第31話 似顔絵

「できました!」


 そう言って大きく伸びをして、大の字に寝ころぶサク。


「それ、見せてもらってもいいか?」

「いいですよ」


 俺は芝生に転がっていたスケッチブックを拾い上げ、さっき描いていたページを開く。

 細かい線が重なりあった、とても丁寧なスケッチだった。線が多いと言っても無駄な線はほとんどないように見え、どちらかというとスッキリとした印象を受ける。


「うまいもんだなぁ」

「趣味レベルですよ。描きはじめたのが早かったので無駄にキャリアがあるだけです」

「すごいじゃないか。一つのものをずっと続けられるっていうのは。俺、サクの絵好きだぞ」

「そ、そうですか」


 サクはプイッとそっぽを向いた。サク、それに朱音先輩も照れたときこうすることはもう知っている。

 俺はそれから他のページにあった風景画を見せてもらい、俺が褒め、サクが照れるを繰り返したあと、童心に返って遊具で遊んだ。久しぶりにこういうもので遊んだため、サクも俺もはしゃぎすぎてしまった。ほとんど人がいなかったのが救いだ。サクの無邪気な笑顔がたくさん見られたのは良かった。普段はあんまり笑わないというか、表情の変化が大きくないから。

 遊び疲れた俺たちは駅に戻って、近くのカフェで休憩がてら昼食を摂る。

 お腹が落ち着き、俺は紅茶、サクはコーヒーをゆっくりすすりながらのんびりと過ごす。うん、こういう休日も悪くないな。

 お互いブレファンでダンジョンに潜りつつ雑談していると、急にサクがオドオドしはじめた。どうしたのだろう。


「あ、あの、スイ、もしよかったら、似顔絵、描かせてくれませんか?」

「俺の?」

「はい」

「俺なんかの似顔絵描いても楽しくないと思うぞ」

「そんなことないですよ。絵の練習につき合うと思って、ここは一つ」

「まあ、サクがそう言うなら」

「ありがとうございます。リラックスしつつ、なるべく表情を動かさないようにお願いしますね」

「了解した」


 サクはスケッチブックを取り出し、手を動かしはじめたが、すぐにそれを止めてしまった。


「なんでそんな緊張してるんですか。顔も身体もガチガチに固まってますよ」

「し、仕方ないだろ。こんなにじっくり似顔絵描かれるのなんてはじめてなんだから。大丈夫、もうすぐ慣れると思うから」


 なんて言ったが、慣れるのは難しそうだ。サクを見つめれば見つめるほど、眉の柔らかな流線や、ぱっちり二重、薄くリップなんて塗っているのかと思うほどつやつやした唇に目がいってしまう。

 意志の力でそれらを振り切り、サクの瞳にだけ集中する。

 さっき見とれてしまった、サクの真剣な瞳が、今度はまっすぐ俺にだけ向けられる。それはとても不思議な感覚だった。そして、妙な心地よさがあった。

 俺を見て、鉛筆を握る手を流れるように動かし、スケッチブックに目を落とし、再び俺をじっと見つめる。


 俺たちの周りだけ時間の流れがゆっくりになっているような気がする。退屈はしなかった。

 終わりは唐突に訪れた。サクは満足げにふうと一息つきながら、そっと鉛筆を置く。


「完成しました。先に言っておきますが、これはリアルな似顔絵というよりも、どちらかというとアニメちっくなものになってます」

「そういうのも描けるんだ」

「むしろこっちがメインですね。はい、どうぞ」


 サクはスケッチブックからそのページだけをビリッと破き、ちょこんと差し出す。

 そこには俺の特徴をとらえつつも、アニメから抜け出してきたようなイラストがあった。


「おお……おお」

「人間語をしゃべってください」

「仕方ないだろ、感動して一瞬言葉もでなかったんだから」

「そうですか。それはよかったです」


 頬杖をつきながらそっぽを向くサク。これ以上言うともっと照れるだろうから、黙って鑑賞する。

 じっくり眺めれば眺めるほどその丁寧さに驚かされる。これだけの技術があれば美術部や漫画研究部で引っ張りだこだろうに。


「サクはどこか部活に入って絵を描いたりしないのか?」

「スイも私の性格知ってるでしょう。それに、その、私にはもう近代機器研究部がありますから」

「……それもそうだな。似顔絵描いてくれてありがとう。大事にするよ」

「どういたしまして」


 似顔絵を慎重にカバンにしまったころにはもう夕方になっていた。

 会計をすまし、地下鉄に乗る。

 夕日に照らされた車内の中で二人並んで座り、ひとしきり雑談したあと、午前中に買った朱音先輩の本を開く。


 あ、ここ俺が修正したとこだ、とかわいわい言いながらパラパラとめくり、最後のページで俺もサクも口を閉じた『協力してくれた私立桃園高校近代機器研究部の部員たちには心よりの感謝を』

 サクと目を合わせ、お互い気恥ずかしげに微笑む。こういうのがあるから先輩に振り回されるのも悪くないなって思っちゃうんだよな。


「スイ、これからもおねえちゃんのこと、よろしくお願いしますね。おねえちゃん、意外と寂しがりやでその上かまってちゃんなのでめんどくさいかもしれませんけど」

「かまってちゃんなのは知ってるよ。寂しがりやは確かにちょっと意外かな。もう大分慣れたし、先輩の思いつきもなんだかんだ言って最終的には楽しくなってるし、俺の方からよろしくお願いしますって言いたいくらいだよ。まあたまにめんどくさいなのは認めるけど」


 最後はちょっとおどけた感じに言う。ついでに言うとサクもめんどくさいときあるよ、とは言えなかった。確実に怒るし、なにより俺自身もめんどくさいところあるし。


「そうですか。よかったです。おねえちゃん人気者のはずなんですけど、なーんか寂しそうにしてるときがありますから。スマホ部ができてからはそれもなくなりましたけど」

「先輩みたいな、何でもできて人望がある人でも悩むことがあるんだよ、きっと」


 いつも超人だとか自由すぎる人だとか言ってるけど、朱音先輩も俺たちと同じ人間なんだ。どんなことで悩むかは想像ができないけどね。

 サクに家での朱音先輩の様子を聞いたりしていたら、あっという間にサクが降りる駅に着いた。


「送ってくよ」

「いいですよ別に」

「俺が送りたいんだ。ちょっと散歩もしたいし」

「……スイがそう言うなら、お願いします」


 並んで歩きながらいつも通りブレファンの話に花を咲かせる。

 ほどなくして合宿のときに来た春藤家が見えてきた。


「じゃあなサク。今日は楽しかったよ」

「私も、まあ悪くない休日でした。ここまで送っていただきありがとうございます。それでは、また明日っ!」

「おう、また明日」


 最後は駆け足気味にそう言って、大げさにぺこりと頭を下げたあと玄関へ消えていった。

 また明日、か。俺にとっては言い慣れた言葉だが、なぜだろう、どこか嬉しく思っている自分がいる。

 なんとなくまだ外にいたいと思って、俺は道の途中にあった公園に立ち寄った。


 ベンチに座り、サクが描いてくれた似顔絵をじっくり眺めたり、先輩の本をもう一度最初から読んだりしていたら、不意に強烈な眠気が訪れた。

 無理に我慢することもないかな、と思い、眠気に身を任せ船をこぐ。

 浅い眠りについた俺は、ふと膝元に違和感を感じて目を覚ました。

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