第11話 12月20日 新築マンション建設地・藤崎理玖

 準備はすでに整っていた。

 新築マンションの資材置き場から鉄板が落ちるように細工がされている。現場で働く下請け業者に紛れ込ませた黒風の関係者が段取りをきちんとしてくれていたようだ。


 藤崎理玖は向かいの雑居ビルから一部始終を監視していた。ずっと息を潜めて久城詠子が来るのを待っていた。


 久城が現場に姿を現した。現場の少し手前で立ち止まり深呼吸をしているのがわかる。そのまま引き返して逃げ出すのかもしれないと思うぐらい決心するまで時間がかかっていたようだ。


 ようやく歩き出す。目的の場所に通りかかったタイミングで藤崎はクレーン車の遠隔装置のボタンを押そうとしたが手が震える。目をつむり呼吸を整えてからボタンを押した。クレーン車のブームが動き、鉄骨資材にぶつかる。上から雪崩のように落下してきた鉄板に久城が押しつぶされた。


 その様子をじっと確認していた藤崎は震える手でスマートフォンを取り出した。表示されているリストの中から『K・E 49歳』の項目を『済』に変更する。


 これでスポンサーから入金が完了し、桜木南こども学園の借金は正式にチャラになるはずだ。借金を差し引いて余った分は事件を知って哀れんだ金持ちが寄付をしたという想定で後日学園に支払われる予定になっている。


 このあたりはもともとオフィスビル街で、夜中はあまり人通りがない。久城の遺体が発見されるまで、しばらく時間がかかるだろう。コートのフードを頭にかぶり、マスクをした藤崎は雑居ビルから出て、監視カメラに映らないルートを慎重に選びながら家に帰っていく。


 今までにも綺麗な消え方を斡旋してきたことはあったが、藤崎が自分で手を下したのは初めてだった。ただ斡旋するだけより報酬が桁違いに高いという誘惑に勝てなかった。どうしても早く金を貯めたかったからだ。


 人殺しをしたという実感があまりわかない。久城が死ぬところを目の前で見ていたはずなのに、まるでテレビの中の出来事のように絵空事だった。


 こんなことをするために今まで生きてきたのかという問いが、藤崎の頭の中をぐるぐると回る。いくら表向きは人助けのためとはいえ、これでは人殺しをした親と同じだ。


 『やっぱりお前は犯罪者の子供だな』と言い切った園長の言葉が正しかったということになる。結局クソなやつはクソな人生しか送れないということか。藤崎は痛感していた。


 仕方がない。自分で自分の人生に烙印を押したのだから、諦めるしかないのだ。



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