第38話 目撃

「マジでさー、春藤咲良おもしろすぎるっしょ」

「なー。リアルとネットじゃ人格違いすぎて別人疑うレベル」

「ぶっちゃけキモイよな。教室じゃぼっちで挙動不審なのにネットの中じゃあんなにテンション高いとか」

「いやほんとあいつギルドに誘ってよかったな。こんなに面白いことになるなんて。朝なんてあんなにぷるぷる震えながら挨拶しちゃってさ」

「春藤先輩の妹だからどんなやつかと思ったけど姉とは全然違ったね~」

「いいところ全部もってかれちゃったんじゃないの?」

「それな! いやぁこれからが楽しみだ。それとなくアイテムや装備品せびろうぜ」

「いいねそれ。あいつおだてるとすぐ調子乗るし誉めたおせばほいほいくれそう」

「てかもういくつかもらってるしね。ちょろいちょろい」


 こらえろ。こらえるんだ俺。ここで飛び込んだらサクや先輩にも迷惑がかかってしまう。頭の中は沸騰していてまともにモノを考えられる状態ではないが、辛うじてスマホのビデオモードを起動させ、気づかれないようこっそりと引き戸のスキマを広げて録画を開始する。

 イジメの証拠としては弱いかもしれないが、ないよりはマシだし脅しの材料にもなる。これを使って必ずこいつらに頭を下げさせてやる。今の俺に考えつくのは、情けないことにこれくらいしかなかった。

 それから五分ほど聞くに耐えない話が続いた。俺はその間、我が身を引き裂かれる思いでそれを聞いていた。その後話題が別のものに移る。それもまたサクとは別の人間の悪口だった。


 今だ怒りが冷めやらぬが、哀れむ気持ちが浮かんできた。この三人はきっと他人の悪口で盛り上がることでしか関係が維持できないのだろう。そう思うとなんともやるせない気持ちになる。

 これでよし。保存もしっかりしてある。

 俺の足はさっきからサクを追いたがってうずうずしていた。やっと走り出せる。

 スマホをポケットにしまうと、俺は一心不乱に駆けだした。

 目指すは春藤家。サクは足が速い。が、きっと持久力はないはずだ。サクが学校をでてから一〇分くらいたったが、俺には追いつけるという確信があった。

 先生に廊下は走るなと注意されても無視。今はご機嫌とりなんてしてられるか!

 上履きのまま外にでて走る。正門あたりで担任の先生とすれ違ったため、すみません書類はまた明日で! と伝えておく。


 心臓は限界まで駆動し、足はこれまでにない運動量に悲鳴をあげている。それでも俺はペースを落とさなかった。

 足を俺のだせる最大の速さで動かし続けた結果、一〇分ほどで追いつくことができた。

 サクは案の定、足を引きずるようにゆっくりと歩いていた。そうやって歩いているのは、走り疲れたという理由だけではないはずだ。


「サク!」


 俺は急ブレーキをかけてサクのすぐ近くで止まり、細い二の腕をつかむ。


「……スイ、手を離してください。私は家に帰りたいんです」


 サクは俺の方を振り返ることなく、さきほどと同じように、上履きのままの足をのろのろと動かす。


「サク、俺が、俺が悪かった。サクにクラスメートからのギルドの誘いを受けるよう勧めたから」

「スイのせいじゃないです。リアルはクソだってわかってたはずなのに、少しだけ信じてみようと思ってしまった私が悪いんです」

「あいつらがたまたまあんなのなだけだったんだ」

「いいえ。リアルには一切期待してはいけないことだっていうことが改めてわかりました。私、部活、やめますね。高校も少し休むかもしれないです」

「そんな……なんで部活までやめる必要があるんだよ!」

「スイには私の気持ちなんてわからない! リアルにたくさん友達のいるスイには!」


 サクは俺の手を乱暴に引きはがすと、さっきまでの弱々しい様子などウソのように走り出した。

 今度は、追うことができなかった。これ以上かける言葉が見つからない。

 小さくなっていくサクの背中を、ただ呆然と眺める。

 どうしたらいい。何が正解なんだ。誰か、誰か答えを教えてくれよ。

 もちろん答えてくれる人などいない。俺は無意識のうちに手を強く、強く握り込み、日が暮れるまでその場に突っ立っていた。


 その日はあまり眠れなかったため、次の日はボーッとして上手く働かない頭で登校する。

 俺は一縷の望みにかけて、大きな桜の木のある広場へ足を運ぶ。しばらく学校を休むとは言ったけど、もしかしたらここにはいるんじゃないか。

 そう思ったが、しかしそこにいたのは三毛猫だけだった。確か名前はシャーロック。

 サクにシャーロックの好物を聞いて、ずっとカバンの中に入れていたことを思い出す。

 煮干しの袋を開け、中身を目の前に置いてみる。

 シャーロックは特に警戒した様子も見せず、のっそりとそれを食べはじめた。


 行ってくるよ。とにかくサクと話さなきゃ。でも、まだ何を話したらいいのか、なんて声をかけたらいいのかわからないんだ。

 昨日から考え続けて疲弊した頭の中には、ある人物の姿が浮かんでいた。

 まずは朱音先輩に会いに行こう。先輩は昨日の出来事を知っているのだろうか。サクが今どんな状況にあるのか、知っているのだろうか。

 話したい。話さなきゃ。

 俺は煮干しの袋を地面に置いてから広場を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る