第4話 桜の木の下で
もう少しこうしているから、と言って桜の木を見つめるおじいちゃんを庭に残して私は家の中に戻った。二階に上がってそっと襖を開けたけれど、そこにはもうおばあちゃんの姿はなかった。
他の部屋からガサガサという音が聞こえてくるところをみると、どうやら片付けに戻ったみたいだ。
「うーん……」
私はもう一度机の引き出しを開けた。それは、さっき一瞬で閉じてしまった3段目の引き出しだった。
そこには何枚もの書きかけの手紙と……宛名だけが書かれた沢山の封筒、それにおばあちゃんが使っていたであろうペンや糊といったものが入っていた。
その引き出しの中だけ――まるで当時のまま時が止まってしまったように見える……。悲しい恋の結末を引き摺ったままのように……。
「このままでいいわけないよね……」
知らなかったのなら、しょうがない。けれど、今の私は知ってしまっている。
私しか知らない、おじいちゃんの想いも、おばあちゃんの悲しみも――。
「こんなの、やっぱりダメだよ!」
お互いにお互いを想い合っているのに、こんなのって……。
「やっぱりこのままになんて出来ない!」
おせっかいだって言われてもいい。余計なことを、と思われたって構わない。それでも――。
私は引き出しから何も書かれていない一通の封筒を取り出すと、先程庭で拾った桜の花びらを入れた。――おじいちゃんとおばあちゃん、二人の思い出の桜を。
引き出しに入っていた糊を付けると、その封筒とペーパーナイフを一緒に机の上に置いて――段ボールから取り出した一冊の本を窓際に立てかけてから──少しだけ窓を開けて部屋から出た。
(上手く、いきますように……!)
廊下の隅に隠れて、祈るように目を瞑る……。どれぐらいの時間が経っただろう。 ガタン──と、いう音を立てて、窓から入った風が窓際に立てかけた本を倒す音が聞こえた。
その音に誘われるように、おばあちゃんが襖を開けるのが私の位置からも見えた。
「真弥ちゃん……?」
部屋を覗きながら、私の名前を呼ぶおばあちゃんの声が聞こえる。――そして。
「っ……!!」
息を呑む音が聞こえたかと思うと……ガサガサと紙が擦れる音と――ほんの少しの間をおいて部屋からおばあちゃんが飛び出してくるのが見えた。
おばあちゃんが下に降りたのを見届けると、そっと襖の開いたままの部屋に入る。
そこには――私の置いた封筒と、それを開けたであろう思い出のペーパーナイフがあった。
(あ……)
庭から声が聞こえる――。
開けた窓から顔を出して庭を見下ろすと、満開の桜の木の下でおじいちゃんを抱きしめるおばあちゃんと……困ったように頭を掻くおじいちゃんの姿が見えた。
その姿はまるで――かつてあの桜の木の下で約束を交わした、少年と少女のように見えた。
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