第1話 桜咲く、おばあちゃんの生家
そこは大きな桜が咲く、古い家だった。
「
古い門をおじいちゃんが無理やり開けると、おばあちゃんが私を呼んだ。
「悪いわね、手伝いに来てもらっちゃって」
「ううん、ちょうど暇だったから」
春休みも終わりが近づいたころ、母からおばあちゃんの生家の片づけを手伝ってあげてほしいと言われた。
めんどくさい、と断ろうとした私に「今度遊園地に行くんだっけ?」そう言って5千円を渡すと、よろしくと笑った。
(お財布の中身が少なくなってること、何でバレたんだろう……)
春休み中、友人たちと遊びに行きすぎて今月のお小遣いが早々に底をつきそうだったのだ。
そんな私のお財布事情をしっかりと把握していた母には勝てない……。
(まあ、ちょこっと手伝って帰ればいっか)
母からとは別におばあちゃんからもらったお小遣いをポケットの中で握りしめながらそんな甘いことを思っていた。けれど、これは……。
(思ったよりも大きいし、しかも古い……)
おばあちゃんの生家――というだけあってその家は、もう何十年も使われてなさそうな古い大きなお屋敷だった。
「何回か来ているんだけどねぇ。なかなか片付かなくて」
「そうなんだ……」
家の中に入ると、古びた外観とは違い意外と整理されていた。
きっとおじいちゃんとおばあちゃんが二人で少しずつ片付けていたのだろう。けれど……。
(もしかして……この家を今日中に全部片付けるってことなのかな……)
果たして終わるんだろうか……そう不安に思った私の心を読んだかのようにおばあちゃんは笑う。
「大丈夫よ、まだ何回かに分けて片付けるつもりだから。今日はそうねぇ、真弥ちゃんはおばあちゃんと一緒に二階を片付けてくれるかしら」
「わかった!」
おばあちゃんの言葉にホッとしながら、私はギシギシと音のする階段を上がって二階へと向かった。
「えっと……」
「それじゃあ、真弥ちゃんはこのお部屋をお願いね」
おばあちゃんが開けた襖の先には、押入れと本棚と小さな机しかない部屋があった。
見る限り片付いていると思うけれど……。
「ここはね、私が真弥ちゃんぐらいの頃まで使っていた部屋なの」
「おばあちゃんが?」
「そう。そこの押入れの中や本棚の中の整理をしてもらえるかしら」
「わかった!」
お願いね、と言っておばあちゃんは別の部屋へと向かう。そんなおばあちゃんを見送ると、私は恐る恐る押入れをあけた。
「と、言っても――ほとんど何もないけど……」
押入れの中に幾つか残っていた荷物や本棚の本を出して埃を払うと、用意されていた段ボールに詰め込んでいく。
もともとの量が少なかったのもあって、1時間もしないうちに押入れと本棚の中身は粗方片付いてしまった。
「どうしようかな……」
手持ち無沙汰になった私は、ほとんど物の残っていないない部屋を見回す。
――と、小さな机の引き出しが目に入った。
「この中も整理しておいた方がいいかな?」
本棚や押入れ、と言われたけれど……物が残っているなら片付けた方がいいよね、そう思った私は机の引き出しに手をかけた。
「――何これ?」
一番上の引き出しには錆びたハサミのような物が入っていた。でも……。
「ハサミにしては、刃が片方しかない?」
15cmぐらいの大きさの――ナイフ、と呼ぶには切れなさそうな……でも、ハサミとも呼べないそれを私は手のひらに取ってみる。見かけとは裏腹に、ずっしりとした重みがあった。
「うーん?」
とりあえずそのハサミのような何かを机の上に置くと、二段目の引き出しを開けた。そこには……開封済みの封筒が沢山入っていた。
そして三段目には――。
―― バタンッ ――
勢いよく引き出しを閉めた音が、部屋中に響いた。
「っ……!!」
「真弥ちゃん? どうしたの?」
「お、おばあちゃん!」
おばあちゃんの声に、机を背中に隠すように私は振り向いた。
不思議そうな顔をして襖から顔を出したおばあちゃんにバレないように、机の上に出しっぱなしにしてしまったハサミのような何かを引き出しに入れようと必死で引き出しを開ける。
けれど、後ろ手に入れようとしたそれは上手く入らず……逆に封筒の入った引き出しをひっくり返してしまった。
「あぁ……」
「あらあら……」
「ご、ごめんなさい! 机の中も片付けた方がいいかと思って、それで……」
「いいのよ、責めているわけじゃないの。ただ――」
「ただ?」
「懐かしい、と思ってね……」
そう言うとおばあちゃんは床に散乱した封筒の中から一枚取り出すと、それを愛おしそうに抱きしめた。
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