第32話 休日 朱音
ちょうど夕日が沈んだくらいの時間帯で、辺りはうっすらと暗くなっている。
しかしなんだこの膝の上に感じる重みは。先輩の本にしては重すぎるような気も。
「むにゅう、むにゃむにゃ」
「って朱音先輩なにしてるんですかぁ!」
「んにゅ? なんだスイ、起きたのか。だがわたしは引き続き寝る。おやすみ~」
「おやすみ~、じゃないです! 寝るなら俺の膝の上じゃなくて自分のベッドで寝てくださいよ!」
「えーだってここ気持ちいーんだもーん。それに、スイのものはわたしのもの。わたしのものはわたしのもの。つまりこの膝枕はわたしのもの」
「いつも以上に横暴ですね。どこかのガキ大将並みですよ」
「もううるさいなぁ。完全に意識が覚醒しちゃったじゃないか」
「俺だって先輩にうたた寝を妨害されたんですけどそれについてはどう思われますか」
「むしろご褒美だろう? ほら、ぞんぶんにわたしの頭の感触を味わうがいい」
「そんなマニアックな楽しみ方できません!」
「あーあんまり大きな声を出さないでくれ。寝起きの頭に響く」
「俺も先輩のせいで頭が痛くなってきましたよ」
神出鬼没すぎるだろこの人。というかこんなに先輩の顔が近くにあると心臓に悪いから早くどいてほしい。
「いやぁ、偶然スイに会えるなんて今日のわたしはツいてるな。これはもしや赤い糸かなにかで結ばれてるのかもしれん」
「きっとその糸、俺の首に巻かれてますね。完全に捕まっちゃってるんですよきっと」
「はっはっは、冗談だよ冗談! どうしたスイ、顔が赤くなってるぞ?」
「ええ、さっき大声出しすぎたものですから」
「ふふふ、そういうことにしておこう」
「てか先輩、そろそろどいてくれませんか」
「やだぴょーん。スイがわたしの頭なでなでしてくれない限りどかないもーん」
先輩はツーンとすました表情で俺がなでるのを静かに待っている。
先輩らしすぎるほど先輩らしい行動で、迷惑なはずなのに妙にかわいらしく感じてしまう。俺より一つ年上なはずなのにこういうところは子どもっぽいんだもんな。一つしか違わないはずなのにすごく大人びて感じる時もあるし、なんというかズルい。
「仕方ないですね。今からなでますよ」
俺は仕方なく、本当に仕方なく、朱音先輩の、なめらかでつやつやとした髪の毛をなでる。
女子の髪を触るのなんてはじめてで緊張する。男の髪とは全然違って、ふわりと良い香りと、シルクのような上質な触り心地。
先輩はくすぐったそうに、小さく猫のような声をあげた。
それから数分間、猫をなでているかのような気分でなで続ける。こそばゆい。けど、ずっと続けていたいような気もする。
「ん~、満足! 感謝するぞスイよ!」
先輩は突然そう言って身を起こした。
つやつやした、清々しい表情で俺のとなりに座る。長い髪の毛が尾を引き、鼻先をくすぐる。
「やっとですか」
「とか言って物足りなさそうな顔してるぞ」
「してないです!」
「それはいいとして、スイ、まだ時間は大丈夫か?」
「ええ。あと一時間くらいは」
「じゃあ遊具で遊ぼう! まずはシーソーから!」
言うやいなや俺の手を引いて駆けだした。夏祭りのときもあったな、こういうこと。
抵抗はムダってわかってるし、先輩につき合うとしますか。今日サクと自然公園に行ったときと同じように童心に返って遊ぼう。
周りに人がいないことを確認してからシーソーに腰を降ろす。すると先に乗っていた先輩がゆっくりと上昇していった。
「先輩、俺より軽かったんですね」
「なっ! 女の子にそんなこと言うなんてし、失礼だぞっ! というかもしかしてスイ今までわたしの方が重いって思ってたのか!? そうなんだな!?」
顔を真っ赤にしてあたふたする朱音先輩。つい口がすべってしまった。
「い、いや、それは」
「くぅ~! ダイエットだ! 今度スマホ部全員で大運動会をするぞ!」
全員といっても三人しかいない。やるとしたら相当ハードな運動会になるだろう。余計なこと言っちゃったな。先輩は十分やせてるんだけど、オーラというか、存在感のせいで大きく見えるんだよな。実際はどうなんだろう。俺より身長低いかな?
シーソーの次はすべり台だ。俺がすべり、先輩がすべりの無限ループ。楽しかったのは最初だけで途中から退屈になり、止めどきもわからなくなってしまった。
だから油断してしまった。先輩の前で隙なんて見せたらつけ込まれるってわかってたはずなのに。
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