第18話 12月25日 桜木南ショッピングモール・藤崎理玖
藤崎理玖は大きなクリスマスツリーを見上げた。セレモニーのカウントダウンが終わり、LEDライトが点滅し始めた。
本当は来るつもりじゃなかった。少しだけ宇月拓海の様子を見たらすぐに帰ろうと思っていた。なのによりによって好きだった女が男を口説いている場面に出くわす羽目になるなんて。ついてない。最悪なクリスマスだ。
抱きしめ合う二人を見下ろしながら、藤崎は言った。
「女にここまで言わせておいて、だんまりかよ。みっともねぇな」
藤崎は森野こころの腕を掴んで、無理やり引っ張り起こした。床に残された夏目波流を睨みつけるように見下ろす。
「森野のこと好きなんだろ。だったらなんで死のうとしてるの。ばかじゃねぇの」
夏目は眉をひそめる。知らない相手を前にして警戒しているようだ。
「俺があんただったら、好きな女に生きてほしいって言われたら、どんなことがあっても生き抜くよ。明日死ぬってわかってても精一杯生きる。それができねぇっていうんなら、森野をちゃんと振ってから死ねよ。これ以上、森野の気持ちを無駄にするなら許さねぇ」
夏目の胸ぐらを掴む。鼻がつきそうなぐらいに顔を引き寄せ睨みつけた。
「どうなんだよ。生きるのか、死ぬのか、どっちだよ」
「……きる」
「聞こえねぇよ」
歯を噛みしめた夏目は、藤崎の腕を払って叫んだ。
「生きる。生きてやる。絶対に生きてやる!」
夏目の吠えるような声を聞いて、藤崎は微笑んだ。
「やっと言ったな。だったら望み通りお前を生かしてやる」
藤崎はスマートフォンを出して、リストの中から夏目の項目を選ぶ。取り消しのボタンをタップした。
「これでもうお前の契約はチャラだ。あとは好きにしろ。森野と一緒に、あのスピーチが終わる前にこのショッピングモールから出て行け」
藤崎がその場を立ち去ろうとしたとき、森野のスマートフォンの着信バイブが鳴った。
「雪音ちゃんが……」
電話を切った森野は、口に手を当てた。すがるような瞳で夏目を見る。
「容体が?」
夏目の問いに、森野が首を振る。
「間に合わなかった……って。拓海くんに知らせないと」
森野が電話をかけようとしたとき、夏目はセレモニーが行われているステージを指差した。
「拓海ならあそこに」
ステージに向かおうとする森野の手を掴んで、藤崎が止める。
「俺が行くから、お前らはこのショッピングモールを出ろ。早く。もう時間がない」
「でも」
「これは俺の責任なんだ。俺が終わらせないといけないんだ」
藤崎がステージのある方へ歩き出す。ふと足を止めると夏目に向かって言う。
「森野を泣かせたら容赦しねぇからな」
「わかってる」
そう答えた夏目は強い瞳をしていた。ニカっと笑った藤崎は人ごみの中に歩いて行く。
藤崎はスマートフォンのリストをもう一度表示して、宇月拓海の項目をキャンセルした。
ステージ前に行き最前列を探すと、スピーチを聞いている拓海の姿を見つけた。藤崎は赤いリボンのついた箱と小さなリモコンを拓海から取り上げる。
「藤崎さん。なにしてんだよ。返せよ」
小さな体でリモコンと白い箱を取り返そうと拓海は飛び跳ねる。
「妹はもう死んだ。だからこんなことをする必要はない」
動きを止めた拓海は、目を見開いて藤崎を見上げた。
「……嘘だ」
「森野のところに連絡があった。お前はとっとと病院に行け」
頭をくしゃっと撫でた。
「もういいんだ。お前はただのガキに戻ればいい。あとは俺がなんとかしとくから。お前はここから逃げろ」
リモコンをポケットに入れ、白い箱を脇に抱えた藤崎は走り出した。
時計を見る。予定では班目議員のスピーチが終わって、市民との触れ合いをするタイミングでプレゼントが渡される予定になっていた。スピーチが長引いているとはいえ、もうあまり時間はない。
基本はスイッチ式になっているはずだが、拓海がきちんと実行できなかった時の保険として時限式のセットがされている可能性もある。
藤崎には解除する方法はわからない。できるだけ人がいないところに持っていって捨てるしかない。屋上も地下もホールからは遠い。エントランスから外へ出た方が早いかもしれない。藤崎は必死に走り続ける。
「通してくれ。急いでるんだ」
何やってんだ俺は。
そう思いながら藤崎が人をかき分け、走り続けているとスマートフォンの着信バイブが鳴った。無視していたがずっと鳴り続けている。仕方なく藤崎は電話に出た。
「どこへ行く気ですか」
組織の男からの電話だった。藤崎は息を切らしながら答える。
「計画は中止だ。あいつらの死ぬ理由がなくなった」
「そうはいきません。ショッピングモールの地位を落とすだけなら多少の延期は可能ですが、班目議員を消去するチャンスは今しかありません。これを逃すといろいろと都合が悪いんですよ」
「ふざけるな。関係ない人間まで巻き込む必要はないだろ。人助け以外の殺しはしない約束だったはずだ」
藤崎はようやくエントランスを抜けて外に出た。できるだけ広い場所へ。人のいない場所へと走っていく。
「多少の犠牲は仕方ありません。必要悪というやつです」
「とんだクソ野郎だな」
「君のようなゴキブリに言われたくありませんね」
「うるせぇ。ゴキブリみたいな人間にだって心はあるんだよ」
電話の向こうで笑い声が聞こえた。下品な笑い方が鼻に付く。
「では優しいゴキブリさんに最後のご忠告です。契約書はきちんと最後まで読んだほうがいいですよ。特に自分が斡旋した愚者が仕事を放棄した場合にどうなるか、よくご存知ないみたいですから」
「なんのことだ」
「顧客の不始末は、斡旋者が責任を取るというルールがあるんです。もちろん綺麗な消え方はできませんので、その点はご了承ください」
「斡旋者が責任を取る? そんなの聞いてないぞ」
「当然ですよ。口頭ではご説明してませんから。契約書はきちんと読むようにという、この仕事を始めたときの忠告を聞き流した君が悪いんですよ」
人を小馬鹿にしたような声に藤崎はイライラしていた。きっと目の前に相手がいたら殴っていたかもしれない。
「それと君は勘違いしているようですが、その爆弾は時限式ではありません。起爆は遠隔操作でも可能なんですよ」
足元に地鳴りのような振動が走り、ショッピングモールのほうから爆発音が聞こえた。
どうして。爆弾はここにあるのに。
藤崎は足を止めて、信じられないという表情で振り返る。
ホールのあたりで炎と煙が上がっていた。エントランスから人々が逃げ惑うようにあふれ出て来る。パニック状態だ。
「残念でしたね。念には念をということで、予備の愚者が用意されていたんです。確か有村という女性だったかな。息子のツイート以外にも、政府を批判するツイートがあったので、ちょうどおあつらえ向きでした。あまりあてにはしていませんでしたが、ちゃんと仕事をしてくれたみたいです。だから君が持っている爆弾は、もう用なしですね」
電話の向こうで再び笑い声がしている。
「君は外へ逃げるべきではなかった。地下へ逃げていれば、かろうじて助かる可能性もあったかもしれないんですけどね。この意味がわかりますか。わかったところで、もう遅いと思いますが。それではさようなら、心優しいゴキブリさん。ショパンの別れの歌でも聴きながら、汚い消え方をしてくださいね」
電話が切れた。同時に着信メロディが聞こえてくる。物悲しい旋律だ。藤崎のスマートフォンのものではない。白い箱の中からだ。それに気づいたときにはもう爆風に巻き込まれて、何も聞こえなくなっていた。
最悪な誕生日プレゼントだ。すべての意識が飛ぶ瞬間、藤崎はそう思いながら小さく笑った。
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