定理5-5
「心一、あなた文才があるのね」
「早速掘り起こすの⁈」
「二人の秘密なんだから、二人だけの時はいいでしょ」
まあそれもそうだ。部室には結局誰も来ず、相変わらず心一と凛だけが残っていた。
「じゃあ、話は決まりね。かおりんを屋上に呼び出して、告白リターンズ作戦よ!」
「ええ⁈」
まさかの二回目の告白。急な提案に心一の心臓が止まりかける。
「でもぼく、花園先輩の前で声が出ないんだけど」
「そこは、私が何とかするわ。大船に乗ったつもりで、任せてくれて大丈夫よ」
凛が持ち運び楽々コンパクトサイズの胸をはって、自信満々に言う。
「大船じゃなくて泥船なんじゃ……」
「まあまあ見てなさいって。作戦はこうよ。かおりんの靴箱に、心一の愛がたっぷりこもった手紙を入れるわ。朝登校したかおりんが靴箱を開けて、それを読む。手紙には「放課後、屋上で待つ」の文字が。見事かおりんを呼び出せたなら、心一が屋上で待機しておいて、愛を告げる。そして、振られる。完璧な流れね」
「最後は結局振られるんだね……」
まあそれでも、告白しないまま諦めてしまうよりはずっと良い。
「で、決行はいつ?」
「明日よ」
「急だね」
「思いついたら即やっちゃうのが私の良いところなの」
「多分凛の悪いところだよ、それ」
「かおりんと喋れそうなら、私は手を出さないわ。でももしダメそうだったら、助け船を出してあげる」
「具体的な方法は?」
「うーん、それは秘密」
「教えてくれないんだ」
「出来ることなら使いたくないからね。もし明日、あなたがかおりんと話せるようになったら、きっとどんな女の子とも会話できるようになるわ。私としてはそっちの方が助かるの」
そうだ。現状心一はこの部で一番の役立たずなのだ。女の子と話さずにホロウを停止させるというのは、逆立ちで世界一周ぐらいには無理な話だ。
「今回は私たちの部としての活動の、予行練習ということで」
凛としては、こっちの目的がメインなのではないだろうか。心一が実際に使えるかどうか。どうやって心一を使えるようにするか。彼女の目的が何であれ、協力してくれるのはありがたい。心一は、香織に気持ちを伝えることのみに集中すれば良いのだ。
「じゃあまず、手紙を書くわよ」
「え、今?」
「当たり前よ! 今書かないで、いつ書くのよ?」
「夜でしょ!」
「え~、私にも見せてよ!」
「凛が見たいだけじゃん!」
「あなた、かおりんの登校時間を把握しているの?」
「いや、知らないけど……」
「じゃあ今書いて、今仕込んでおいた方が確実じゃない?」
「えー……」
何だろう。今心一は完全に嵌められている気がする。
「下校時にもチャンスはあるから、夜に書いて朝持ってきても良い気がするんだけど」
「……そこに気付いたか」
凛が舌打ちをする。心一にも聞こえる程度の音量で。
「じゃあひとまず今日は解散よ。ちゃんとかおりんが屋上に来たくなる文章を書くのよ」
「う、努力します……」
お菓子以外に花園香織を動かせるものが存在するのか。甚だ疑問である。
部室を出る。沈みかかっている夕陽が、心一たちを迎えてくれた。凛が部室の鍵をかける。鍵のかかる音が、廊下に響き渡った。心一たちの他には誰もいない。
「それじゃあ、また明日。健闘を祈るわ」
凛が手を振り、心一に背を向け遠ざかっていく。
「ありがとう!」
心一は凛の背中に声をかけた。顔を見て言うのが、少し恥ずかしかったからだ。そんな心一の気持ちを当然知らない彼女は、立ち止まって、静止。振り返って、笑顔を見せる。
「がんばってね!」
凛の顔を、夕陽が赤く染める。彼女の目は夕陽の輝きを受け止め、ダイヤモンドのように輝いていた。
心一はそれを、彼女自身の瞳の輝きだと思った。思ってしまった。
その輝きが、水たまりになるまで溜まった涙が夕陽を反射して作られたものであることに、心一は気付かない。
凛に背を向けると、明日の告白への決意を胸に、心一は廊下を駆けた。明日へ早くたどりつくように、そう願いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます