第20話 12月25日 桜木南ショッピングモール・森野こころ
爆発現場はパニック状態だった。
一度はショッピングモールを離れようとした森野こころだったが、外に出た直後に爆発音を聞き、夏目波流と一緒にホールへ戻って来ていた。
宇月拓海が持ち込んだ爆弾は、藤崎理玖が処分するために持ち去ったと思っていたが、どうやら別の爆発物が持ち込まれていたようだ。
爆発の中心部は瓦礫と肉片が飛び散り、酷い有様だった。もしあのままホールに留まっていたら、身体中が引き裂かれていたかもしれないと思うと森野はゾッとした。
爆発後に到着した警官、消防、救急隊員が現場で作業を進めていた。夏目がトリアージのタッグをつける作業を手伝っている。呼吸、脈、意識レベルを確認し、すでに死亡している人や明らかに助けようがない人には黒を、緊急度に応じて赤、黄、緑と区別していく。
森野も救急隊員と一緒になって、できる範囲で応急処置を施していた。
「俺も手伝うよ」
声をかけてきたのは猪熊一樹だった。手馴れた様子でトリアージのタッグをつけ、患者を搬送する順番を的確に指示していく。ある程度の患者の搬送が終わった時点で猪熊が言った。
「ここはもうこれぐらいでいいだろう。俺は病院に向かうけど、お前らはどうする。きっとあっちも人手が足りてないだろうし」
森野は夏目と顔を見合わせる。猪熊は頭をかきながら目線を外して言う。
「どうしてもクリスマスデートの続きがしたいっていうなら見逃してやるが」
「いえ、デートじゃないです」
夏目が必死に首を振って否定をする。
「なにがデートじゃないだ。お前たち、カウントダウン前に抱き合ってたの見てたぞ。どこのバカップルだと思ったらお前らだったとわかったときの目のやり場のなさったらなかったんだからな」
「いやあれはその、だから、そんなんじゃなくてですね」
必死に言い訳をする夏目を、猪熊はニヤニヤしながら見ている。
「若気の至りとは言っても、もうちょっと人目がないところでやれよ。おっさんの心が折れるからな」
そう言った猪熊は、床に置いていたカバンからイチゴ牛乳の紙パックを取り出した。紙パックを開けようとしたとき、有村勇太が見ていたリストのことを思い出した森野はイチゴ牛乳を取り上げた。
猪熊が驚いている。
「どしたの、森野さん」
「飲んだらダメです」
「そんな意地悪しないでくれよ。さっきから喉、からっからでさ」
森野は真剣な眼差しで猪熊を見つめている。夏目も怪訝そうに森野を見た。
「勇太くんがリストを見せてくれました。その中に猪熊さんのイニシャルもあったんです。だから……これを飲んで綺麗な消え方をしようとしてるのならやめてください」
森野の口から『綺麗な消え方』という言葉が出てきたことに夏目は驚いていたようだ。猪熊は困ったような表情で微笑みながら言った。
「なんだ、知ってたのか。どうりで。でも大丈夫だよ。俺は死なないから。だからそれ返して」
猪熊が紙パックを取り返そうとするが、森野は渡そうとはしない。
「そのイチゴ牛乳に問題はありませんよ」
背後に立っていたのは椎名りさだった。ジーンズとフェイクファー付きのロングコートを着ている。髪を下ろしていて、化粧っ気もない。いつもと印象が違う。
「私がお願いしたんです。いろいろと協力してもらっていました」
そう言って椎名はニッコリと笑う。
「協力?」
怪訝そうな表情で見ている森野からイチゴ牛乳を取り返した猪熊は、紙パックを開けてストローを挿して飲み始める。ぐいぐいと吸い込み、ぷはーっと息を吐くと、気持ちよさそうに伸びをする。
「な、大丈夫だろ。で、ダメなほうはこっち」
猪熊はカバンからスーパーのレジ袋を椎名に手渡した。中に別の飲み物が入っているようだ。
「お預かりします。あとで分析に回しておきますから」
椎名が猪熊を見て言った。
「そういえば、あの時はどうも。内線をかけるように手を回してくださって。ちょっとピンチだったので助かりました」
猪熊がイチゴ牛乳を見せつけるようにして、ニヤリと笑う。
「お礼は一ヶ月分でどうだ」
それを聞いた椎名は眉間にしわを寄せる。
「せめて一週間分ぐらいにしてもらえませんか。一回で全部は運べないと思うので」
「いや、一度に全部じゃなくて毎日一本ずつって意味ですよ、普通は」
猪熊は力説するがあまり正しく伝わっていないようだ。空になったイチゴ牛乳のパックを椎名に渡す。
「あ、これついでに捨てといて」
「しょうがないですね」
椎名が空のパックを受け取ったとき、スマートフォンの着信バイブが鳴った。椎名が電話に出る。
「姿が消えた? わかりました。向かいます」
電話を切ると椎名がため息をついた。
「まだ仕事が残ってますので、それでは失礼します」
去っていく椎名と猪熊を見比べるように見つめていた夏目が聞いた。
「椎名さんとはどういう」
猪熊が気まずそうに苦笑する。
「義理の妹だったっつーか。まぁ別れた女房の妹だ。いろいろ頼まれて仕方なく、な」
「人のこと散々言っておいて、自分だって」
夏目が責めるような眼差しで見ている。
「そういうのじゃねぇからな。元嫁と復縁できるように間に入ってもらってたんだ。だからこっちもギブアンドテイクで手伝ってただけ。登録してたのも、ただの囮だから」
「囮ってどういうことですか」
怪訝そうな表情で夏目は質問する。
「いやまぁ、その表立って言えない仕事みたいでさ。そんくらいで勘弁してくれよ」
そう言って苦笑いをした猪熊は、森野に向かって手を差し出した。
「ありがとうな。夏目のこと助けてくれて。森野さんが行かなきゃどうなってたか」
「いえ、そんな」
森野は小さく微笑んで、猪熊と握手をする。
「このバカ、俺じゃ止められるかどうか自信なかったから。助かったよ」
そう言って笑いながら猪熊は夏目の頭をガシガシと撫でる。
夏目は少しだけ泣きそうな目をしていた。幼い頃、両親にそうされたような感覚を思い出したのだろうか。
「すみません。いろいろとご心配かけて」
「ほらとっとと行くぞ、まだ仕事は終わってねぇんだ」
猪熊は少しだけ照れくさそうに答えて、歩き出した。
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