第14話 12月22日 桜木南信販・藤崎理玖

 迷惑をかけたAV制作会社に挨拶を済ませた藤崎理玖は、桜木南信販の事務所に戻ってきていた。


 玄関前に見覚えのある少年が立っている。桜木南こども学園の久城詠子と一緒にいたガキだ。スケッチブックを手に持ったまま、藤崎のことをじっと見ていた。


「ここはガキが来るところじゃないぞ」

「おじさん、お金貸してくれる人じゃないの」


 ガキ扱いされると腹が立つのに、おじさんと言われるのも気に食わない現象はなんと名付ければいいのだろうか。ムッとしたような表情で藤崎は答える。


「おじさんじゃねぇ、藤崎だ」

「じゃあ、藤崎、お金を貸してよ」

「藤崎さん、な。施設の借金はなくなったはずだぞ。もう金はいらないだろ」

「雪音が……妹が心臓を移植しないと助からないんだって」


 そういえば久城がそんなことを言っていた。


「いくらいるんだ」

「わかんない。でも日本だと手術は間に合わないかもって。もし海外に行って手術するなら一億とか二億とか」

「億? ふざけてんのか」


「冗談でこんなこと頼まないよ。今すぐお金がほしいんだよ。早くしないと雪音が死んじゃうかもしれない」

「そんな大金、街金で貸せるわけねーだろ。そういうのは寄付金を集めるレベルの額だ。駅前で募金ボックスでも出して金集めでもしろよ」

「できるわけ……ないだろ」


 藤崎は思い出した。久城が死ぬ前に施設へ引き取ったという二人は、あの有名俳優を殺した犯人の子供だったはずだ。


「そうだったな。駅前で堂々と寄付を呼びかけられるのは、普通の家庭で育ったまともな子供だけだもんな」


 少年は藤崎を睨みつけていた。屈辱で唇が震えてるようだ。


「どうせ世の中のやつらは俺たちみたいな底辺の一人や二人が死んだって、なんとも思わない。社会のゴミが一つ消えて良かったぐらいに思うだけだ」

 藤崎は苦笑する。藤崎もそのゴミの一つだ。


「ガキにできることなんてたかがしれてる。どうせこれから生きてたってろくな人生じゃない。俺みたいにな」


 子供相手に絶望を語るのは間違っているのかもしれない。だが億単位の金が欲しいなんていう馬鹿には、このぐらい言わないと伝わらない。藤崎のように本当の闇に足を突っ込む前に、叩きのめしたほうがいい。


「お前の妹も、何もわからないうちに死んだほうが幸せだぞ。おとなしく諦めろ」


 少年の頭に手を置き、くしゃっと撫でると藤崎は歩き出した。追いかけてきた少年が藤崎の前に立ちはだかる。


「俺は嫌だ。雪音が死ぬのをただ見てるだけなんて嫌なんだ。やれることならなんだってやる」

「なんだってやる……か。じゃあ、お前はその妹のために死ねるのか」


 少年は息を飲んだ。視線が遠くに飛ぶ。頭の中にある記憶を見て自分の命と天秤にかけたのかもしれない。何かを決意したように藤崎の目を見た。


「それで……雪音が助かるなら。父さんも母さんもいなくなったのは、きっと俺のせいだから」


 藤崎はため息をついた。胃の中に石を詰め込まれたような重みを感じる。まるで童話に出てくる川に沈んだ狼のように。自分の人生が終わりを告げた、あの日と同じだ。


 スマートフォンを取り出し、仕事依頼のリストを確認する。新しく追加された仕事の詳細は決まっていないようだが、スポンサーがよっぽど太っ腹なのだろう。仕事の成功報酬は破格だった。


「本気で金が欲しいんだな」

「欲しい」

「もちろん綺麗な金じゃない。それでもいいんだな」


 少年は頷いた。覚悟を決めた瞳だった。

 堕ちるところまで堕ちろってことか。藤崎も覚悟を決めた。


「仕方ねぇな。ちょっと待ってろ」


 藤崎は事務所に戻って、かたっぱしから引き出しの中を探した。飛ばし用のスマートフォンを手に取ると、少年が待っている場所に戻った。ブラウザを立ち上げ『綺麗な消え方はじめました』のサイトを開く。


「名前は」

「宇月拓海」

「年は」

「十歳」


 登録手続きを済ませると、少年にスマートフォンの画面を見せながら説明をした。


「この依頼が正式になったら登録しろ。成功したら寄付名義でお前の妹に金が入るように手続きしてやる」

「……わかった」


 藤崎は少年にスマートフォンを渡した。


「ありがとう。藤崎さん」

「死神にお礼なんていうもんじゃねーんだよ」

「助けてくれた人にはお礼をいいなさいって、お父さんに教わったから」


 少年は伏し目がちにぽつりと言った。

「格好良くて、優しかったんだ。あんなことするまでは」


 少しだけ笑った少年は、藤崎にバイバイというように手を振るとそのまま路地裏へと走っていった。


 玄関からこっそり覗いていた社長の不破剛がタバコに火をつけながら言った。

「相変わらず、藤崎くんは仕事熱心だね」


 苦笑した藤崎は答える。

「俺、ろくな死に方しませんよね」


「世の中に綺麗な死に方なんて滅多にないんだよ。どんなやつでも死ぬときはみっともないんだから。血みどろで泣き叫んで生まれてくるんだしさ。人間なんてそういうもんだよ」


 そういった社長は人懐っこい笑顔を浮かべている。ろくでもない仕事を藤崎よりやっていそうな社長に言われても、なんの慰めにもならない。


 子供にまで死の斡旋をするなんて、ろくでなしの最上級だ。きっと今日食べる晩御飯は、いつもより味がしないだろう。

 藤崎はそう思いながら、少年の後ろ姿を眺めていた。



 綺麗な消え方はじめましたへようこそ。

 ゆうた様。

 本日のリストが更新されました。

 どの愚者に綺麗な消え方を与えるべきかお選びください。

  ▼M・Y 26歳

 本当にこの愚者でかまいませんか?

  ▼はい

   いいえ

 では、与えるべき裁きをお選びください。

  ▼強盗事件でほかの客をかばって死亡

   (給料未払いや超過労働を暴露することに貢献)

 本当にこの綺麗な消え方でかまいませんか?

  ▼はい

   いいえ




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