第33話 誘い

 すべる前の、頂上で腰を降ろし、足を投げ出した格好をしたところで、ぼーっと空を眺めていたのがいけなかった。

 後ろから質量の塊が襲いかかってきた。


「せ、先輩! いきなり何するんですか!」

「このまま一緒にゴー!」


 背中に、その、柔らかいものが押し当てられるせいですべっている感じがしなかった。

 すべり終わっても先輩は立ち上がらず、そのまま俺にくっついたまま体重を預けてきた。

 ちょこんと俺の肩の上にあごを乗せながら先輩は口を開く。


「この公園はな、わたしのお気に入りの場所なんだ。小さいときから何かイヤなことがあるとすぐここに来て、思いっ切り身体を動かした。そうするとそのイヤなことなんてどうでもよくなったものだ」

「今日は何かイヤなことがあったんですか?」 

「いんや。サクがやけに上機嫌で帰ってきて、これはスイ関連だと気づいてな。もしかしたらこの公園に寄ってるんじゃないかと思ってのぞきに来たんだ。まさか本当にいるとは思わなくてビックリしたぞ」

「推理力があるというか、カンがいいというか。それでなんでまた俺の膝の上で寝ようなんて思ったんですか。起こしてくれればよかったのに」

「寝ているところを邪魔するのも悪いだろう? それと好奇心、眠気のせいかな」

「確実に後半のやつですよねいつもの先輩だったら絶対起こしてましたよね」

「ゴ、ゴホン。とにかく、わたしが言いたかったのは、こうやって偶然会えて良かったってことと、これからもサクのやつと遊んでやってほしいってことだ」

「それ今日サクにも似たようなこと言われましたよ。おねえちゃんをよろしくって」

「む。サクのやつ生意気だな。わたしはスイによろしくするつもりがなくても勝手によろしくするつもりだ」

「それでこそ先輩です」


 天上天下唯我独尊。朱音先輩にはこの言葉がぴったりだ。


「まあでもなんだ、その……いつもわたしのワガママにつき合ってくれて、ありがと」

「へ?」

「さてと! スイ、次はブランコだ! わたしが天空のその先へ連れていってやろう!」

「それめっちゃ強く背中押して吹っ飛びそうになるやつですよね!?」


 先輩はごまかすように大きな声でそう言いながらブランコのある方へ駆けて行った。さっきのは聞かなかったことにしよう。

 春藤姉妹それぞれと過ごした創立記念日、もとい休日はとても有意義なものだった。部活やブレファンのときはほぼ三人一緒にいるため、今日みたいな一体一の状況になるのは珍しい。二人の、いつもとは違った面が見れて印象深い一日だった。

 これからもこういう日があってもいいかな、と思う俺なのであった。



 創立記念日が終わったあとは、夏休みまでの学校生活を消化するのみの日常を送る。あと三週間で高校生にとって最も長い休み期間がはじまるため、学校中が浮き足だっていた。ただし三年生は除く。この高校は割と勉強に関しては厳しめで、夏休みに受験対策講座が尋常じゃないくらいあるのだ。近隣住民から塾いらずの高校と呼ばれるほどだ。


 朱音先輩は相変わらずトップの成績を維持しているため、講座はサボる気らしい。先生方も文句は言えないだろう。何せこの前の模試でもまた全国一をとってしまったんだから。チートすぎるだろあの人。

 だから部活は夏休み中もあるそうだ。ほんと勘弁してほしい。去年と同じように友達とのスケジュールをびっしり組んだあとに言うんだから。


 六時間目。期末試験返却デーの最後を飾るのは物理だ。

 緊張の瞬間である。頼む、狙った点をとれてますように!

 結果は六五点。よし、調整した通りだ。

 俺は先生が平均点を発表するのに全神経を傾ける。ここが勝負だ。


「えー今回の平均点は六五点でした。前回と比べて五点くらい落ちているため、みなさんもっと頑張るように」


 俺は心の中で雄叫びを上げた。読みは完璧だった。他の科目も合わせて俺の順位は校内で真ん中も真ん中、ど真ん中だ。友達とテストの話をするとき気まずくならずにすむ最高の点だ。

 俺は上機嫌なまま部活へ。この前の体力テストも平均点そのものだったし調子がいいぞ。


「さあ今日も元気に部活だー!」


 勢いよく部室の扉を開けると、中はどんよりと暗いムードで満ちていた。その発生源はサクだ。朱音先輩の姿は見あたらない。


「スイ、静かにしてください。頭に響きます」

「あれ、先輩は?」

「おねえちゃんなら校長と雑談しに行きました。活動報告もかねているそうです」

「そ、そうか」


 もう先輩に関しては何も言うまい。それにしてもサクが発する陰鬱オーラの原因はいったい何なのだろうか。


「なんですかスイその目は」

「いや、なんでそんな憂鬱そうな顔してるのかなと思って。あ、テストの点が悪かったとか?」

「テストはいつも通り一〇位以内をキープしてます」

「さらっとすごいこと言ってるな。じゃあなんでだ?」

「それがですね、カバンにつけてるポンちゃんを見て三人のクラスメートが、自分たちもそのゲームやってるからうちのギルドに入らないか? って誘ってきたんですよ」

「早速使ってくれてるんだな」

「そ、それは今いいとしてですね。私はなぜか返事を保留にしてしまったんですよ」


 サクなら断りそうなものだが、保留にしたということは迷っているということかもしれない。

 待てよ。この機会にブレファンを通して仲良くなれば、それをきっかけにクラスにとけ込めるんじゃないか? ネットでのサクならすぐ友達になれるはずだ。本当は面白くて良いやつだってことがわかれば、リアルでもきっと親しくなれる。


「サク、せっかくだしその誘い受けとけよ。サブアカウントも持ってるんだし。なんなら『サク』の方で一時的にギルド抜けてそっちに行くのもアリだろ。交流目的でさ」

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