第12話 12月20日 桜木南コーポ・藤崎理玖

 藤崎理玖が自宅に戻り玄関を開けると電気が付いたままになっていた。リビングのソファーに森野こころが座っている。いつもならベッドで寝ている時間だ。


「まだ起きてたのか」

「さっきトイレにいっただけ。もう寝るよ」


 藤崎は寝室へ行こうとする森野の手を掴み、背後から抱きしめる。


「ちょっと、そういうのはしない約束」

 逃れようとする森野に振り払われないように強く抱きすくめる。


「襲わないから。このまま」

「ダメ……だよ」

 静まり返ったリビングに二人の呼吸音だけが響いていた。


 同じシャンプーやボディソープを使っているはずなのに、抱きしめた森野の匂いは藤崎のそれとは少し違っていた。熟れた果実のような、甘い魅惑的な匂いがする。自分の心臓の鼓動だけがやけに大きいことに恥ずかしさを覚えた藤崎は、抱きしめていた森野の身体を解放した。


「わかってるから。森野が俺のことなんとも思ってないの。森野が誰も好きになれないこともわかってる」


 おどけたような声を出す。このまま抱きしめていたら、相手の同意を得ぬままに押し倒してしまいそうだった。そしてまた硝子のような瞳で見つめられる羽目になる。あの日のように。


 もう一度抱きしめたい気持ちを必死に抑えて、藤崎は笑顔で答えた。

「来週、出てくから。ここに住むのは二十歳になるまでって約束、ちゃんと覚えてるから。安心して」


 森野は何も答えない。

 捨て犬を見るような表情で見られていることに耐えられず、藤崎は逃げるように寝室に入る。乱暴に扉を閉めてベッドに潜り込んだ。


 暗闇の中、スマートフォンの電源を入れると新しい通知が表示されている。


「愚者の裁きが承認されました。

 報酬が確定しましたのでご確認ください。

 U・S 51歳 ※※※※※※円

 K・E 49歳 ※※※※※※※円」


 藤崎はじっと手を見る。人を殺すためにボタンを押した手は、どす黒く汚れているように見えた。もちろんただの気のせいだ。


 一度落ちたやつの人生なんて、ずっと地獄なんだよ。そんなの俺が一番わかってる。


 そう思いながら、現実から目を背けるように藤崎は目を閉じた。だが瞼の奥には鉄板に押しつぶされた久城の姿が映っている。

 この悪夢は一生続くのだろう。藤崎が生きている限りずっと。



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