第37話 異変

 こまめに日焼け止めを塗ったおかげで三人ともほとんど日焼けせずに済んだ。先輩やサクは色白だし、俺もどちらかと言えば白い方だから、肌が黒くなるというより赤くなるのだ。日焼けは火傷と一緒だから注意しないと。

 夏休みまで残り二週間。なんでもうすぐ休みってときは時間が過ぎるのが遅く感じるんだろうな。

 今日もまたクーラーのきいた部室でダラダラとブレファン。これまでの経験上、そろそろ雑談タイムに移るはずだ。たまには俺から口火をきるとしますか。


「サク、クラスメートとやってるギルドの方はどうだ?」


 一週間前やたらニヤニヤしてたし上手くいってるとは思うんだけど。

 俺がそう聞くとサクはとたんに表情を明るくさせ、けれどすぐしかめっつらを作りながら話しはじめた。


「まあボチボチですね。私がギルド内で一番ブレファン歴が長いので色々教えてあげてます。あの人たちははじめて一ヶ月くらいなのでまだまだヒヨッコです。その分飲み込みは早いんですけどね。あ、クラスでも朝のあいさつくらいならするようになりました。本当めんどくさいです。やっぱりリアルは面倒事であふれていますね」


 不機嫌オーラだしてるクセして声は弾んでるものだから内心どう思っているのかが丸わかりだ。


「そうかそうか。よかったな。順調そうで安心したぞ」

「何をもってして順調と判断したんですか!」

「わかってる。わかってるからそんなに必死に弁解しなくてもいいんだ」

「スイのその穏やかな笑顔が妙に癇にさわります」


 しかし、本当によかった。これでようやくクラスの中にサクの居場所ができる。誘いを受けてギルドに入った方がいいと勧めた甲斐があった。

 そのまま騒がしく言い合いをする俺とサク。もうサクとこうやって言い合いするのにもすっかり慣れたな。そしてだいたいこのタイミングくらいで朱音先輩が割って入ってくるはずなんだけど。

 先輩の方をチラッと見てみると、PC作業の手を止め、サクの方をじっと見つめていた。なんだか様子が変だ。表情からは何も読みとれないし。

 俺が先輩の方を見ていたことにサクが気づき、同じように視線を向ける。


「どうしたのおねえちゃん、そんなに私のこと見つめて」

「いや、なんでもない。我が妹ながらキレイな顔をしているものだと感心していただけだ。ま、わたしの方が美人なのは自明の理だがな」

「ほんとにどうしたの? 変なものでも拾って食べたとか?」

「いくらわたしでもそんなことはしないぞ!」

「むう。朱音先輩もサクも甲乙つけがたい美人さんだと思うけどなぁ」

「「!?」」


 俺がぽろっと発したその言葉によって部室内がまた騒がしくなった。以前も話題になった、俺が先輩かサクどちらが好みのタイプか論争が巻き起こり、それを確かめるために俺の部屋に押し入ってエロ本探索を行う計画を本格的に立てはじめたところで全力ストップをかける。この計画をたてようとしたのは二回目だ。そろそろ本当に実行に移すんじゃないか、と戦々恐々している。

 話題がどんどん移っていき、結局一七時まで雑談したところで今日の部活は終了。最近はこういうことが多くなってきた。ランキングに入って燃え尽きたせいか、ノルマのダンジョン潜りの時間も一時間から三〇分に減った。時期的にそろそろ新しいイベントがはじまるはず。そうしたらまた合宿をするかもしれない。


 今後のことに期待を膨らませながらその日は何事もなく帰宅した。次の日、あんなことが起こるなんて、このときの俺は想像さえしなかっただろう。

 翌日。この日も特に変わったことはなく、普段通りの高校生活を送る。ただ一つ、日直だということを除いて。

 放課後、日誌を届けるために一階にある職員室へ向かう。


「先生、日誌持ってきました」

「おお、ご苦労様。そうだ、秋川、ちょっと頼みたいことがあってな。資料室から書類をとってきてほしい。入り口からすぐの青いファイルに入っているからすぐわかるだろう。よろしく頼む。先生は今から少し席を外すから机の上に置いておいてくれ」

「わかりました」


 俺は返事をして、早速書類を取りに行く。たまにこうやって頼まれることがあるが俺としては大歓迎だ。同級生に友達をたくさん作るのと同じように、先生に好印象を抱かれた方が過ごしやすくなるから。

 資料室は一年生教室の廊下を抜けた先にある。偶然サクと出会っても他人のフリをしないとな。サクも学校内で合ってもあいさつとかしなくていいって言ってたし。

 期末テストが終わったため教室に残って勉強する人がいなくなり、部活動に所属している生徒は絶賛部活中のため一年の教室、廊下は閑散としていた。


 だからこそ、すぐに見つけられた。

 自分の教室の引き戸にしゃがみながらぴったりと耳を押し当てているサクの姿を。

 最初は何をしているのかわからなかった。近づくにつれ、サクの青ざめた、今にも泣きそうな顔が現れ、俺はその場に凍りつく。

 俺の足音に気づいたサクが、ゆっくりとこちらを向く。


 その途端、張りつめていた糸が切れたかのように、目の端から大粒の涙がこぼれだす。

 ぽろぽろ、ぽろぽろと、それらはサクの頬をつたい、まっさらな制服に染み込んでいく。

 サクは自分が泣いていたことに気づいていなかったのか、ハッと目を見開き、制服の袖で目元をぬぐうと、一目散に駆けだした。

 俺は反射的にサクを追おうとしたが理性の力で踏ん張り、まずはサクが何をしていたかを確かめるべく、同じように教室の引き戸付近にしゃがみこみ、耳を押し当てる。

 正直、自分がここまで冷静に行動できるとは思わなかった。サクの泣き顔を見た瞬間、パニックになりそうにはなったが、それ以上にサクを泣かせた何かが許せなかった。

 どうやら教室の中では二、三人の男女が雑談しているようだ。スキマから注意深く話の内容を聞き取る。

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