第41話 背中合わせ
誰も聞いてはいないだろうが一応おじゃましますと言いながら家の中を進み、階段を上がる。
そして、以前合宿のときに寝泊まりした、サクの部屋の前へ。
固く閉ざされたその扉は何者をも拒絶するかのような雰囲気をまとっていた。
深呼吸をし、心の準備をしたところで、扉をコンコンとノックする。
「サク、俺だ、スイだ。ちょっと話さないか?」
部屋の中からガタンと大きな音がする。おおかた俺が来たことに驚いているのだろう。
そのまま耳をすませるが、それ以来反応がない。まあ起きてるならいいか。
「言っておくが不法侵入じゃないぞ。朱音先輩に鍵を借りたんだ」
なおも反応はなし、か。聞いてくれているのを信じて話し続けるしかないか。
俺は立っているのに疲れて、扉を背もたれにするようにして座り込む。
「話したくないなら、せめて聞いていてくれ。俺の自分語りになるけど、今は勘弁してほしい」
そう。俺がまず話すのは、自分自身のこと。朱音先輩のおかげで知ることができた、自分のこと。
「俺さ、同級生に友達が百人いるって言ったけどさ。確かにあいさつしたり雑談したり一緒に遊びに行くことはあったよ。けど、どこか作業的になってた。やっとわかったんだ。俺は寂しがりやのくせに、すごく臆病で、誰かが近くにいないと不安で、でも、怖くて。心を開いていなかったのは、俺の方だった。みんなに近づきたいと思っている反面、傷つくのが嫌で壁を作ってたんだ。一線を引いてた。本音なんて一切話さなかった。友達なんて、一人も、いなかったんだ」
自分を見つめ直すことは、大変なことだ。時には自分の嫌な部分を見つけてしまって目をそらしたくなる。けれど、それをしないと一歩だって前に進めない。
「中学のときと同じ。なんとなくで友達が作れた小学校のときと違って、努力をしなきゃ、自ら歩みよらなきゃ友達なんてできない。それを中学生のときに知って、高校では努力しようと思った。けど俺は努力の方向性を盛大に間違った。笑っちゃうよな」
俺は乾いた笑い声をあげた。先輩が俺やサクが友達維持活動をしていたとき、複雑な表情で見ていたわけが理解できた。
「結局は自己満足してただけだった。友達が百人いると思い込んで。おかげでイジメとかはないしクラスで一人で過ごすことはないけど、心は一人ぼっちだった。それに自分自身でさえ気づかず俺は友達作り、友達維持活動に邁進していた。寂しさをまぎらわせるはずなのにいつしか寂しさを積み重ねていた」
バラ色だと思っていた、一見すると充実してそうな俺の高校生活は、現在の曇天のように灰色だった。
「そんな俺が、一年前はじめたのがブレイドファンタジア、ソシャゲーだった。今ならハマりこんだ理由がわかる。ソシャゲーはコミュニケーションの敷居が低かったからなんだ。顔も名前も、声も体格も何も関係ない。考えてから言葉を打ち込むことができる。臆病な俺にはピッタリだった」
高校一年生になりたてのころ。友達作り、維持活動をはじめて一ヶ月くらいのときだろうか。順調だったはずなのに、どこか息苦しさを感じはじめていた俺がなにげなく入れたアプリ、それがブレファンだった。それから一年間、唯一の息抜きになった。
「で、ちょうど初心者大歓迎の謳い文句で新メンバーを募集していたギルドに入った。そこで出会ったのが、レッドとサクだった。二人ともすごく話しやすくて、いつしか俺は限りなく素に近い状態で接することができるようになってた。スキマ時間に進められるポチゲーというのも相まって、ブレファンをやっているときが唯一心休まる時間だったんだ」
そこまで話したところで、部屋の中から微かな物音が聞こえてきた。徐々にそれが近づいてきて、次の瞬間、背中に僅かな、本当に僅かな重みが伝わる。たぶんサクが扉の向こうで、俺と同じように座り込んだんだ。
扉一枚を隔てて、俺とサクは、全く同じ姿勢をとっている。まるで、線対称のように。
「私も、同じです。ネットに百人の友達がいると言いましたが、上辺だけの、とても薄い関係性しか築けませんでした。リアルの人間関係から逃げて、ネットの中でも他人に踏み込むのが怖くて。踏み込まれるのが怖くて。そんなときです。おねえちゃんにブレファンで一緒にギルドを組もうと言われたのは。スイは知らないと思いますけど、私とおねえちゃんは一年前までそんなに仲がよくなかったんです」
か細い声が扉のスキマからもれでてくる。
知らなかった。今の二人からは想像もつかない。
「それまで私はずっとおねえちゃんに強い劣等感を抱いていました。美人で、スタイルが良くて、なんでもできたおねえちゃんは、私には眩しすぎた。小学校のときからずっと親からも同級生からも比べられてすごく嫌でした。おねえちゃんも私に近づきづらかったと思います。そんなおねえちゃんが珍しくそんなことを言ってきたので、ほんの気の迷いでギルドに入ってみたんです。二人だけじゃアレだからとメンバー募集をして、最初に入ってきたのがスイ、あなたです」
誰だって劣等感くらいは抱く。けど、一人っ子の俺には想像もつかないが、兄弟姉妹に抱く劣等感は特別なものなのだろう。
「それからスイを交えておねえちゃんとブレファンの中で話すうちに、だんだんと家の中で話せるようにもなって、気づけばとても仲良くなっていました。両親もあまりの変わりようにびっくりしてましたよ。正反対だと思っていたおねえちゃんが、本質的に私と同じだと気づいてからですかね」
そうなのだ。俺も今日知ったことだが、俺たち三人は似たもの同士だった。それはもう笑ってしまうくらいに。
「スイには自覚はないでしょうが、スイが私とおねえちゃんを橋渡ししてくれたんです。スイのおかげなんです。話しやすくて、案外思いやりがあって、空気を読みすぎるくらいに読むスイの。それからは私もおねえちゃんとスイとブレファンをやっている時間が、唯一心休まる時間になりました。何回かメンバーが増えたり減ったりしたけど、この三人じゃなきゃダメだって、気づいたんです」
友達手帳を作っていると知ったときから似たもの同士だなと気づいてはいたが、まさかここまでとは。
それから少し沈黙が続く。雨足は勢いを増し、家の廊下にある窓に水滴をびしびしと打ちつけていた。
俺の方から、口を開く。
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