第26話 12月25日 桜木南ホテル・神谷高司
桜木南ホテルの最上階にあるスイートルームからの見晴らしはそれなりだった。良くも悪くもない。普通というやつだ。タワーマンションに住んでいる神谷高司にしてみれば、同じような景色を見飽きているせいか感動もしない。
暇つぶしにつけたテレビの画面には桜木南ショッピングモールで発生した爆発事件のニュース映像が流れていた。神谷が泊まっている部屋からも報道ヘリが飛んでいるのが見える。
神谷が窓の外を眺めていると、スマートフォンの着信バイブが鳴った。瀬山哲平からだ。
「予定とは違いましたが、ちょうど良かったです。彼は短期間で斡旋をしすぎていましたし。足が着く前に処分できて助かりました」
電話の向こうで瀬山が笑っているのが聞こえる。相変わらず耳障りの悪い声だ。
「でも残念でしたね。あなたが狙っていた看護師、森野さんでしたっけ。あの研修医といい感じみたいですよ」
夏目波流が死ぬのをやめたのは、森野こころが説得したからのようだ。あの二人はうまくいったということなのだろう。
「先輩はこれから別の女性と過ごされるんですか」
「わかっていることをわざわざ確認する癖は直したほうがいいですよ。そういう男は女性にモテませんから」
「嫌味ぐらい言わせてくださいよ。こっちは愚者の尻拭いのせいで、せっかくの予定がパーになったんですから。これから強面のおっさんと打ち合わせです。では良いクリスマスを」
神谷は不愉快そうに顔をしかめながら電話を切った。
今夜は森野と過ごすつもりで部屋をキープしていたが未遂に終わった。夏目にしてやられた腹いせというわけではないが、椎名りさを誘ったものの大事な用事があると断られ、ほかの看護師はシフトに入っているので誘えなかった。最終的に、尾崎玲華がしつこく電話をしてきてどうしても会いたいと言うので仕方なく承諾した。椎名に忠告されていたことも考えると気乗りはしないが、クリスマスに一人で過ごすよりはいくらかマシだろう。
だが待ち合わせの時間から一時間も遅れている。支度に手間取っているのだろうか。女性にはよくあることだ。すぐに脱ぎ捨てる服を選ぶために時間をかけることは無駄なことのように感じられるが、女性にとってはそうもいかないのだろう。
テレビを消して手持ち無沙汰になった神谷は、ルームサービスのメニューを確認する。ここのクラブハウスサンドは美味しいと評判らしい。尾崎が来たら頼んでみよう。そう思いながら、冷蔵庫からシャンパンを出しグラスについでいると、ノックの音が聞こえた。
「遅かったですね。心配していたんですよ。ショッピングモールでの事故に巻き込まれたんじゃないかって」
神谷が扉を開けると、尾崎は倒れかかってきた。酒臭い。どうやらすでに酔っ払っているようだ。
「クリスマスなのに、男と会う前に女性が一人で飲むなんて、どうかしていますよ」
神谷は尾崎を抱き上げベッドに運ぶ。コートを脱がせてやっていると、尾崎が腕を伸ばして首に絡みついてきた。強引に神谷を引き寄せる。
「森野か椎名を誘うつもりだったんでしょ。振られたから仕方なく私の誘いを受けたくせに」
神谷は苦笑いをする。
「自分が言ったことも忘れたんですか。君がこのホテルのスイートじゃないと嫌だと言ったから、半年前に予約したんですがね」
嘘は言っていない。実際にはキャンセルするのが面倒臭くなりキープしたままになっていただけだ。もちろん森野を誘うつもりだったことも、尾崎より先に椎名を誘ったことも口にしない。肯定しない限りは相手にとって真実にはならないからだ。
「覚えてくれてたんだ。じゃあ最後の夜のことも?」
尾崎は濡れたような瞳で神谷を見つめている。
「それはどうでしょうね。これからたっぷり思い出させてください」
髪を撫で、額、頬、首筋に添わせるようにキスをすると、神谷はスーツを脱ぎ、Yシャツのボタンを外し始めた。
綺麗な消え方はじめましたへようこそ。
ゆうた様。
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どの愚者に綺麗な消え方を与えるべきかお選びください。
▼O・R 29歳
本当にこの愚者でかまいませんか?
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いいえ
では、与えるべき裁きをお選びください。
▼暴走車の事故に巻き込まれて死亡
(欠陥隠蔽を告発するために貢献)
本当にこの綺麗な消え方でかまいませんか?
▼はい
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