第7話 「大村横穴群」さま
人吉の美しい川と街のそばに、あなたはいらっしゃいます
1984年の5月3日に、ぼくはあなたに会いに行きました
「史跡 大村横穴群」と、縦に書かれた大きな碑文
それは、白い縦長の立方体に、黒く浮き上がっていました
大小の、不可思議な穴の入口には、神秘的な何かが刻み込まれています
まるで、ドアーの装飾のよう
古代の彫刻家が彫り込んだ芸術です
あなたは、いつ生まれたのですか?
何年の、何月、何日?
きっと、その日はあったのですが
それがいつだったのかは、もう永遠に分からない
まだ、早朝で、ぼく以外のお客様は見当たりません
散歩の方が、一人だけいたかもしれません
ところが、ぼくは不思議な光景を見たのです
白装束の人々が、次々に
穴の前の広場に、集まってきたのです
そうして、何かの「儀式」を始めたのです
でも、古代人ではないらしい
その証拠に、テレビカメラがいっしょに来ていたのですから
でも、それは明らかに、何かの「儀式」でした
そう、それは、火をおこす「儀式」
十字架似、のように組まれた「火おこし器」
その人は、一生けん命に
その古代の『機械』を上下に動かしました
それは、間違いなく、古代の『機械』
人間が作った、おそらく初めの頃の機械です
しかし、火は、なかなか、おこりません
見ている僕も、手に汗握るような
大奮闘の末、その採火の儀式は、終了しました
そうして、その白装束の人々は
牛も馬もなく、動く箱に乗って
あっという間に、消えて、ゆきました
あなたは、それを見たでしょう
なんで、あんなに、てこずるのか?
自分達なら、もっと早く火をつけられたのに、と
暗い穴の中から
きっと,たくさんの目が
見つめていたことでしょう
ぼくは、そのあと
川沿いに散歩していました
本当に、美しい街です
美しい川です
「今日は、ペーロン競争がある。」
ぼくは、歩いていた女子高校生あたりの話し声を聞きました
それで、川沿いに降りて行ったのです
そうして、そのあと、生まれて初めて
ボート(ペーロン)の競走を見ました
連休のお休みの日で
もう、すでに、多くの方々が見物に集まっていました
その開会式には、
あの白装束の皆さんも、いらっしゃったのです!
そうして、その内の一人の方が挨拶に立ちました
「この火は、今朝、大村古墳前で採火してきた、
古代の火・・・聖火です・・・・」
ああ、そうだったのか!
良い光景を、見せていただきました
こうして、あなた、遺跡さんと、その時の市民の方が
今と過去とが
結ばれていたのです
ぼくは、しばらく競争を見学し
やがて鹿児島に向かいました
ぼろぼろの、「古代の」マイカーでね
でも、秘密を打ち明けてしまいましょうか
あのとき、火は、おきなかった、のです
白装束の中のおひとりが
ポケットの中から
小さな箱と、その中の、さらに小さな枝を取り出しました
そうして・・・・・
あらら、不思議?
しゃっ、という動きのほかは、たいして何もしていないのに
アッというまに、
火が、ついたのです
横穴の中のあなた方は
それはもう、ひっくり返って、びっくりした事でしょう
え?
そんなもの知ってるさ、ですか?
古代人を甘く見てはいけないよ
もっと、すごいものがあったって?
教えてください
教えてください
古代の知られざる、技と知恵を・・・
生きてゆく、喜びを!
生きる技を!
なんだか いまだに、行き詰まっている
ぼくに!
あのときぼくは、失恋の痛手に堪えかねて
自分の行くべき、道のない道を探していました
阿蘇で、五家荘で、五木村で・・・・
・・・・・・
でも、何もできずじまい
それから、九州の果てに行こうと、していました
でも、おはずかしいことに
今も、まだ、喘いでいるのです
多くの友人たちが
『それなりに』、功成り名遂げてきたけれど
いまも、何もない、ぼくです
惨敗して、世の中から逃げるように去っていった、ぼくです
毎晩、悪夢にうなされている、ぼくです
子供さえ作れなかった、ぼくです
奥様からも、きっと、見放されちゃった
毎晩一人ぼっちの、ぼくです
間もなく時間切れの、ぼくです
あのとき
真っ暗な奥行きのある、あなたに当たっていた朝日が
あまりにも、眩しかったのです
ぼくは、よく覚えています
飛び散る光!
きらきらと、周囲にまき散らされる
希望に満ちた、美しい光!
そうして、あなたの永遠に閉ざされた、あの闇を!
遺跡詩編集 やましん(テンパー) @yamashin-2
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