小さな夜の物語
人々の寝静まった夜。
人の営みの終わった無音を、一つのエキゾーストノートが駆ける。
青い車体から四つ目のテールランプが尾を引いている。
風間の愛機は夜の帳を切り裂く様に街を走る。
お気に入りのユーロビートをバックに、トントンとハンドルに指を打ちながら、風間は厳しい顔つきだった。
その理由は勿論、今朝の大和との一幕だ。
大和の言うこともそうだが、なぜあんなにも簡単に大和と少女が解放されたのか。
自分の知らないところで何かしらの力が働いたとしか考えられない。
無論、風間は陰謀論者ではない。
そもそも彼はその陰謀を企てるとされる側の人間なのだ。
そうした陰謀が存在するだけの余裕は、少なくとも現場にはない。
それでも、今朝の一幕は、警察権力以上の何かが関わっていると思わずにはいられなかった。
「一体何が起きてるんだ」
何度目とも分からない呟きをこぼす。
イラつきがちなのは彼の悪い癖だが、最近は特にそれが顕著だ。
しかし、なぜかそういう時にこそ、風間の感性は研ぎ澄まされた。
まるで「もう一つの視点」から自分ごと俯瞰しているかのような冷静さが、焦燥の中で浮いているのだ。
その「視点」は、今回も風間に違和感を知らせていた。
夜の街を疾駆する影は風間の車以外にはない。
これは田舎ではそう珍しくもない光景だ。
風間が少年時代を過ごした田舎の故郷でも、夜中に道を走る車は少ない。
だが、ここは眠らない街。
いくらなんでも往来がなさすぎる。
周りを見渡しても人の気配はない。
薄ら寒い雰囲気に身を震わせながらも、風間は家路へ急ぐ。
ジジ、ジジッ!
突然、視界が明滅した。
フッとロウソクの火を消すように、風間のヘッドライト以外の光が消えた。
「停電か…?」
一寸先も見えないほどの深い闇が、その一帯を包み込む。
風間はヘッドライトの光だけを頼りに、ゆっくりと前進するしかない。
「なんだ…?」
ヘッドライトの照らす光が、道路に影を落とした。
それは、人影のように見えた。
風間は急いで車を道路の脇に停め、人影に駆け寄る。
「大丈夫か!」
すらりと長い手足に引き締まった体つき。
見たところ20代前後の女性だ。
脈は力強く、息もある。
だが、肌にはうっすらと汗をかき、端正な顔立ちは苦悶に歪んでいる。
そして。
「…嘘だろ」
その額からは、二本の角が突き出していた。
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