第42話 虹色

「オフ会さ。最初は行くか迷ったんだ。俺にとって大事な場所になりつつあったギルドが壊れちゃうんじゃないかって。でもそんなことにはならなかった。初対面なのに、まるでゲームの中と同じように自然に接することができて。二人とリアルで遊んで、ゲームの中だけじゃ味わえない楽しさを知って。ブレファンと同じくらい、部室が安息の地になったんだ」


 そこで一呼吸おき、ここに来た本来の目的を果たすべくサクに語りかける。


「クサイかもしれないけど、俺にとっての『部室』っていうのは、朱音先輩とサク、二人がいる部室のことなんだ。なあサク、部屋からでて、早く部室に戻ってきてくれ。サクが部屋にこもる理由を作った俺が言うのも虫がいい話かもしれないけど」

「……昨日も言ったじゃないですか。スイが悪いんじゃなくて私が悪いんだって」

「でも! 俺があのキーホルダーをプレゼントしなければ、リアルでも友達を作った方がいいって勧めなければ」

「だから、それはもういいって言ってるじゃないですか。それに、私も謝らなくちゃいけません。昨日はスイに、私の気持ちなんてわかるわけないなんて言って、ごめんなさい。さっきの話を聞いて、スイも私と一緒だったんだって、やっと気づきました」

「だったら」

「でも、ここをでるわけにはいきません。部活に復帰なんて、できません」

「なんで……」

「昨日、学校から飛び出してすぐ、サブアカウントのギルドを抜けようとブレファンを開いたんです。そうしたら……スイ、今すぐアプリを開いてみてください」


 俺はなぜそんなことを言うのか疑問に思ったが、ここは言うとおりにしようとアプリを開いた。

 サービス終了の告知が、目に飛び込んできた。

 うそ、だろ。思わず口からそうもれる。けど、思い当たる節は確かにあった。俺たちみたいな、決して高いとはいえないレベルでもランキング入りできたことからもわかる、アクティブユーザーの減少。あからさまなレア装備・アイテムの確率しぼり。そこからの配布アイテムの増加。新装備の性能のインフレ。復刻イベントと称して何度も催される同じようなイベント。


「わかりましたよね。そう、ブレイドファンタジアがこの世界からなくなってしまうんです。『サク』が、いなくなってしまうんです。私は『サク』のおかげでおねえちゃんやスイと仲良くなれたんです。その『サク』がいなくなったら、ただの『私』が残るだけ。『私』と『サク』は違うんです、『サク』は明るくて人当たりがよくて、だからおねえちゃんやスイはリアルの『私』とも仲良くなれました。二人が好きなのは『私』じゃなくて『サク』なんです。だからもう、部室には戻れません。こんな暗くて、面白味がない『私』と仲良くしたいと思う人なんていません」


 最後はほとんど聞き取れないまでに小さな声だった。

 それを聞いて俺は。


「な、何をそんなに笑ってるんですか! こっちは真剣なんですよ!」


 とサクにつっこまれるほど、豪快に笑い飛ばした。


「バッカだなぁサクは。『私』と『サク』は違う? そんなわけないだろ。そりゃ口調や好みは違うかもしれないけど、『サク』は紛れもなくサクだ。ああもうややこしい。言い直すぞ。『サク』は紛れもなく咲良だ」


 なぜかドン、と背中側が揺れたが、かまわず続ける。


「先輩だってそう思ってるはずだ。少なくとも俺はそう思ってる。サクと咲良に境界線なんてない。言ったじゃないか。俺はリアルでも咲良と自然に接することができたって。実際に会った咲良は、ブレファンの中の『サク』そのものだったよ。笑いのツボとか、ふとしたときにでる口癖とか、朱音先輩との接し方とか、何も変わらない。あと根暗なやつは俺といつもしてるみたいな口論なんてできないし、面白味がないやつが砂浜でガチの城なんて作ったりしない」

「そんなの、ウソです」

「ウソじゃない」

「証拠を提示してください」

「証拠なんてだせるか」

「ほら、やっぱりウソじゃないですか。だいたいリアルに友達の一人もいない私と仲良くしてくれるなんて裏があるに決まってます。スイも口ではそう言いながらきっと心の中では私をあざ笑っているに違いありません」


 うわぁ。地味に傷つくなぁ。全く信じてもらえてない。

 でも、サクはいいパスをだしてくれた。

 学校をでる前に朱音先輩と話して、俺なりにつかんだ事実を、サクに言うときがきた。


「友達が一人もいない? それこそウソだな。だってさ、俺たちもう、とっくに友達じゃないか」


 バカだよな。こんな簡単なことに気が付かないなんて。

 俺やサクが必死に追い求めて、でも手に入れられなかったと思っていたものは、すぐ近くにあったんだ。気づいてなかっただけで、もうとっくに手に入っていたんだ。

 言ってすぐ、恥ずかしさに赤面する。このセリフが単純に恥ずかしいし、もしサクの方が俺を友達だと思ってなかったとしたら恥ずかしすぎて死んでしまう。

 それから何十秒、何分経っただろうか。唐突に、背もたれがなくなる。サクが扉を開けたのだ。

 振り返る勇気もなく、俺は体育座りをしながらサクが何か言うのを待つ。すると予想外のことが起きた。

 首に手が回され、背中に華奢な身体が押しつけられる。サクに後ろから抱きしめられたのだ。

 そして、耳元から吐息とともに温かな言葉が紡がれる。


「私がずっと欲しかった言葉をくれて、ありがとうございます。スイの言うとおり、私たちはもう」


 友達、ですね。


 その言葉はストンと胸に落ちて、じんわりと広がっていき。

 やがて熱をもって、瞳からこぼれ落ちる。

 今日二回目に流した涙は、一回目のとは違い、心を満たしていく。これは、嬉し涙だ。

 俺の頬に押しつけられているサクの顔からもそれが流れてきて、どちらのものなのかわからなくなる。

 あれだけ降っていた雨が、いつの間にかやんでいた。

 俺とサクの涙が止まるのに、そんなに時間はかからなかった。お互いに恥ずかしくなり、俺たちは二人そろって窓の外を見る。

 見事な虹が、大空にかかっていた。

 それを見て俺は、リアルで朱音先輩とサクと出会ったときにした会話を思い出した。


『サク、スイ、君たちはわたしの大切な部員だ。約束しよう。必ず二人の高校生活をバラ色にすると』

『俺はもうすでにバラ色なんですけど』

『私も』

『わたしにはそうは見えないけど。でも本人がそう言うのならそうなのだろう。なら、バラ色じゃなくて虹色にしてやろうじゃないか!』

「本当に虹色になったよ、先輩」


 俺たちは気が済むまでその虹を眺め続けた。

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