君が世界から消えたとしても
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第1話
1ー1 【翔視点】
「そういやさ翔 透明病って知ってる?」
高校の帰り。歩いている隣に紫陽花が咲く中幼馴染の志賀斗真(しがとうま)が呟いた。手には飲みかけの牛乳パックを持って居て、ストローに歯型が付いている。部活で焼けた黒い腕が、ポロシャツの白さを目立たせて居た。
「なにそれ」
「今朝のニュースでやっててさ、なんか、どんどん体が透明になっていって最後には跡形もなく
消えて死ぬって病気があるらしい」
そんな現実離れした病気があるのかと不思議に思った。でも斗真は、嘘はつかない奴なのであっけなく信じた。
「ふぅん。怖い病気もあるもんだね」
「だよなあ 消えるんだったら普通に死にたい」
「そうだね」
会話がしばらく会話がないまま、僕達はバス停まで歩いていく。
幼馴染なのに仲悪いのか?と聞かれるとそうではない。いや、仲がいいからこそ喋んないっていうのもある。まあ男2人でいる時は大体そうだろう。何か思いついたらのんびりと話す。それが普通だと思う。
「翔、お前友達できたのか?」
「別に」
はぁ、とため息をつく斗真。
「作れよ良い加減に…高校生活面白くないだろ そんなんじゃ」
「…別に楽しくむても」
「あのなぁ…」
何か言いたそうな顔をするも斗真は頭をぽりぽりと掻き、結局言うのをやめた。
「……まあいいや ちょっと此処で待ってて」
「何処行くの?」
「そこの便所」
指をさしたのは公園内に建てられているトイレだった。あの河川敷とかにある移動式トイレではなく、普通にレンガで建てられたトイレ。斗真がトイレに入って行くのを見届け、僕は空を見た。梅雨空なので、空は相変わらず灰色だった。視界の端では2匹の鳥がのんびりと飛んでいる。きっとこの天気が嫌いなのだろうな、と思うほどのんびりとした飛び方だった。視線を戻すとふと横断歩道の向こう側にあるの自動販売機に目が行った。ちょうど喉が渇いていたし、折角のなので買おうと、自動販売機まで足を運ばせる。そして、10円を自販機に入れようとした時だった。
カシャ。
僕の耳に乾いた音が届いた。その音の方向に目をやると、そこには茶色混じりの長い髪をした女の子が立っていた。同じ高校の制服で、髪は肩より長く人懐っこそうな愛嬌のある瞳が印象的だった。暑さのせいか柔らかそうな頬と耳がちょっとだけ赤みがかっいてる。首にかかっているミラーレスカメラをもう一度構え、茂みに咲いている紫陽花を、
カシャ。
彼女が撮った写真を確認すると、嬉しそうな柔らかい笑みを見せた。きっといい写真が撮れたのだろう。僕はそこで自販機に視線を戻し、お金を入れようとした瞬間、手が滑り10円玉がカメラを持っている彼女の元に転がっていってしまう。彼女は写真に撮るのに夢中で気づいていない。
邪魔しないように静かに近寄り、しゃがみこんで10円玉を拾おうと瞬間。まるでその瞬間を見計らったかのように大きすぎる風が奇跡的に吹いて来た。
その風がふわりと彼女のスカートを持ち上げ─────
「ひゃっ」「あ」
あ、と心の中でも思った。僕たちの視線が同時に重なり、そして同時に顔が赤くなっていった。
「いっ……!」
「あっいやその……」
「いやあああああああああ!!!!!!」
彼女は持って居たスクールバックを大きく振りかぶり僕に振り回して来た。
「さいってーーーこの変態!!! 覗き魔め!!!!」
「ちょちょちょ待って!!違うんだこれは偶然で!!」
「嘘!!!!うわああああ もうお嫁にいけない!!! 」
「な、泣かないでよ……」
彼女が泣きながらうずくまってしまった。 周りの視線が気になり僕はおよおよしてしまう。
そんな時、救世主が帰還した。
「翔?あ、いた」
聞き覚えがあったのか、彼女は斗真の声に耳をピクリと傾け、顔を上げた。彼女の顔を見て斗真も驚く。
「あれ?君野?」
「志賀君!!!!」
僕らは公園のベンチに移動した。僕と彼女がベンチに座り、斗真が僕たちの前に立ち状況をまとめてくれた。まるで体育の授業にふざけてた2人を叱っている先生の様な。
「それで状況をまとめると、翔は落ちた10円玉を拾おうとして、落ちた所に丁度君野がいて、 その時丁度強風が吹いて、ほにゃららとなったと、」
僕はコクンと頷いた。メラメラとした視線を感じ、恐る恐る右を向くと彼女がまるで猫が人間に威嚇するかの様に、僕をシャーーと睨みつけていた。
「本当に偶然なんだよね?」
「うん。 ほんとに。」
猫の威嚇が続く、かと思いきや直ぐに終わった。
「ならいいや。 こっちもごめんね カバン振り回しちゃって」
「いや…僕の方こそ、ごめん。」
斗真が微笑み「じゃあこれで解決な!」と両手で音を鳴らした。流石が学級委員をやるだけあってこう言うのは慣れている。そうだね、と彼女は威嚇する猫から、優しい穏やかそうな人間の顔にもどり僕達に質問を問いかけた。
「所で、2人はどういう関係なの?」 「幼馴染なんだ 名前は君代翔(きみしろかける)」
「ほぇー幼馴染! じゃあ幼稚園から一緒だったりするんだ?」
「ううん それがなんと0歳から一緒」
ピコン!と彼女はアンテナが立った様な反応を見せる。
「へぇ〜そうなんだ、いいなあ幼馴染って。憧れちゃう」
そう言うと彼女は手を差し伸べて来た。握手を求めているのか。
「志賀君と同じクラスの君野未来(きみのみらい)です よろしくね 君代君」
つかさず僕もよろしくと、彼女の手を握った。その手は柔らかくとても白かった。そこで僕は手を話そうとするも、手が離れない。不思議に思い彼女の顔に視線をやると、彼女は手を握ったまま僕の瞳をジーーと見ていた。それが何を意味するのか僕には分からない。
「…どうしたの?」
「ああ ううん 何でもない」
手を離し、斗真が話を続ける。
「でも何で君野ここにいんの?家ここら辺だっけ?」
「あーーいや?今日は……その、おばあちゃん家に用事があってさ、東洋大学病院前のバス停まで乗んないといけないの」
応用大学病院前。僕らが通るみちだった。でも僕は今日バイトがあるのでその前のバス停でお別れだけど。
「まじか、じゃあ一緒に帰ろうよ 俺たちもそのバスなんだ」
「じゃあそうする!」
バス停にたどり着き、すぐさまバスがやって来たので僕らはそれに乗る。席は空いていたのだけど、何故か座らず僕らはつり革に捕まって話すことになった。バスの中で2人は、斗真と僕の身長についてや(お互い173センチ前後)、部活の事、今日2人のクラスであった出来事などを面白おかしく話していた。斗真は昔から男子生徒からも女子生徒からも人気で、いつもクラスの輪の中にいる。まあ何が言いたいのかと言うと、話し上手なので斗真と彼女が話してて、彼女の顔からは笑顔が絶える事は無かったって事だ。対する彼女の性格は、斗真に近寄ってくる女の人とはめずらしく、気取らない気さくな感じの性格だった為、少しだけ好感を持つことができた。
「それでさ、こいつこの前、野良の子猫に懐かれてすっげえ困っててさ」
「え、ちょちょちょ 何いきなり」
「え!ねえねぇその猫今どこにいるの?」
「…僕ん家にいるけど」
その子猫はきれいなひのき色をしている。歩いていて、コテっと転ぶ所がちょっと可愛い所だ。
「いいなあ猫 触りたい」
彼女が目を細めながら、本当に羨ましそうに言うので、僕は何とか言葉を選別した。
「じゃあ、今度写真撮ってくるよ」
「やった! 絶対だよ!」
「う、うん」
目の端で斗真が何故か微笑んでいるのが見えたが、特には触れなかった。
やがて僕が降りなければならないバス停にたどり着き、バイトなんだと2人に伝え、バスから降りようとするも、斗真が何か思い出し僕を食い止める。
「翔 お前今日ご飯どうすんの?」
「スーパーで買って帰るけど」
「じゃあうち来いよ 今日親居なくてカレー作ってあるから」
お、とアンアテナが立ったような反応を斗真に見せた。
「じゃあそうする」
「おーバイト終わったら電話して」
コクンとうなづき、バスから出ようとした瞬間、彼女に声を声をかけられ
「また明日ね」
と彼女は写真を撮っていた時のような柔らかい笑みを浮かべ挨拶をしてくれた。僕は確かに愛想がないが、愛想のない奴とは思われたくないので、なんとか笑みを作り
「また明日」と言って、僕はバスから降りた。
1ー2 【未来視点】
君代君と別れを告げバスがまた動き出した時、私の顔を見て志賀君が言った。
「無口な奴だなぁーとか思った?」
私は正直に志賀君の問いに答えた。
「…ちょっとね 志賀君がいつも遊んでる友達とはちょっと違うタイプ」
「昔は結構明るい奴だったんだよ」
私は驚かなかった。
「どう言う事?」
「あいつの父ちゃんと母ちゃん中学の卒業式に事故で死んじゃったんだ」
「え?」
志賀君はその事について話してくれた。その事故は中学の卒業式の帰りに起こったのだそう。君代君と君代君のご両親が仲良く帰り道をを歩いていて、交差点にたどり着いた時、彼は誤ってそのまま道を歩いて言ってしまったのだそう。丁度2トントラックが来ていたのにも関わらず。
轢かれそうになったのを君代君のお父さんが助け、轢いたスリップで大型トラックが横倒れになり、倒れたところに居たお母さんが下敷きとなって連鎖的に2人が亡くなってしまった。それも君代君の目の前で。ご両親が目の前で亡くなってしまったショックで、そして自分のせいで死んでしまったショックで君代君はあんまり喋らない性格になってしまったのだそう。君代君の話をして辛くなってしまったのか、志賀君の目が少し涙目になっていた。つり革に捕まっているテニス部で鍛えられた筋肉質な腕もちょっとばかり震えていた。
「友達を作らなくなったのも、多分また大切な人を失うのが怖いからなんだと思う。」
「志賀君はどうして彼に友達を作ってもらいたいの?」
答えは大体予想できた。でも私は彼の口から聞いて見たいと思った。
「友達がいればさ、ちょっとは気が楽になるかもしれないだろ。俺もなるべくそばにいてやりたいけど部活で忙しいし。それに」
「それに?」
「もう、あんな翔、見てられないんだよ」
志賀君は私の方を見ようとはせず、外だけをじっと見つめている。はっきりとした二重の瞳に少しずつ水分がたまっていく。でもその水分は一向に流れようとはしない。いや、流れさせないようにしている。そんな志賀君を見て私は思った事を言った。
「優しいんだね」
「子供を心配する親の気持ちがよく分かった気がする」
志賀君の言葉をふふと笑いをこぼしてしまった。志賀君は私の反応を見て笑うなよと、はっきりとした二重を細くさせる。そして【東洋大学病院前】と繰り返しのアナウンスが鳴り響いた。
志賀君は私が降りる所だと気付き、
「それでさ、君野」
志賀君の方に向く。
「もしよかったらさ 君野もあいつと仲良くしてやってよ あいつ、かなりの最良物件だから」
「えー?私は雨漏りだらけの訳あり物件に見えたけどなぁ」
「まあそれもあるかなぁ、でも頼むよ」
志賀君の顔を見た時私は思った。彼はやっぱり真面目で優しい人なんだって。
私は口元に笑みを浮かべ、「まかせろ」とドヤ顔で志賀君に言い放ちバスを駆け下りた。
六月の蒸し暑さが私の肌を刺激し、ドアが閉まり再びバスが動き出す。バスの中から志賀君が手を振ってくれている事に気付き、私もつかさず手を振り返し彼を見送った。
「さて」
さっき私は、2人に「おばあちゃんの家にいくから」と言って、さっきのバスに乗った。
でもそれは真っ赤な嘘。私が本当に行くべき所は、東洋大学病院。この県で一番大きい大学病院だ。一歩を踏み出そうとした時、
ポツリ。
手の甲に雨が落ちて来た。
やはり大学病院と言うのは何処か空港見たいな雰囲気がある。受付の待合席を見渡すと車椅子に乗っている人や、補聴器をつけてる人。お年寄りの人が大半を占めていた。初めて病院に来た時、同い年くらいの子が全然居ないのを気づいてしまったせいで、あぁ私は病気なんだなと実感させられた事を今でもよく覚えている。そんな事を考えながら受付を済ませ、私が通っている内科へ向かう。その内科は少し特殊な内科なので、結構の距離がある為エスカレータを使わなければならない。腰の曲がったおばあちゃんを優先させ私はエスカレーターに乗った。
「君、若いのに何処か悪いのかい?」
「うん ちょっと珍しい病気なの」
「どんな病気なんだい?」
生きる事の大切さを分からせてくれる病気だよ。と言おうとした。
死んでいく様が肉眼で確認できる病気だよ。とも言おうとした。でも言わなかった。
何故なら。
「ごめんね 私の病気あまり人に教えちゃいけないんだ」
エスカレータを降り、薄暗くひんやりした廊下を歩いていく。ローファーなので一歩一歩歩くと、まあ私の感覚だけどコツコツと言う大人っぽい色気のある音が聞こえてくる。
通っている内科にたどり着き、私はお構いなく診察室の中に入った。何故ならその内科の患者が私しか居ないからだ。その内科の名前は
【透明科】
「平野せんせー こんにちは」
私を担当してくれている先生は女性のちょっとセクシーなお姉さんだ。見た目はちょっと近寄り堅いけど、いざ話すととても気さくな人ですぐ仲良くなる事ができた。香水の匂いや、上手な化粧、アイロンで巻いた髪がいかにも「大人の女性」らしさを演出?させていた。こんな綺麗なのになんで男の人はこの人を捕まえないんだろうといつも思う。
「お、いらっしゃい 未来」
平野先生は回転式の椅子に座り、コーヒーを飲みながら私の病状が書いてある資料を見ていた。先生はくるっと椅子を回転させ、前の席座ってと優しい声で言ってくれた。
「制服じゃん 学校帰り?」
「うん 着替えるのめんどくさくなっちゃって今日はこのまま来ちゃった」
いいじゃん似合ってると褒めてくれたので、私はちょっと照れてしまう。
「私思うんだけどさ 制服まだ私が着てもいけると思うんだよね」
「そんなボケより、まず先生は結婚しないと」
おっ言うねえと先生は顔をニヤつかせる。
「本当、いつ運命の人が現れるのかしらね」
どんなタイプの人が好きなの?と聞くと先生は目を輝かせ列車のように言葉を回転させた。高身長、高学歴、高収入……とまぁキリがないので割愛するけど。世間話が一段楽済むと、いよいよ私の病状についての診察が始まる。まあ診察といっても…
「最近体調の方はどう?」
「なんともない!」
「本当に?耳鳴りとか、便秘とかない?」
「ないよもー」
便秘と言う言葉で照れてる私が面白かったのか先生はふふと微笑んだ。この一つの質問で今日の診察は終わりだ。ぼったくりと思うかもしれないが仕方ない。だって私の病気はどうあがいたって抗えない病気だから。毎回診察が素っ気なく終わってしまいちょっぴり帰りにくくなるので、私はいつも今日あった出来事を話してから帰る事にしている。
「ねえ先生 今日あったこと話して良い?」
「もちろん」
「今日、君代君っていう男の子にあったの」
「うん」
「その子の親がね 中学の卒業式の帰りに事故にあって亡くなっちゃったんだって。それも目の前で。 その子すごい苦しそうだった。」
先生はまっすぐ私の目をみつめている。
「なんでかは、わからないんだけどね、私、その子と友達になりたいって思ったの」
先生は頭上にビックリマークを浮かべた。でもすぐに真剣な顔つきになり私に問いかけて来る。
「その子と友達になって”どうしてあげたいの”?」
「”もうすぐ消えてしまう”私の分までこれからを精一杯生きてもらう!」
志賀君に頼まれたからじゃない。自分の意思で私は君代君と友達になりたいって思った。
私がそういうと先生は微笑んでくれた。でもその微笑みは何処か悲しげだった。
「いいじゃん。 未来がそう決めたなら私は応援するよ」
「うん!頑張る!」
診察が終わり、先生にさよならを告げ私は透明科を出た。相変わらず廊下はひんやりとしていて
何処か怖い。歩きながら私はふと、考えた。
あとこの廊下は、何回歩く事になるんだろう。
先生とは、あと何回楽しく会話することができる?
私が今わずらっている病気の名は、透明病。
透明病にかかった者に残される時間はわずか10ヶ月。
そして私に残された時間は、後5ヶ月程。
少なくとも後二ヶ月は普通の状態を保って居られるのだそう。
それを過ぎると体がどんどん薄くなっていって、やがて死ぬ。
正確に言えば、この世界から消える。
【消える事】を考えると涙がこみ上げて来そうだったので、なんとか上を見上げ涙をこらえた。
そしてまた歩き出す。前へ前へ。
─────もうすぐ消えてしまう私の分までこれからを───────
覚悟してね、君代君。
私、やると決めたらすっっっごく頑張っちゃう人だから。すっっごくめんどくさくなるから。
外へ出て空を見上げた。何処までも続く空を。人生最後の梅雨空を。雨はまだポツポツと降り注いでいる。こう言う、漫画や小説などのシーンでは綺麗な青空や星空などが普通なんだろうけど。でも、その空を見て笑みを作り、
「よし!」
力強く一歩を踏み出し、私は走り出した。
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