第34話 そうだ、海へ行こう

「でも、リアルが絡むと色々めんどくさいことがつきまといます」

「ならなんで保留にしたんだ? 心のどこかで迷ってたんじゃないのか?」

「それは……」

「いい機会だし、何事も経験さ。最初は別に教室でたくさん会話する必要はないんだ。ブレファンの中でだけでも話すことが大事なんだ」


 そう熱弁すると、サクはロダンの考える人のようなポーズをとり、う~んう~んと悩んだのち、俺の目を見て答えた。


「……わかりました。スイがそこまで言うなら、この話、受けてみようと思います。『サク』の方じゃなくてサブの方でギルド加入申請を送ってみますね」


 こうしてサクは俺の猛プッシュによって、クラスメートのギルドに加入することを決めた。

 サクはあまり乗り気じゃなかったようだが、それも今だけだろう。

 その予想は一週間後に当たっていることがわかる。

 一週間後。場所は部室。


「サク、なんだか楽しそうだな。何か良いことでもあったのか?」


 朱音先輩がいぶかしげにそう聞く。

 サクはタブレットを眺めながら口元をゆるめ、ニヤニヤしていた。端的に言うとキモい。


「別に。特に何もないよ」


 そんな顔で言われても嘘だということが丸わかりだ。

 先輩はなおも疑わしげな顔をしながらも、一応は納得したのか特に掘り下げようとはせず、パソコン作業に戻る。

 俺はすぐに理由がわかった。タブレットを使っているということはサブアカウントの方を動かしているということ。クラスメートとうまくいってるんだな。なんだか俺まで嬉しくなってきた。

 これを足がかりにリアルの方で友達を作ってくれれば。

 と、そこで朱音先輩がひときわ大きくエンターキーを押し、すっくと立ち上がると片方の上履きを脱ぎはじめる。

 またアレが来るな。しかし最近これやるペース早いな。夏だからだろうか。しかも夏休みまで残り二週間というこの時期に。


「週末に海へ行こう!」


 海か。定番っちゃ定番だけど時期的に少し早い気がする。まだ七月中旬だし、夏休みがはじまってるわけでもないし。


「私は反対。海って何が楽しいのかわからないもん」

「その楽しさを知るために行くんじゃないか! ここ数年行ってなかったし! スイはどうだ?」

「俺は別にいいですよ」

「わたしやサクの水着見れるもんな」

「そ、それは関係ないです! サクも汚いものでも見るかのように俺を見るのはやめろ!」

「はあ、おねえちゃんとスイが行きたいなら仕方ないよね。私も行く。ていうか行かないって言っても無理矢理連れてかれるだろうし」


 まあそうなるだろうな。朱音先輩の言うことは絶対で、拒否なんてできないんだから。

 そういうわけで、海に行く当日。まずは駅に集合し、電車とバスを乗り継いで目的地を目指す。


「待たせたなスイ」

「すみません、私が寝坊したせいで少し遅れてしまいました」


 集合時間から三〇分ほど経ったところで二人が到着した。

 朱音先輩は黒色の薄手のブラウスにデニムのショートパンツ。スタイルの良さが際だつ格好だ。優美な生足がなまめかしい。手首につけたワンポイントのブレスレットが大人っぽさを演出している。髪型は珍しく三つ編みのひとつ結びだ。


 サクは白い膝丈のシンプルなワンピースに、大きめの麦わら帽子という装い。ブレファンの『サク』のアバターそのままのファッションだ。サマーキャップ、サマードレスという名の二つの装備品はどちらも異様に魔法防御が高かったような気がする。


 二人とも元々美人ということもあるが、それぞれの良さを引き出すかのような服装で、しばらく見入ってしまった。


「スイ、わたしたちに見とれるのもいいがそろそろ行かないと電車に間に合わなくなるぞ」


 朱音先輩は自分に見とれるのはさも当然かのごとく胸をはり。


「スイ、あんまり見つめないでください」


 サクは恥ずかしげに麦わら帽子を目深にかぶりなおしてそう言った。


「見とれてたんじゃなくて頭の中で予定の確認をしてただけです!」


 図星だったが気恥ずかしくてついごまかしてしまった。仕方ないじゃないか。この二人は道行く人のほとんどの視線を釘付けにするくらいなんだから。

 荷物のほとんどを持たされながら公共交通機関を利用すること一時間あまり。


 やってきました。内海海水浴場に。

 愛知県の中でも有名な海水浴場の一つで家族連れから若者まで幅広い年齢層の人が楽しめる場所だ。

 休日ということもあり、ピーク時ほどではないがそこそこ人が多い。

 照りつける日差し、抜けるような青空に、わたがしみたいな白い雲。海は空と同じようにどこまでも青く、熱せられた砂浜には楽しそうにはしゃぐ水着姿の人々で満ちている。誰もが思い描く夏のイメージを凝縮させたかのような光景だ。


「まずは場所取り、物資の調達だ! スイは設営、サクは海の家で食べ物を買ってくるべし!」

 先輩の一声で俺たちは散開。俺はパラソルやビーチチェアをレンタルできるところへ、サクは最寄りの海の家へ直行する。

 迅速な行動により三〇分以内にすべての準備が整った。あとは。


「水着に着替えるだけだな。では各自更衣所にて着替えたのち再びここに集合! スイ、鼻血噴水したとき用のティッシュを用意しておくように!」

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