第38話 ティナ・グローリエ




「ちょ、ちょっと待て。黒隼シュバルツファルクの討伐に付いて来るだと?

ギルドを通さなくて良いのか?ギルドを通さずに依頼に同行すれば、下手したら罰金なんだろ?」

「あら、知らないの? 私の所属している魔術を研究する機関...... これはラルキア王国の国家機関で、正式名称は【魔術研究機関】って言うのだけど、この魔術研究機関はその名前の通り、魔術を研究してるけど同時に魔獣の生態調査とかもしてるのよ。

で、その生態調査の為に魔術研究機関に所属している者は、ギルドの魔獣討伐依頼に同行出来るって制度があるの。

まぁ...... 依頼を達成しても私は報酬金を貰えないけどね」

「つ、つまり...... ティナさんはミカドの魔法に興味を持って、その魔術研究機関の権限を使って、私達のシュバルツファルクの討伐に同行したいって事ですか?」


おどけた様に説明するティナにセシルが恐る恐る質問する。


「その通り!今まで魔術の研究をしてきたけど、何も無い空間から物質を召喚する魔法なんて見た事も聞いた事も無いわ!

これは詳しく調べなきゃ、魔術研究機関に籍を置く者の名折れよ!

実戦なら、武器とかを召喚する場面を見れるかも知れないし!あ、ちなみに私もギルド登録してるし、級はビショップ。

しかも中級攻撃魔法も使えるから、依頼の足手纏いにはならないわよ?」


えっへんと胸を張るティナを尻目に俺は頭痛がしてきた。


こりゃ厄介な奴に目を付けられたな......


あの時不用意にコートを召喚しなければ良かった...... それにシュバルツファルク討伐は、害鳥駆除で使われている散弾銃ショットガンを使おうと思ったけど、此奴の目の前では召喚なんて以ての外だし、それに銃なんて見たら、銃にも興味が向くかも知れない。


明日は弓でシュバルツファルクを狩るしかないな。


「それじゃ話は終わった事だし、私は帰るわね! 明日の朝、嘆きの渓谷で待ってるわ!」


悩んでいる俺を尻目に、ティナはそう言い残すと足早にノースラント村の方に向け走り出した。


「さて、こりゃマズい事になったぞ......」


嵐の様に現れて、嵐の様に去って行ったティナの後ろ姿を見て俺はボソッと呟いた。



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「それでミカド、結局明日はどうするの?」

「どうすっかなぁ...... あのティナとか言う奴が来るとなると、現地での召喚は出来ねぇし、ショットガンとか目立つ銃火器を持って行ったら、そっちにも興味が行きかねない......

とりあえず明日は弓を使って依頼をこなそう。必要な物は家で召喚して持って行こう」

「うん!それが良いかも。あ、ベレッタはどうする?」

「そうだな...... 念の為だけど、予期せぬ事態に陥った時の最終手段としてベレッタだけは持って行こう」

「ベレッタを持って行っても大丈夫かな?」

「あくまで保険だ。本当に危なくなった時にしか使わなければ大丈夫だろう」


俺とセシルは晩御飯を食べながら、明日のシュバルツファルク討伐の相談をしていた。


内容は討伐の相談と言うよりも、主にティナの事での相談だが......


今回もロルフは留守番だ。

そのお詫びを兼ねて今晩のロルフのご飯はちょっぴり豪勢にしている。


最終的な結論として、明日必要になりそうな消耗品...... 主に矢等は家で召喚し持って行き、不測の事態に陥った場合の抵抗手段として、俺とセシル合わせて2丁のベレッタとマガジンを各2本づつ持って行く。と言う事に決まった。


召喚する9㎜パラベラム弾はマガジン4本分の計60発。以前俺が撃った2発と、セシルが撃った16発を引くと召喚出来る弾の残数は22発という事になる。


大事に使わなければならない。


このマガジンとベレッタは移動の際、負担になりにくい腰にホルスターを付け、そこに入れ持ち運ぶ事にした。これで外套でも羽織っておけば、目につく事は無いだろう。


シュバルツファルクを狩るメイン武器としては、【クロスボウ】を召喚し、持って行く事に決めた。

近距離戦になった時に備えとして、俺は太刀を、セシルはレイピアを持って行く。


クロスボウから放たれる矢は弾道が多少不安定になるというデメリットがあるが、普通の弓矢より飛距離も速度も高いというメリットがある。


つまり、このクロスボウという武器は、1日の多くを上空に留まる黒隼シュバルツファルクを狩るのに最適な武器という訳だ。


加えて、クロスボウはこの世界の人から見ても違和感が無い様、全体を木で出来ている物を召喚する。


「そんじゃ、明日も早いし軽く剣術の訓練をして寝るとしようぜ」

「うん!先にお皿洗ってくるね!」

「おう。俺は武器の用意をしておくよ」


セシルと一緒に鍛錬(夜の部)もそこそこに、俺は太刀とクロスボウ本体、クロスボウの矢を召喚上限一杯の各30本、9㎜パラベラム弾にホルスター、防具のレザーアーマー等を召喚しベッドに潜り込んだ。



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そして明る10月の第4月龍日、午前6:00


ほぼ同じタイミングで起きた俺とセシルは鍛錬(朝の部)を軽く行い、朝食を食べた後シュバルツファルク討伐に向けての最終チェックを行った。


昨日の内に召喚した武器や傷薬、携帯食料の確認をして、防具のレザーアーマーを着たり腰のホルスターにベレッタを入れたりして午前9:00に家を出る。


今回の依頼場所、【嘆きの渓谷】は普通に歩けば2時間弱かかるとセシルが言っていたので、身体能力強化を使い、嘆きの渓谷まで一気に走り抜けた。


そのお陰で半分の1時間程で嘆きの渓谷の入り口に着く事が出来た。


「やっと来た!もう、遅いわよ2人とも!」

「あ、ティナ」


不意に、嘆きの渓谷の入り口に着いた俺達へ声を掛ける人影があった。


それは昨日から感じている頭痛の根源。魔術研究機関とかいう組織に属している魔術師のティナ・グローリエだった。


彼女は仁王立で俺達を見つめている。ティナの服装は、今から狩りに行く人の姿とは思えない程ラフな服装だ。


ちなみに見た目を詳しく書くなら、上は淡い青色の七分袖のシャツ。下半身はカーキ色っぽいハーフパンツを履いている。

腰にはポーチの様な物をぶら下げていた。


うん。まるでハイキングにでも行くみたいだ。


「ご、ごめんなさい......」

「セシル別に謝らなくてもいいぞ〜 だいたいお前が早過ぎるんだよ。具体的な待ち合わせ時間とか決めなっただろ?」


ティナは自分を中心に物事を考える天上天下唯我独尊タイプの人の様だ。セシルがビクビクして気の毒ったらありゃしない。


「それはそうだけど、時間は有限なのよ!時間は有効に使わなきゃ!

それにしても、まだ10月なのにもう外套を着てるの?貧弱ね」

「うるせぇ俺達は寒がりなんだよ。それじゃセシル。今回の拠点を決めてちゃっちゃか狩りますか」

「う、うん!」


よしよし。今の所、外套を羽織っているお陰でティナらベレッタに気が付いていない様だ。

切り札としてベレッタを持って来たが、出来れば使わずに帰りたい......


俺達はブラウンヴォルフを討伐した時の様に、今回の依頼の拠点に使えそうな場所を探した。

そして嘆きの渓谷の入り口近くに小高く見晴らしの良い丘を見つけた。


俺はこの丘を今回の拠点場所に決めた。


今回俺達は必要最低限の物しか持って来なかったから、拠点と言っても地面に布を引いた簡素な物だが......


「さぁ行くぞセシル!仕事の時間シュバルツファルク討伐だ!」

「お、おぉ!」

「頑張りなさいよ〜」


今回の拠点を作り終えた俺は、初めての依頼で緊張している様子のティナを奮い立たせる為に声を張り上げつつ、ティナの気の抜けるエールをスルーする。


そして早速、シュバルツファルクの討伐を開始した。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼



シュバルツファルク討伐を開始してから4時間後の午後14:00。


討伐は順調だった。


この4時間の間に狩ったシュバルツファルクの数は5羽を数える。

でも4時間もかかって討伐数5羽は明らかに少ない。


これには理由があった。


理由その1

今回はセシルと俺が受ける初めての依頼なので、安全を考えて2人一緒に行動している為。


理由その2

討伐は主にセシルに任せている為。


理由その3

ティナが俺達に付いて来ている為だ。


今回のシュバルツファルクの様に、特定の獲物を複数狩る場合だと、複数人の狩人が其々別々の方角に向かい標的を狩るのがこの世界の主流だが、俺とセシルは討伐依頼初心者。

下手に別々の方角で狩りをして、不測の事態が起きたら俺は兎も角、セシルではとても対応しきれない。


なのでお互いの安全を確認しつつ、シュバルツファルクを狩る事にした。


加えて今回は、セシルに狩りを慣れてもらう為、そして自分の実力を知る為にこの依頼を受けた。

ここで俺が出しゃばり、シュバルツファルクを狩ったら意味が無い。


そしてティナの存在だ。


いや、居る事自体は特に問題では無い。

無いのだが、ティナは今回シュバルツファルクを狩っても報酬金が出ないので、初めから狩る気が無いのか、俺の数歩後ろで......


「魔法!早くミカドの魔法を見せなさい!」


とギャーギャー騒いで着いてくる始末だ。


この煩わしい喚き声の所為で、既に数羽のシュバルツファルクに逃げられている。


俺の魔法(加護)を見たくて仕方ないみたいだ......


下手に話を掘り返す訳にはいかないので、俺とセシルは後ろでギャーギャーと騒ぐティナを全力で無視した。


「さて、依頼達成条件の最低3羽狩猟もクリアしたし、そろそろ帰りますかね」

「そうだね。初めての討伐依頼だったけど何とかシュバルツファルクも狩れたし」


ティナの喚き声を聞くのも辛くなってきたし、今回は俺とセシルが討伐に慣れ、実力を知る為に受けた依頼なので、そろそろ切り上げ帰ろうと提案する。

セシルはその提案に賛成してくれた。

俺達は拠点の丘に向かい歩き出す。


ふむ。この依頼は俺達でも余裕でこなせたな。


シュバルツファルクの討伐は、ポーンクラスのギルド組員がビショップクラスへ上がる為の試験の様な物らしい。

今回の結果を見るに、取り敢えず現時点の俺とセシルの実力だと、ポーンクラスの魔獣程度なら油断さえしなければ負ける事は無いと分かった。


これは良い収穫だ。


「えぇ〜!もう帰るの!? まだ私ミカドの魔法見てないぃ〜!!」

「えぇい! うるさい! 駄々っ子みたいに地面に寝そべってジタバタするな!」

「だってぇ〜!これじゃ何の為に私が付いて来たのかわかんないじゃない〜!」

「ま、まぁまぁミカドもティナさんも落ち着いて......」


一旦拠点まで戻って来て、シュバルツファルクを討伐した証となる飾り羽の枚数を確認しているセシルは、横で口喧嘩をしている俺とティナを苦笑いしながら宥める。


俺としてはずっと監視されているので気が休まらない。この監視から一刻も早く解放されたかった。


その時......


ヒヒーン!!!


俺達が居る嘆きの渓谷入り口から離れた場所で、けたたましい馬の鳴き声が聞こえた。


なんだ?と思い鳴き声がした方向に目を凝らして良く見てみると、約200m程先で馬に乗った髪の長い女性と思しき人が、同じく馬に乗った2人の鎧武者に追われている光景を目の当たりにした。


「ミカド!」

「あぁ...... どうやら訳ありみたいだな......」


俺とセシルはお互い顔を見合わせると1回頷いた。クロスボウは少し離れた所に置いてあるし、矢も番えていない。


今は悠長に矢を番えている時間は無さそうだ。


俺は追われている女性の安全を最優先に考え、仕方なく最終手段のベレッタに手を掛けた。


セシルも同じ事を考えていた様で、俺とほぼ同じタイミングでベレッタを抜き放った。


俺達はベレッタを抜き放つと同時にスライドを引き、9㎜パラベラム弾を薬室に装填...... 安全装置を外し、女性を追っている2人の鎧武者に照準を合わせる。


「セシル!俺は奥の奴を殺やる!セシルは手前の奴を頼む!」

「わかった!」


リアサイトは馬に乗る鎧武者にしっかり合わさっている。セシルは射撃の素質がある様なので、多少距離は離れているが問題無く命中させる筈だ。


俺は人に向けて銃を撃つのは初めてだったが、悠長な事は言ってられない。

本能が彼女を守れと叫んでいる様だった。


俺は狙いを外さない様に【集中】した。


ババーン!


ベレッタを構えてから数秒後。

ほぼ同時に、2つの銃声が木霊した。



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