第27話 12月26日 桜木南ホテル・神谷高司
目が覚めてベッドから出ようとした神谷高司は、尾崎玲華に腕を掴まれた。
「帰りたくない」
二人で過ごした翌朝は必ずと言っていいほど尾崎は子供のように甘えたがる。無視をするとかえって面倒なことになるのはわかっていたので、神谷は存分に甘えさせることにしていた。その方が結果的に効率がいいからだ。
優しく頬にキスをして頭を撫でてやる。
「そろそろチェックアウトしないと勤務時間に間に合いませんよ」
「仕事行きたくない」
なかなかベッドから起きようとしない尾崎を抱き起こし、服を着せる。
「ズル休みするのは結構ですが、自分で連絡しておきなさいよ」
されるがままの尾崎は普段より可愛く見える。ずっとこのままならそばに置いてやってもいいのに。そんな感情が芽生えたことに気づいて神谷は苦笑する。
「何笑ってるの」
「なんでもありませんよ」
結局、神谷が欲しがっているのは自分の思い通りになる人形だ。自分を必要としてくれる純真無垢な入れ物。自分にだけ都合がいい綺麗な器。
自分だけしか愛せない人間に、義姉の神谷真姫を救えるわけがなかった。真姫のためにと思ってしたことはすべて自分のためだった。自分のために兄を陥れ、自分のために真姫を手に入れようとした。だから失敗するのは当たり前だ。なるべくしてなったということだ。
ようやく身支度を整え、部屋を出ようとしたときに尾崎が絡みついてくる。
「外までお姫様抱っこして」
神谷はため息をつきながらも尾崎を抱き上げ、エレベーターに向かう。一階に到着するとフロアにいる従業員やカップルが一斉に注目してくる。チラチラと神谷たちを見ながら、顔を寄せ合い噂をしているのがわかる。
「みんな見てますよ」
「いいじゃない、いかにもホテルでクリスマスをすごしたバカップルっぽくて」
尾崎は笑っている。泥酔して部屋を訪れたときと違ってご機嫌のようだ。お姫様気質の尾崎はみんなに注目されるのが嬉しいのだろう。
エントランスを抜けタクシーを止める。尾崎をタクシーに押し込めると神谷も隣に乗り込む。
「温泉に行きたい」
駄々っ子モードは家に送り届けるまで続きそうだ。もうそろそろ終わりにして欲しいと思いながら、神谷は微笑んで答える。
「こんな時期だと予約していないと無理ですよ」
「ちゃんと予約してあるから」
尾崎はスマートフォンを取り出して、画面に表示されている予約サイトの明細を見せてきた。バスツアーらしい。確かに二名分の予約がされている。
贅沢好きな尾崎にしては格安ツアーを選んでいるのは珍しい。時期的に予定していたチケットが取れなかっただけかもしれないが何かが引っかかる。
「準備がいいですね。でも事前連絡もなく、二人が同時にサボるというのはいろいろと問題がありますよ」
「付き合ってくれたら、これ」
尾崎はスマートフォンを操作してから画面を見せた。小さなICレコーダーの画像が写っている。
それはずっと神谷が求めていたものだ。
瀬山哲平が持っているはずの物証のことをどうして尾崎が知っているのかはわからない。
「一緒に行ってくれますよね。神谷先生」
神谷に選択の余地はなかった。
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