第39話 姫騎士
ドサッ!!
2つの爆音が嘆きの渓谷に木霊する。
女性を追っていた2人の鎧武者達は、俺とセシルが放った弾丸を胸に受け、赤黒い血を撒き散らしながら落馬した。
「っ...... 」
「ミカド......」
俺は追われている女性を守る為とは言え、初めて銃を人に向けて撃ち、殺したという事実に罪悪感を覚えた。
これが人を殺す感覚......
俺のご先祖様達は、この感覚を常に感じる戦場に立ち続けていたのか。
クソ...... 俺は軍人家系、西園寺家の人間だ。心を強く持たなければ。
そうしなければ、この世界で生き残る事は出来ない。
後々になって思い返せばこの時、俺の代まで長年受け継がれてきた軍人の血が目覚めた様な気がした。
隣に立っているセシルも俺と同じ気持ちなのか、微かに俯き顔を顰めていた。
一方ティナはベレッタの発砲音に驚き、耳を塞ぎながら「えっ?何が起こったの!?」と目を白黒させていた。
「......行くぞセシル。あの人の安否を確かめるんだ!」
「う、うん!」
ピーン
2人の鎧武者が落馬し、その場所へ向かおうとした俺の頭に、あの機械音が響いた。
この音は......
【黒隼ジュバルツファルク2羽、『騎士』1人討伐。経験値獲得。
レベルアップ。
レベル18→レベル20。レベルアップにより武器召喚上限の解除並びにレベルが一定数に達した為、弾丸召喚数アップ】
案の定、レベルアップを告げる音だった。
今日、俺が狩ったシュバルツファルクは2羽だけだったが、2羽ともレベル10だったので経験値が予想より多かったみたいだ。
補足だが、残りの3羽シュバルツファルクはセシルが狩っている。
経験値を得る為には獲物にとどめを刺さなければならないらしい。
『騎士』とは、今撃った鎧武者の事だろう。
なぜ騎士と表記されているのかは分からないが、今はそんな事より追われていた女性の安否を確認しなければ。
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
俺が馬に乗った女性の下に向かい走り出すと、セシルとティナもつられた様に走り出す。
馬に乗った女性の下に着いた俺は、改めて馬上の女性の事を良く観察する。
その女性はよく磨き上げられた白銀の鎧を纏っている。
腰下まで伸びた髪は、セシルより微かに色が薄いプラチナブロンド。可愛いと言うより、綺麗な印象を受ける整った顔には少しだけ疲労感が見える。
歳は俺やセシルと同じくらいだろう。
その目には凛とした覇気を感じた。
鎧姿なのに武器を持っていない事に違和感を感じたが、それ以外は漫画や物語に出てくる姫騎士そのもの。
そんな姫騎士は俺達が駆け寄るのを見ると、優雅に馬から降りる。ただ馬から降りるというだけなのに、その動きには目を惹きつけられた。
1つ1つの動きに無駄がなく洗練されている。その何気ない至って普通の動作が妙に神々しく気品があった。
優雅で神秘的な雰囲気の中に、気高くも強い覇気を宿している姫騎士。
これが女性を見て感じた印象だ。
おっと見とれている場合じゃない。
「おい!怪我は無いか!?」
「はい。おかげさまで...... 危ない所を助けて頂きありがとうございます。」
「良かった...... 」
馬から降りた姫騎士は、これまた優雅に俺に向け頭を下げ微笑んできた。
万物を敬愛するかの様な、全てを包み込む様な優しい瞳と笑顔を向けられた俺は、ちょっとドキッとしてしまった。
俺もこの姫騎士が無事な事に安堵し、微笑んだ。
「大丈夫ですか!」
「特に怪我とかは無さそうね。良かったわ......えっ!?」
「ど、どうかしました?ティナさん」
「セシルはこの方が何方か分からないの!? ま、まさか貴女様は!」
俺に遅れる事数秒後。姫騎士の元に着いたティナは、姫騎士を2度見して素っ頓狂な声を上げた。
事態が飲み込めず首をかしげるセシルに、少々乱暴に言葉を返したティナは瞳をキラキラと輝かせ、姫騎士に問いかけた。
「あ、貴女様はもしやラルキア王国の【
「えぇ、巷ではそう呼ばれています。初めまして。
私はラルキア王国第1王女ユリアナ・ド・ラルキアと申します。以後お見知りおきを」
「「えっ」」
えっと...... さっきまで2人の鎧武者に追われていた、この虫も殺さない様な笑みを浮かべる綺麗な女性は、ラルキア王国の
と言うかセシルよ。何故お前も驚いている。
以前セシルから「この国は国王によって治められている」って聞いたからお姫様も居るんだろうな~と思っていたが、まさか実際に本物のお姫様をこの目で見られるとは.....
長生きはするもんだね。
ん?ちょっと待てよ......?
マズイ! いくら知らなかったとは言え、さっき一国の王女に向かって思いっきりタメ口で話しかけてしまった!直ぐに謝らないと!
「ゆ、ユリアナ第1王女殿下! 先程は私がユリアナ王女殿下ご本人と知らず、心ならずもご無礼を働きました事、平に御容赦ください!」
「あ!み、ミカドが失礼を致しました!ごめんなさい!」
騎士や王族の礼儀作法なんか全く知らないが、とりあえず俺は漫画で騎士が姫に跪いたシーンを思い出し、そのシーンと同じ様に跪き頭を下げながら考え付く限りの丁寧な言葉で謝罪した。
そんな俺に続き、セシルも俺の為に跪き、謝罪してくれる。
優しそうだけど許してもらえるかな......
今思い返すと「おい!」とか言っちゃったし.....
「お2人共顔を上げてください。私は怒っていませんよ。
家臣達がこの場に居れば、私も立場があるので貴方の事を怒らねばなりませんが、幸い今は口煩い家臣達はいません。
それに貴方方は追われている私を助けてくれた恩人です...... 見た所私と歳も近い様ですし、貴方さえ良ければさっきの様に話してくれて良いのですよ?」
「え?い、いや。しかし...... 」
「貴方方さえよろしければ、是非。先程貴方が友達と接する時の様に私に話しかけて来てくれて......その......嬉しかったので.....」
「ゆ、ユリアナ様.....」
天使だ......今、俺の目の前には天使様が居る......
ちょっと照れているのか、胸の前で指をモジモジと弄るその可愛らしい姿を見た事で、俺の顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。
でも、彼女の話を聞くと王族も王族で色々と大変そうだな...... さっきの言い方から勘繰ってしまうと、まるで今まで同年代の友達......下手をしたら友達すら居ないのかも知れない......
「わかりました...... いや、わかった。家臣の人達が居ない時はこんな感じで接するぞ?」
「はい!ありがとうございます!ふふ」
ユリアナの話を聞いて不憫に思ってしまった俺は、ユリアナの頼みを聞き入れる事にした。
彼女が友達の様に接して欲しいと言うのなら、俺に断る道理はない。
そもそも、俺はこの世界の人間じゃないからこの世界のルールなんて知った事か。
家臣達が聞いたら激怒しそうな事を約束してしまったが、太陽の様に輝くユリアナの笑顔を見る事が出来た。
もし家臣達にユリアナにタメ口で話している所を見つかったとしても、その時のお叱りでも何でも甘んじて受けよう。
「っと、そう言えば自己紹介がまだだったよな?
俺は
「せ、セシル・イェーガーです!ユリアナ王女殿下にお会い出来て光栄です!」
「よろしくお願いいたしますセシルさん」
「あの!私、ラルキア王国の魔術研究機関に勤めているティナ・グローリエと申します!」
俺は立ち上がり自己紹介をして、隣のセシルに目を移す。
セシルは鯱張って声が裏返りながらも、自己紹介をした。一方ティナはキラキラと顔を輝かせ、憧れの人に会えた子供の様に興奮しながら、俺達と同じ様に自己紹介をする。
「あら、貴女が.....貴女の事は魔術研究機関のダルタス局長から伺っていますよ。
魔術研究機関に最年少で勤めている秀才だと」
「いえ、そんな! 私なんでまだまだです......それよりユリアナ様が私の事をご存知だったとは光栄です!」
「ふふっ。これでも王女なので色々な方達とお話をする機会が多いんですよ。
特に、私と同年代の方のお話しは良く聴く様にしているんです」
優しく笑みを浮かべるユリアナと顔を赤らめながらはにかむティナ。ティナはユリアナに名前を知ってもらっていた事が本当に嬉しいようだ。
ティナは感激だと言わんばかりにニヤニヤしている。
「それとセシルさん。先程は危ない所を助けてくださり本当にありがとうございました。
見た所魔法で攻撃された様ですが、実に見事な腕前でしたよ」
「そ、そんな!ラルキア国民として当然の事をしたまでです!あ、あと頭を上げてください!」
「なぁ、ところで何でユリアナは、
「あら、それは偏見?」
「いや、別にそう言う訳じゃねぇけどさ。ユリアナは見た感じだと武勇に秀でてる様に感じなくてな。雰囲気も優し過ぎる」
「まぁ、ミカドの言いたい事は分かるわ。でも、事実ユリアナ様は毎年ラルキア王国で行われる出場人数、数百人規模の【剣技大会】で連続優勝する程の腕の持ち主なの。
この大会にはラルキア王国軍人も普通に出るし、腕の立つ傭兵やギルド組員も出る...... ユリアナ様は5年間も、その人達のトップに君臨し続けてるのよ!」
「へぇ...... でも皆ユリアナが王族だから手加減したんじゃないのか?」
「逆にユリアナ様相手に手加減して、勝てる人が居るなら連れて来て欲しいものだわ」
「そんなに強いのか......
セシルの方に向き直ったユリアナは、俺にした様にセシルに感謝の意を伝え頭を下げた。
アワアワしているセシルとユリアナが話している間に、俺は隣に居るティナに、ユリアナが戦乙女と呼ばれている由来を聴いてみた。
なるほど。【人は見かけによらない】とはこの事だな。
セシルはこの国の王女に頭を下げられた事で、より一層動揺して手をブンブンと振りながら頭を上げてくれと言うと、目を細めて微笑んだユリアナはゆっくり頭を上げた。
「この度は本当に助かりました。武器も無く、ただ逃げるしかなかった私の前に貴方達がいてくれて幸いでした」
「ユリアナ...... 差し支えなければ何故追われていたのか説明してくれないか......?」
頭を上げて、再度俺とセシル、ティナにユリアナは礼を言った。
それだけユリアナは必死に逃げていたんだろう。 そこで俺は何故ユリアナが追われていたのかを聴いてみる事にした。
この【ユリアナ王女襲撃事件】が後に起こる大事件の氷山の一角だという事を、この時点ではまだ誰も知る由も無かった。
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