は疎か、囚われた奴隷を危険を顧みず助けようという骨のある奴はそうそう居ない......

だが、ミカドは奴隷商人から奴隷の少女達を救ったんだ。こんなに痛快な事は無いぞ! 本来なら、条約の関係で奴隷商人は保護されているのだが、今回は魔獣に襲われたという事にして揉み消してやる!」


はっはっは! と豪快に笑うミラが俺の肩をバシバシ叩く。


今回の奴隷救出はミラにとって余程愉快だったのか、叩く手にも力が込められていた。ミラと知り合って早数ヶ月だが、親しくなるにつれて暴力的になって来ている気がする......


いや、気がするじゃ無い。暴力的になってきている。


痛い。


セシル、オロオロするのも分かるが助けてくれ......


というか、ミラ......今とんでもない事を言わなかったか?


「いたっ! ストップ! 落ち着けミラ!」

「おぉ、すまん。まぁ大方、嘆きの渓谷で奴隷商人達と鉢合わせしたお前達は...... と言うかミカドだな。

ミカドは少女達を助ける為に奴隷商人達を殺し、助けた少女達は今頃、ミカドとセシルが住んでいる家に居る...... こんな所だろう?」


結局自力でミラを宥めた俺は、ミラの仮説を聞いて冷や汗が出た。全くもってその通りだったからだ。


なんだこいつは...... もしかしてミラは咲耶姫みたいな読心術が使えるとか言わないよな......


「ミラさんの言う通りです...... 」


ほら見ろ。ミラが余りにも的確に言い当てるもんだからセシルが苦笑いを浮かべてるぞ。


だが、待て。

俺は奴隷となってた子達を助けたと言ったが、【少女】とは一言も言っていない。


「待て...... 何で助けた子達が女の子......しかも少女って知ってるんだ?」

「奴隷商人達のリーダー格らしき男が、捕らえた人物の特徴を書いた紙を持っていたんでな。それを拝借した。

恐らく、お前達が助けたのは、エルフに獅子の獣人、それと龍人じゃないか? 歳は皆10代。合っているか?」

「あぁ...... その通りだ」

「ふむ。では、その奴隷だった少女達をお前達はどうするつもりだ?」


全てをお見通しらしいミラは、何やら楽しそうに俺の方を見てきた。


ミラの笑顔に嬉しい以外の感情が込められているような気がしてきた......


なんか試されている気がする......


「彼女達は、元々住んでいた孤児院が潰れて別の孤児院......【明かりの家リヒト・ハウス】に向かう途中に襲われたと言っていた。

だから、一先ずは【明かりの家リヒト・ハウス】に、そちらに向かうはずだった少女達を奴隷商人から救出して保護してると連絡したい」


俺の言葉を聞いたミラは一瞬考え込むと、直ぐにニカッと歯を見せて笑みを浮かべた。


「【明かりの家リヒト・ハウス】...... 確か、ここから西南の方にある小さな孤児院だな..... 分かった。

では、手紙を書いて後日ここに持ってこい。特別に速達案件として【明かりの家リヒト・ハウス】に届けてやる」

「本当ですか!?」

「あぁ、この連絡は早いに越した事は無いだろう。だが、今回だけだぞ?」

「いや、明かりの家の場所も知らない俺達にしたら、手紙を届けてくれるだけで助かるよ。ありがとな」

「ありがとうございます!」

「なに、気にするな。それよりもこんな所でノンビリしていて良いのか? 家で少女達が待っているぞ」


ミラにそう言われで腕時計を確認してみた。


針は12:20分を指していた。

ここに着いたのが確か10時くらいだから、2時間近く話していた事になる。

きっと今頃は起きてお腹を空かせている筈だ。


「ミカド...... 」


セシルも置いてきたマリア達が心配になってきたのか、俺の上着をクイクイと引っ張る。

ミラの言う通り、そろそろ帰った方が良いなかもしれないな。


「ミラの言う通りだ。俺達はここで失礼するよ。アンナ、部隊を作る事になったらよろしく頼む!」

「失礼します!」

「はい、お疲れ様でした。さようなら」


俺とセシルは行儀が悪いとは思いつつも、駆け足でノースラント村のギルド支部を飛び出した。


「それにしても...... 最近多いですね...... 孤児院関連の事件や誘拐事件...... 」

「あぁ。最近はミカド達が助けた少女達の様に、他の孤児院に向かっている途中に拐われたり、孤児院その物が奴隷商人に襲われた件もこの近辺だけで何件かあるしな......

孤児院以外で起こった誘拐事件も含めれば両手では足りないぞ...... 」

「しかも、ほぼ逃げられた人が居ない点も気になりますね......

奴隷商人達からしたら、孤児院から人を拐った方が足が付きにくく捉えやすい...... と言う点は理解出来ますが、最近の襲われる孤児院の多さは以上です...... 」

「何か嫌な予感がするな...... 」

「はい...... 」


不安そうに呟く2人の会話は、俺達に届く事は無かった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る