第30話 やり忘れていた事
「っぅ~...... 本当に凄い反動だね...... 手がジンジンするよぉ......」
この世界で俺以外に初めて銃を発射したセシルは、俺の教えた通りにイヤーマフを耳から外し首にかける。
そしてベレッタからマガジンを抜き地面に置くと、射撃時の反動の余韻で痺れる手をブラブラと振りながら歩いてきた。
その目には薄っすら涙が浮かんでいる。
「大丈夫か?まぁ、初めはそう感じるだろうさ。ちなみに、ベレッタは銃火器の中じゃ反動が小さい方なんだけどな」
「えぇ!?これより反動が強い銃があるの!?」
「慣れれば全然平気だって」
「でも慣れるまで大変って事じゃ...... 」
「まぁ...... そうとも言うな」
苦笑いしつつ、セシルからイヤーマフを受け取った俺は地面に置かれたベレッタとマガジンを拾う。これで銃という物の恐ろしさを身をもって知った事だろう。
これがルディとの戦いの時にあったら、結果も変わっていたかもしれないのに......
そう言えば...... なんかルディ関連で何か忘れている気がする......
「あっ!!」
思い出した!ブラウンヴォルフ討伐の時に丘の建てた拠点の撤去をしていない!
ブラウンヴォルフ討伐の際は1人で撤去するのは時間が掛かるし、夜も更けていたから後回しにしてしまったが、急いで撤去しに行かないと!
あそこにはカルロさんらの家族の財産ともなる狩り道具等が、そのまま放置されている。盗賊などに見つかりでもしたら......
「すまんセシル!ちょっと急用を思い出した!出かけてくる!」
「えっ!?なに?どうしたの!?」
「ブラウンヴォルフ討伐の時に建てた拠点の撤去をし忘れてたんだ!
あそこには狩り道具とかが置いたままだから、急いで撤去しに行かないと!」
「えっ!?待って!そういうことなら私も手伝うよ!」
「マジか!?助かる!」
「うん!速く行こう!」
「あぁ!」
俺はセシルと一緒に、拠点を建てた丘まで一目散に走る。
時刻はおおよそ12:00頃。
太陽が俺達の真上で燦々と輝いていた。
▼▼▼▼▼▼▼▼
俺とセシルが家を飛び出してから丁度10分後。走ってきた事もあり、直ぐに拠点がある丘につく事が出来た。では、なぜこんなに早く丘に着く事ができたのか。
それはレベルアップした事で使えるようになったスキル【
このスキルを使い、俺は始原の森を疾風後如き速さで野を駆けてきた。この
無論セシルも使える。
俺はレベルが15になって、ようやくこの世界の一般人と同じ存在になったという事だが、身体能力強化がレベルアップで使えるようになったのなら、今後レベルが上がっていけば
魔法...... 良いね。俺の中の何かが沸々と滾って来る。
使えるもんなら使ってみたい。
俺はこの
物は試しでと思いながら、走りつつ頭の中で「スキル......
目を開くと、以前ルディの番と戦った時と同じ様に、周囲の光景が僅かにスローモーションになっていて、その分俺の動きが速くなっているのが分かった。
木から飛び立つ鳥。
風で揺れる葉。
獣達の息遣い。全てが遅く感じた。
これでスキルは戦闘時以外でも使える事が分かった。
「えぇ!?ミカド速すぎるよぉ!?」
そんな俺の後ろからセシルの悲痛な声が聞こえてきた。
後ろを振り向くと、さっきまでほぼ並んで走っていたセシルを20m程引き離していた。
ものの数秒でこんなに.....
凄いな身体能力強化......
俺は後ろに振り向いたまま、「セシル!お前も身体能力強化を使え!」と指示を飛ばす。
直ぐに「わかった!」と後方から元気な声が聞こえた。
すると、直ぐ後ろで風を切る音が聞こえる。
後ろを振り返ると俺の数歩後ろをセシルが走っていた。
セシルは笑顔でピースをしてくる。
うん、可愛い。
そんなやり取りがあって、俺達は想像以上早く丘に着く事ができたのだ。
ちなみに丘に着くと同時に身体能力強化の効果も切れた。効果の持続時間は要検証だな。
新しい発見をした俺はセシルを引き連れて丘を登る。丘の上には、数日前のままの拠点とダンさん達のお墓があった。
お墓の前には色鮮やかな花束が1つ置かれている。カルロさん達の家族が置いた物だろうか......
俺とセシルはダンさん達のお墓の前に立つと同時に、静かに頭を下げ手を合わせた。
「ダンさん、今から少し騒がしくしてしまいます。許してください......」
心の中でそう呟く。
セシルも思う事があるのだろう...... ただ深く頭を下げ祈っているみたいだ。
ダンさん達への挨拶を終えた俺達は、早速お墓の後ろに立てられた拠点テントの撤去を始める。
見た所荒らされた形跡も無い。良かった。
まずテントの中に置かれていた矢束や、干し肉などが入った袋、医療品が入れられた木箱などをテントから出し、次にテントを畳んでいく。
セシルの手伝いもあってだいぶ楽に作業が進んだ。作業を始めて30分がたった頃にはテントも畳み終え、拠点の撤去がほぼ終わっていた。
こうしてみると結構な量の道具がある。
それもそうだろう。俺やダンさんが持ってきた矢束以外に、1人1人がそれぞれ何かしらの道具を持ってきたのだから。
大の男5人が持ってきた物を、男1人と女の子1人で持ち帰るのか......
こりゃ歩いて持ち帰るとなると、家と丘を往復する事になるかもしれないな......
「結構な量だね...... 全部持っていけるかな......」
セシルも俺と同じ事を考えていたようだ。
さて、どうしたものか…...
俺が考えているとセシルが話しかける。
「ねぇ。ミカドが居た世界だと、こんな沢山の荷物を運ぶときってどうしてたの?」
「え?そりゃトラックとかの自動車とか......そうだ!」
「トラック?」
「まぁ見てなって!」
首をかしげキョトンとするセシルを一旦放置して、俺はこういう時こそ、想像した物を形にする能力の出番だと悟った。
ある程度の構造を頭に思い浮かべ「召喚」と念じる。
これまで召喚してきた武具と比べて、4、5倍の大きさの光が現れる。そしてその光が消えると、俺が召喚した道具が地面に鎮座していた。
「これって......荷車?」
セシルが言う通り、俺が召喚したのは荷車だった。
イヤーマフを召喚したこともあり、武器や防具以外も召喚出来ると分かっていたので、荷物を運ぶのに最適な荷車を召喚した訳だ。
今回召喚した荷車は、車輪が左右に2つ有り、人力で引くタイプの木製荷車だ。
取っ手の部分に自転車のブレーキを模して想像したブレーキ装置もある。
これで丘を降る時に荷車が滑らなくなるように工夫したのだ。
本音を言えば、軽トラック等の車を召喚したかったのだが、例によって今の俺にはレベルが足りないだろうから、想像すらしていない。
今回はそこまで重量も無いし、この荷車で我慢するとしよう。
「あぁ、本当は機械で動くタイプの荷車...... トラックって言う道具を召喚したかったんだけど、ちょっと召喚出来なくてさ...... んで変わりにこの荷車を召喚した訳」
セシルが荷車と言う単語を知っていると言う事は、この世界にも荷車と呼ばれる道具が存在しているという事だ。
この世界にも人間が生きている。
人間という生き物は、皆で便利に楽に生活しようと知恵を出すから、世界が変わったと言っても荷車くらい有るのは当たり前か。
「へぇ...... ミカドの加護って武器や防具以外も召喚出来るんだね!便利!」
セシルがキラキラした瞳で俺を見つめる。
俺の事を褒めている訳ではないが、悪い気はしないな。
「ふふふ!そういう訳だ!さ、荷物を積み込むぞ!」
「おぉ!」
気合を入れ直した俺達は、せっせと荷物を荷台に載せていく。
荷物を全て荷台に載せ、何も無くなった丘の上で軽く休憩した。
この丘はこの辺りで1番高い場所になっているので、頂上に立つと周囲を一望できる。
そんな頂上に俺とセシルは並んで立つ。
「綺麗だね......」
「あぁ綺麗だ」
青々と輝きを放つ森を見て、セシルが声を漏らす。俺もつられる様にして呟く。
「ミカド...... 私もギルドに登録するよ。」
「え......」
「私もギルドに入ってミカドの手伝いをしたい!」
正直この発言には驚いた。
前に俺の力になりたいと言ったことはあるが、これまで一緒に暮らしてきてギルドに入るなんて初めて聞いた。
この声には硬い決意が込められていた。
セシルは地味に頑固なところがあるから、ここで俺が何を言っても先ほどの発言を撤回してくれないだろう......
それに咲耶姫が以前、頼りにすべき時に頼らない事こそ俺を信じると言ったセシルへの裏切りになると言った。
なら俺の言うべき台詞は1つだ。
「ん...... よろしく頼む。」
微笑みあった俺達は、家に帰ろうと荷物を積んだ荷車の元まで並んで歩いた。
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