第40話 疾走
「サクはブレイドファンタジアでの、わたしとスイと組んだギルドをいたく気に入っていた。わたしはともかく、サクがネット友達にここまで信頼を寄せていたのはスイくらいだ。だからスイが同じ高校の生徒だとわかったとき運命を感じたよ。でも手放しに喜ぶわけにはいかなかった。ネットではいくらでも本性を偽れるからな。一週間ほど尾行して見極めようと思った。するとどうだろう。君を観察すればするほどわたしやサクと似ていることに気づいた」
俺を尾けていたのにはそんな理由があったのか。
「君を見ていたら、切なくなるほど胸が痛くなった。臆病なくせして、誰かとつながっていないと耐えられない。サクのためじゃなく、純粋に君をうちの部活に入れたいと思ったよ。そして、わたしの野望は叶った。あのサクが、君の前で自然に振る舞えている。そしてきっとスイも、部室では友達維持活動等を忘れて部活の時間を過ごせていた。違うか?」
「違わ、ないです」
「よかった。スイにとっても部室は素をだせる場所なんだな」
先輩は心底安心したように胸をなでおろし、嬉しそうに笑う。
そんな意図があってスマホ部を作っただなんて。俺は何も気づかずに、ただ部活動に参加していただけだった。毎日が戦いの日々を送るなかで、唯一心休まるのが部活動の時間だった。そういう意味では、確かに楽園と呼べるかもしれない。
先輩が言うには、サクにとってもそうであったらしい。なら先輩は? 俺やサクのために作った部活だというのならば、先輩はどうなのだろう。
「朱音先輩。先輩はどうなんですか。俺やサクのために作ったというあそこは、先輩にとっても楽園ですか?」
そう問いかけると、先輩はニッと唇の端をつり上げた。
「愚問だな。何度も言っているだろう。わたしの、わたしたちの楽園だと。あの部室で一番救われていたのはわたしだよ。気張らずに、素の自分でいても拒絶されない大切な場所。人間、心の拠り所が一つでもないと壊れてしまう。わたしにとっての心の拠り所はサクとスイ、二人がいる部室だ」
「素の先輩でも十分受け入れてもらえるような気もするんですけど」
「バカを言え。自分でもアクの強い性格ってことぐらいわかってる。自分のためにも周りのためにもああいう演技をするのが一番なんだ。わたしの場合は度が過ぎてるかもしれないが、誰だって多かれ少なかれ演技をしている。仮面を使い分けている」
俺もきっとそうだ。常に友達一人一人に合わせた態度をとってるから。
「先輩、いくら慣れていてもあそこまで素の自分とかけ離れた演技をしていて疲れないんですか?」
「そりゃ疲れるよ。このままいってたらいよいよ危なかったかもしれない。スイがうちの部活に入ってくれたおかげで、こうして毎日過ごすことができてるんだ」
先輩も、サクも、俺も、とてつもなく臆病で。だからこそ最初はネットの中で仲良くなり、リアルでは肩を寄せ合う。傷の舐め合いともとれるが、それでいいのだと今は肯定できる。
「先輩、俺もですよ。先輩に部活に誘ってもらえたから、本当の意味での『楽しさ』を知ることができたんだと思います。友達を作ること、維持することに必死だった俺には本来知り得なかったことです。気に入られようとか、嫌われないように本心を隠さなきゃとか、そんなことを考えずに過ごせる部室が、いつの間にかなくてはならないものになっていました。感謝するのは俺の方です。本当に、ありがとうございました」
気をつけをし、深く腰を折って礼をする。ようやく、素直にそう言えた。
「頭を上げろ、スイ」
先輩の言うとおり頭を上げたとたん、急に抱きしめられた。口元が俺の肩口に押し当てられる。そうか、いつもはとても大きく見えたけど、先輩って俺より少しだけ背が低いんだ。
「ちょ、先輩」
「スイの言葉を聞いて、こうしたくなった。君に声をかけてよかった。わたしが達成してきた数ある功績の中でも君を部活に入れたことは間違いなく五本の指に入るだろう」
「おおげさですって。……先輩、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか」
思わぬ先輩の姿を目撃し、それからここまで話したことで、サクと話したい、話さなきゃいけないことがおぼろげながらつかむことができた。
「サクのことか?」
「はい。実は」
「待て。もうだいたいのことは把握している」
「本人に聞いたんですか?」
「いや。もしかしたらこうなるんじゃないか、と思っていたから」
「じゃあなんで何もしてあげなかったんですか」
俺を抱きしめている腕に力がこもる。わずかに震えていた。
「うまくいく方に賭けたんだ。でも、ダメだった。サクは昨日からずっと自分の部屋に引きこもったまま。お願いだ、スイ。あの子を部屋から出してやって欲しい。頑なに張った心を解いてあげてほしい。それができるのはスイ、君だけだ」
「サクの一番の理解者は先輩なんじゃないんですか」
「理解者になることはできても、友達になることはできない。わたしはサクの姉なんだ。血をわけた姉は、肉親は、友達になれない。わたしじゃダメなんだ。今サクに必要なもの。もうわかってるんだろう?」
「……はい。朱音先輩のおかげで」
先輩は腕の力を抜き俺から離れると、ポケットから何かを取り出した。
「これ、うちの鍵だ。今家にいるのはサクだけ。今からでも、学校が終わってからでもいいからこれを使ってサクのところへ行ってやってくれ」
「いいんですか、勝手に入っても」
「わたしが許可する。サクを、妹を、わたしの大事な部員を、頼んだぞ」
俺は銀色に輝くその鍵を、両手でしっかりと受け取った。
「今から行ってきます」
「うむ。行ってこい、少年!」
背中をバンと叩かれる。すっかりいつもの先輩に戻っていた。けっこう強く叩かれたからじんじんと痛むが、気合いは入った。
「先輩は授業に行かないんですか?」
「今日はずっと屋上にいようかな。スマホはチェックしておくから何かあったら遠慮なく連絡してきてくれ。健闘を祈る」
先輩に見送られて屋上をあとにする。
まだ午前中だが、俺はとにかく早くサクにところに行きたくて、先輩のクラスに行くときと同じように廊下を全速力で駆け抜ける。
階段を降り、二階にさしあたったところで、いつも掃除当番を代わってほしいと頼んでくる二人組と遭遇した。そうか、ちょうど休み時間なのか。
「あ、サボりケイっちだー。なー、悪いんだけど今日も掃除当番……」
「ごめん今日は無理! 急いでるからちょっとどいて!」
「うおっ!」
俺は強引にその二人をどけて進路を作る。
昨日に引き続き今日も先生に廊下は走るなと怒鳴られたが無視。
今は何にもかまってられない。友達維持活動や先生のご機嫌とりなんて知ったことか。
今回はちゃんと靴にはきかえて外にでる。春藤家には合宿のときに行ったから場所は把握済みだ。
空模様は曇天。雨が降り出す前に到着しておきたい。
昨日走りすぎたせいで筋肉痛になった足にムチ打って疾走する。
足には乳酸がたまり、息も絶え絶えになり、ぽつぽつと小雨が降り始めたところでなんとか春藤家についた。
玄関の前で息を整え、中に入る。
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