第29話 1発の銃弾
「使ってみたいって、コイツを?」
セシルの突拍子もない発言に目を大きく見開いた俺は、手に持っているベレッタ92FSに目を落とす。
セシルはその間、ずっとベレッタを凝視していた。
その目には初めてベレッタの発砲音を聞き、落雷と勘違いした時の様な恐れは無い。
むしろ、始めて見る未知の道具に興味を抱いているみたいだ。
そんなセシルの言葉を受け、俺は冷や汗が出てきた。
元居た世界の趣味で電動ガンやガスガンを持っていた俺は、こう言った銃器の危険性を嫌と言う程熟知している。
まぁ百歩譲って撃たせるのは構わない。
が、それは事前にモデルガンとかで構え方等の練習をさせて、俺が大丈夫と判断すればだ。
それまで実弾は撃たせられない。怖すぎる。
「で、でも今の見ただろ?これは危ない道具なんだ。1歩間違えれば事故で死ぬ可能性だって...... 」
「わかってる...... でもその道具を扱えるようになれば、私もミカドの力になれると思って......」
セシルは親に怒られた子供の様にシュンと肩を落とし俯いてしまった。
うむ...... どうしよう。セシルもセシルなりに考えての発言だったようだ。
俺は少し考えたが、その気持ちを無碍にする事は出来なかった。
俺が付きっ切りで特訓させれば大丈夫だろう...... 最低限、間違った構えさえさせなければ撃つ事は出来る訳だし.....
「ん...... わかった。でもセシルの安全のために条件が有る。
今から言う3つの条件を守れて、俺が大丈夫と判断したらコイツを撃っていい。
その1、コイツの構え方を教えるから覚える事。
その2、コイツの仕組みを教えるから全て覚える事。
その3、俺が居ない時にコイツに触らない事。
これがコイツ...... ベレッタ92FSを撃つ為に最低限必要な条件だ。
この3つを守れない様じゃ、危険だからコイツには触れさせられない。良いか?」
「わ、わかった!私、頑張るよ!」
俺の提案を聞いたセシルは胸の前で手をギュッと握り、気合を入れていた。
その仕草はとても可愛いらしかった。
正直、セシルに銃火器の扱いを覚えてもらう事を考えなかった訳ではない。
銃火器の知識や扱いを教え込み、俺が召喚したハンドガンなりマシンガンなりをセシルに与えれば、それだけでこの世界ではトップクラスの攻撃力を持つ事になる筈だ。
それは自分の身は自分で守れる事に繋がる。
これらの知識と武器を持っていれば、俺達が始めてルディに会った時みたく、不意に強敵に遭遇しても冷静さを失わなければ十分対処出来るだろう......
ただ本音としては、教えるにしても俺としては、もう少し色々と調べてから扱いを教えようかと考えていた。
例を挙げれば、この世界の生き物に銃での攻撃は効くのか等だ。
問題はここが異世界だという点だ。
ここは魔法が存在する世界。
つまり、俺が元居た世界で得た知識や常識がこの世界では通用しない可能性がある。
もしかしたら、銃弾を弾く硬い鱗に覆われた獣が居るかもしれない.....
もしかしたら、銃弾より速く動く人間が居るかもしれない......
そういった事を調べてから教えた方が、色々と対処法等を一緒に教えられると思ったんだが......
まぁ、やる気になっているセシルに水を差すのは気が引けるから、今は彼女の意思を尊重しよう。
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俺とセシルは、早速ベレッタを撃つ為の特訓を始めた。ロルフは危ないので家の中に居てもらう。
と言っても、すっかり俺を警戒して家の外に出てくる気配が無い。
まぁ、特訓と言っても、9mmパラベラム弾を全て取り出して空になったマガジンをベレッタに装填し、それをセシルに構えさせるだけだから、至って地味である。
でも地味であるが故に、この特訓は重要だ。
まずは基本。この基本が出来なければ話にならない。
「まずは構え方を覚えてもらう。
間違った構え方をすると事故に繋がるからな...... しっかり覚えてくれよ?」
「うん!頑張るね!」
微笑みながら手に持ったベレッタの銃口を俺に向けるセシル。
「待て待て!いくら弾が入っていないとは言え銃口を人に向けるな!」
「銃口って?」
参った。
本当に銃の事を何も知らない人に銃の扱いを教える為には、まず銃口から説明しなきゃいけないのか.....
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まずは構え方より銃の根本的な説明が必要だと理解した俺は、1時間程かけてベレッタの詳しい仕組みや性能等を懇切丁寧に教え込んだ。
言葉だけでは理解しにくい所はメモ帳を取り出し、イラストを書いて説明する。その甲斐もあって、セシルはベレッタに関するあらゆる事を学習した。
セシルは少々抜けている所があるが、飲み込みは速いし、1度言った事を忘れない。
教える側としては事細かに教えなければならなかったが、物覚えが良いのでだいぶ助かった。
講義を終えた俺達は、次にベレッタの構え方の講義に入った。
さっきは面倒くさいと思い召喚しなかったが、俺は新しく追加でベレッタ92FSを1丁召喚した。
俺の構えを手本に覚えてもらった方が上達が速いと分かったからだ。
弾は召喚していない。
先ほど召喚した9mmパラベラム弾は13発だけとは言え残っているし、何分弾は有限だ。無駄遣い出来ない。
俺は新しく召喚したベレッタを持ち、セシルには先程召喚したベレッタを持たせた。
「さて、次にベレッタ...... というかハンドガン全般の基本的な持ち方を教える。
さっきも言ったけど、間違った構え方や持ち方をすると怪我に繋がるから、気を付けてくれ」
「了解!」
「よし、良い返事だ。まず、右手でグリップの後方をしっかり握る。
そん時に中指、薬指、小指は出来るだけ隙間を空けない様に...... そして親指でグリップを固定するんだ」
「ふむふむ、中指と薬指、小指は出来るだけ隙間を空けずに...... 」
「おっと!人差し指をトリガーに掛けるなよ!トリガーに指を掛けていいのは、弾を撃つときだけだ。とりあえず、俺と同じ様に構えてみろ」
「う、うん!分かった!」
セシルの目の前で1つ1つゆっくり動作確認をする。声にも真剣さが篭っていた。
最も銃を扱う際に真剣にならなかったら、いくらセシルとは言え怒鳴っている。
セシルは俺の手元と自分の手元を交互に見ながらベレッタを握る。
よし、持ち方に問題はなさそうだな。
「うん、持ち方は特に問題ない。それじゃ構えるぞ。
まずは利き足を後ろに引いて、身体を少しだけ斜めにする...... 重心を前に寄せた前傾姿勢になるんだ。
次に銃を持った方の手を伸ばし、添える方の手は少し肘を曲げる...... これが基本的な構えだ。
他にも色々構え方はあるが、これが1番構えやすい。まずはこの構えを覚えてもらうぞ」
「わ、わかった!えっと......利き足を後ろに引いて...... 身体を少し斜めにして......」
セシルは教わった事を口に出して確認しながらゆっくり構えていく。
「ど、どうかな?大丈夫そう?」
不安げな声でセシルは聞いてきたが、これも特に問題は無さそうだ。
強いて言えば肩に...... いや、身体全体に無駄な力が入っているくらいか......
変な身体の強張りは事故にも繋がるから注意しないと。
「構え方は問題ないけど......もっと肩の力を抜いて。リラックス、リラックス」
「う、うん!」
ベレッタを構えたまま深呼吸するセシル。
よし、さっきよりはマシになったかな......
まだ荒削りな所はあるものの、実弾を発射しても問題ないだろうと判断した俺は自身が持っているベレッタのマガジンを抜き、パラベラム弾を1発だけ装填する。
「よし、構え方も問題無さそうだし1回だけ撃つのを許可する。
ただ、反動と音が凄いからな?たぶんセシルが想像している以上の反動と音が来るぞ?気を抜くなよ」
「わ、わかった......」
セシルがゴクッと唾を飲み込んだのがわかる。ここまで念押ししておけば、凄い反動が来ても動じない...... と信じたい。
俺はセシルに弾が1発だけ入ったマガジンと、隙を見て召喚したイヤーマフを渡した。
このイヤーマフに関しては、詳しい構造や素材など知らなかったので召喚出来るか不安だったが、【想像した物を形にする能力】の能力の一部なのか、想像した物にある程度の補正がかかるみたいだ。
今回で言えばイヤーマフだが、ヘッドホンみたいな見た目に、音を遮断出来る効果が付かないかなと想像したら、俺が以前グアムの射撃演習場で使用したイヤーマフと遜色無い物が召喚出来た。
先程試しに付けてみたが、中々の遮音効果を持っていた。
この加護は召喚したい物の細部まで知らなくても、ある程度こんな能力があれば良いな~とか、こう言った見た目が良いな〜と、想像したら能力で補正されて召喚出来るみたいだ。
あれ。この加護最強じゃね?
そんな事を頭の片隅で考えながらセシルの方を見ると、受け取ったイヤーマフを耳に付け、マガジンをベレッタに差し込みスライドを引いていた。
薬室に弾丸が入ったのを確認したセシルは俺の方を向いて頷く。
準備が出来たみたいだな。
俺はセシルに向けて頷き返す。
微笑んだセシルは家や俺に背を向け、20m程先の木に向かいベレッタを構えた。
俺が教えた構えや持ち方で撃てば、まず外さない距離だ。
「うん、さっきみたいに変な力も入っていないし綺麗な構えだ。後は反動に耐えられるかだけど......」
構え等に不安は無いが、この後襲ってくるだろう衝撃に耐えられるか微かに不安に思いながら、ベレッタを構える当人はゆっくり深呼吸している。
「すぅ...... はぁ......」
小さな深呼吸が聞こえたと思った刹那、聞きなれた爆音が周囲に轟いた。
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