第36話 海の楽しさ
次はサクの番だな。澄まし顔をしているが時折チラチラと催促するように見てくるので色々と台無しだ。
「じゃ、塗ってくぞ」
「よろしくお願いします。変なとこ触ったら通報しますからね」
「気をつけます」
今度はサクの背中に手を這わせていく。サクの生っちろい白い肌はキメが細かくとてもなめらかだ。磨き上げられた陶器をなでているかのような気分になる。
「はぁ、はぁ、んっ!」
「だからなんで姉妹そろってそんな声だすんだ!」
「不可抗力です」
「そのセリフ流行ってるのか。というか普通そういうのは二次元男主人公がラッキースケベしちゃったときに使う言葉だろ」
「スイ、今まさにラッキースケベしてるようなものじゃないですか」
「ラッキーでもスケベでもねぇ!」
と、罰ゲームなのかご褒美なのかわからない日焼けぬりを乗り越えて、ようやく海へ。ちなみに俺も二人に日焼け止めを塗ってもらったのだが、確かにあれはヤバい。俺も変な声がでたことをツッコまれて思わず不可抗力だなんて答えてしまった。
ガチで泳ぎはじめる先輩と、砂浜で巨大な城を作りはじめるサク。海での遊び方にも性格がでるなぁ。
俺はそれぞれにつき合うことにした。まずは先輩の方へ。
「おおスイ来たか! 待ってたぞ。あの小島まで競争しよう」
「さすがに無茶ですって」
「なんだ、怖じ気付いたのか」
「む。そんなことないですよ。いいでしょう、受けてたちます」
先輩はそれを聞き、ニタリと笑う。しまった、ついつい負けず嫌いなところがでてしまった。これじゃ先輩の思うツボだ。しかし撤回することは論外。こうなったらやるしかない。俺だって体育の成績は常に真ん中をキープしてるんだ。
「泳ぎ方は自由で、小島に着いたらすぐにUターンしてこの浜辺に戻ってくること。カウントダウンスタート! 三、二、一、れっつごー!」
俺と先輩は同時にクロールで泳ぎ始める。俺の底力、見せてやる!
そして一時間後。
勝ち誇る先輩と、プカァと海面に浮かんでいる俺。結果は一目瞭然。運動神経バツグンって言ったって限度があるだろう。超人すぎる。
「スイ、まだまだ甘いな。どれ、わたしが見てやろう。まず着水時の腕の角度についてなんだが」
「あの、先輩。教えてくれるのはありがたいんですけど、その、胸があたってて集中できないっていうか」
「お、おっと。これはすまない。普段は女子としか接してないからついその感覚で」
目をそらしながら口元をもにょもにょさせて照れている。普段とのギャップで、先輩のたまに見せる恥じらいの破壊力といったらない。
適度な距離感を保ちつつしっかり指導を受けたため、格段に速くなった。まあ水泳の試験のときは抑えて平均タイムをマークするつもりだけど、いざってときに役に立つだろう。
なおも泳ぎ続ける先輩を尻目に、俺はサクの元へ向かう。
「スイ、おねえちゃんとずいぶん楽しそうにしてましたね。あ、あんなに密着しちゃって」
「密着はあれっきりだ! それより、この城だいぶ大きいな。何の城を作ってるんだ? なんか見覚えがあるような気がするけど」
「ホ○ワーツ城です」
「まさかの魔法学校。細かいところまで作りこんであるな。俺も手伝うよ」
「ではスイはダンブ○ドア校長室をお願いします」
「そこまで作りこむとか想定外だよ!」
結局そこから一時間かけて完成までこぎつけた。俺は少ししか手伝えなかったが、サクがすさまじいまでの集中力を発揮したおかげで完成度が半端ではない。
たちまち人だかりができ、カシャカシャとやかましいシャッター音が響く。
サクは困り顔でおろおろしていた。人が多いところが苦手なサクにこの人だかりはキツいだろう。
「サク、こっちだ」
俺はサクの手を引きつつ人波をかきわけ、自分たちのスペースへ避難する。
「スイ、ありがとうございます」
「いいよ、これくらい。ほとぼりが冷めるまで待とう」
だが一向に人だかりがなくなることはなく、ちょっとSNSを覗いたところものすごい勢いで拡散されていた。姉といい妹といい改めてそのスペックの高さを実感。
サクはそこまで城に思い入れはなかったらしく、朱音先輩が泳ぎから戻ってきたのもあって、城のことは放っておいて三人で遊ぶことに。
スイカ割りではサクに頭をカチ割られそうになった。先輩は野生のカンで開始直後にスイカを一刀両断するという離れ技をやってのけた。ビーチバレーでは朱音先輩VSサク&俺でなんとか互角の戦いに。試合中に、揺れる先輩の胸に気をとられてボールを取りこぼしたときサクにボコボコにされたのは言うまでもない。
一通りの定番イベントをやり尽くした頃にはすっかり夕方になっていた。
やっと人がいなくなったホ○ワーツ城をバックに記念撮影をした俺たちは三人並んで鮮やかな夕日を眺める。
「どうだサク、海の楽しさ、少しはわかったかな?」
先輩がとなりに座るサクにそう問いかける。
「ま、まあ、少しだけ、ほんの少しだけならわかったような気がしなくもないかな、うん」
「素直じゃないやつだ。スイも楽しめたか?」
「そうですね。来て良かったなとは思います」
「なんなんだ君たちは。普通に楽しかったと言えばいいのに。ちなみにわたしはものすごく楽しかった!」
「「デスヨネー」」
先輩ほど今日の海を楽しんだ人間はいないだろうというくらいには楽しんでいたように見えたからな。
「今更なんだが、二人とも、わたしの部活に入ってくれてありがとう。おかげで、こんなに楽しい時間を過ごすことができる」
「どうしたんですか先輩そんな唐突に」
先輩は真面目そうな面持ちで俺たちを見つめながらそう言った。
「唐突なんかじゃないぞ。常々そう思っている。自分でもこんなことを言うのはガラじゃないとはわかっているのだが、海の開放的な空気のせいか、言ってみたくなってしまった」
普段とまったく異なる先輩の雰囲気に俺はたじろぎ、何て返したらいいのかわからなくなってしまう。妹のサクでさえとまどっているようだ。
言葉を返すことはできなかったが、先輩の言葉はじんわりと染み込んできた。最初はただ面倒だなと思っていた部活の時間を、今では楽しみにしている自分がいる。
そこからは誰一人口を開くことなく、先輩がそろそろ帰ろうか、と言い出すまで、俺たちは夕日を眺めていた。だから朱音先輩とサクがどんな表情をしているかわからなかったけど、きっとみんな同じ表情をしているんだろうなと、そう思った。
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