定理4-2
ショッピングモールを出た。心一の手には、温かい出来立てのパンがたくさん入った袋が握られている。ビルが大きく影を落としているけれど、外は快晴だ。お昼を食べるにはちょうど良い。時刻は三時を回っており、お昼というよりはおやつに近い。特にたい焼きを食べた香織にとっては。香織は早速どこかへ歩いて行こうとする。もちろん心一は彼女が何を目指して歩いているのか、皆目見当もつかない。心一と明彦も、彼女のあとを追うように歩きだす。
「なかなか良い場所がないですね」
「そうだね」
ネハンの中心にある街を出て、三人はお昼を食べる場所を探す。せっかく春なんだから、桜が見える場所で食べたいと心一が言ったからだ。当然のように街の中に桜はない。ビルの壁面にARでできた淡い桃色の花びらが舞ってはいる。ビルを見ながらの食事はしたくない。そういうわけで街と住宅街の狭間を散歩している。
街と住宅街の狭間には何があるかというと、公園やグラウンド、その他広い敷地が必要な施設だ。心一たちは桜のある公園を探して歩いたが、そんな公園は見当たらない。公園は昼間なのに無人で、鮮やかな色に塗装された遊具が誰か遊んでくれるのを静かに待っているようであった。
「まさか、ナビゲーションアプリが使い物にならんとはな」
心一は桜のある公園を検索してみたが、一件のヒットもなかったのだ。
「誰も桜なんて見ないんですかね……」
「チュウネンには桜、あったよな」
「学校で花見ですか? 良いかもしれませんね」
明彦も同意する。額に玉の汗が浮かんでいる明彦の細い手足。インドア派には辛い長時間の運動は、心一と明彦に多大な疲労をもたらしていた。おまけに空腹だ。桜の見える場所で食べようなんて言い出したのは誰だ。心一だ。後悔してもどうしようもない。
「見て」
二人がゾンビのようにダラダラと歩いていると、前を軽快に歩く香織が、前方斜め上を指さした。
「あっ! 桜だ!」
香織の指の先には、薄い緑に覆われている小高い丘が見えた。その頂上に、桜の木が一本だけ植わっている。
「ようやく飯にありつける……」
「急いでいきましょう」
スピードを上げた香織の後ろを、亀の歩みよりのろまな二人の男が、息を切らしながらついていく。丘までにはまだ結構な距離がありそうである。
「身体が持つかな……」
「どうでしょうか。骨なら桜の下に埋葬してあげますよ」
「そいつは良い。花園先輩のお尻の下に埋めてもらえると助かる」
「そんなこと言える間は当分死にそうにありませんね」
牛の歩み。亀の歩み。ナマケモノの歩み。インドア派の歩み。多分ぼくたちが一番遅いのではないかと、心一は思う。早く目的地について欲しいと、一歩一歩鉛のように重い足を持ち上げ、下ろしていく。
香織はそんな二人を気にもとめず、スキップをしながらずんずん進んでいた。
ああ、これは
できることなら、彼女とぼくの間にある物質的精神的隔たりを
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