第30話 休日 サク

 それはすぐに見つけることができた。なんと店員さんの紹介POPがついて、そのコーナーで一番目立つ場所に積まれていた。

 何度も再認識させられるが、今回も朱音先輩のすごさを実感。天は朱音先輩に二物どころか三物も四物も与えているようだ。

 ある程度減っているが、元々たくさん積まれていたのかまだまだ残っている。

 その中の一つを手に取ろうとしたら、すぐとなりから俺と同じように手を伸ばしてきた人がきた。

 まるで自分の本が選ばれたような錯覚に陥り、つい嬉しくなって、どういう人が買うのかと顔を見る。

 俺と同じタイミングでこちらを見たであろう人物とばっちり目が合う。

 ほんの少しつり上がった大きな瞳に、それを飾りたてる長いまつげ。ふんわりと柔軟材の香りが漂う。 

「「ってサク(スイ)!?」」 


 ほらね。だから言ったじゃないか。偶然とはおそろしいって。

 俺もサクもまったく同じ体勢でお互いの名を呼ぶ。びっくりしてつい大きな声をだしてしまった。周りの人にすみません、と謝ってから、改めてサクと向き合う。


「すごい偶然だな。サクも、これを買いに?」

「はい。今日が休みだってことを忘れてて、何しようかなって迷ってたら、そういえばもう発売されてるはずだって思い出したので」


 俺と全く同じでちょっと笑ってしまう。俺とサクは変なところがおそろしいほどに似てるんだよな。最近それがよくわかってきた。


「せっかくこうして偶然会ったわけだし、これ買ったらどこか行かないか? あ、何か予定があるならいいけど」


 俺はもうこれ買ったらやることないからな。小説やマンガは家帰ってから目を通せばいいし。


「いえ、私も特に予定はありません。で、でもそれって、デデデデデートのお誘い……?」


 サクは後半突然どもりだし、小声で何か言っていたが、聞き取れなかった。


「どうしたいきなり。あ、偶然クラスメートと会うのを危惧してるとか。それなら安心しろ。たぶんサク以上に俺の方が気にしてるからな。目撃し次第、すみやかにサクの近くから離れて一瞬で他人のフリする。常に気を配ってるから俺の方は抜かりなしだ。一年生は把握してないからサクに頼むことになるから、そこはよろしく頼む」

「そ、それもありますけど! そういうことじゃないんです! というか今のスイの様子を見るに何も考えてないことがわかったのでもういいです!」


 急にもじもじしはじめたと思ったら、もうこれだ。女の子との表面的な接し方なら心得ているはずなんだけど、なぜか朱音先輩とサクには通用しないんだよな。不思議。


「何も考えてないとはなんだ。リスクマネージメントについては考えすぎるほど考えているぞ」

「だからそういうことじゃないんですってば! はあ、もうこの話は終わらせましょう。私が悪かったです。そうですね、私もヒマですしこれ買ったあとどこかに行きましょうか」

「よし、決まりだな。サクはどこか行きたいところあるか?」

「そうですね……あ、ありました、行きたいところ」

「じゃあそこに行こう」


 俺とサクは同じ本を購入し、そのあと地下鉄に乗って目的地へ。

 駅から徒歩一〇分ほどでその場所に到着する。

 視界に映るのは一面の緑。夏の空と相まってより鮮やかな色に発色している。

 ここは市内でも有名な自然公園だ。そこかしこにベンチや木製の遊具があり、散歩コースも充実している。


「インドアなサクがこんな場所に来たがるとはな。てっきり漫画喫茶にでも行くのかと思った」

 どことなく楽しそうな雰囲気を漂わせているサクにそう言うと、ぷくっと頬を膨らませながら口を尖らせた。

「スイといるのにそんなとこ行きませんって。今日は写生しにきたんです」

「しゃ、しゃせい……?」

「な、何を考えてるんですか! スケッチのことですよスケッチの!」

「あ、ああ。そっちか。絵を描くのが好きだって言ってたもんな」

「他に何があるっていうんですか、全く。最近描いてなかったので、こういうヒマができたときには描くようにしてるんです。私は今からあの広場に描きに行きますが、スイはどうしますか?」

「俺はサクが描いてるとこを見てるよ」

「楽しくないですよ?」

「いいんだ。のんびりしたいだけだから」

「まあスイがそう言うなら」


 俺たちは二人並んで歩き、広場へ移動する。小高い位置にあるそこからは自然公園を上から見下ろすことができた。

 柔らかな芝生に腰を降ろし、早速描きはじめるサク。その目はブレファンをしているときのような真剣なものだった。

 風景よりも、むしろ絵を描いてるときのサクの方が絵になるな、なんて思ってしまう。俺には絵心がないから今見ているものを残すことはできない。なぜだか写真を撮ることもためらわれた。だからせめて脳裏には残しておこう。そう思って、俺はそよ風に髪の毛を揺らされながら軽快に手を動かすサクを眺め続けた。

 サクが絵を描きはじめてから二時間。

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