第28話 仲直り

「お待たせしました」


 ケンカしてまだ仲直りしていない状態だというのに、俺は思わず見とれてしまった。

 色白できれいな黒髪ショートのサクによく似合う黒地の浴衣。意外なことに柄は色とりどりの花火柄だ。

 サクもなぜか俺の方を見てボーッとしていた。お互いに奇妙な空気が流れる。


「よし、全員そろったな! 第一回、近代機器研究部、夏祭りのはじまりだ! まずは屋台巡りだひゃっほーい!」


 先輩は俺とサクの手を引きながら駆け出し、人の群れにつっこんでいく。今はその強引さがありがたかった。

 祭りの雰囲気のおかげか俺、おそらくサクもケンカしているという事実を忘れ、はしゃぐことができた。

 先輩は正確無比な射撃で射的の景品をとりまくり屋台のおっさんを泣かせていた。

サクは金魚すくいが異常にうまくて一回で一〇匹ほどとっていた。とった金魚は、家では飼えないからと返していた。そのときの屋台の人のホッとした顔といったら。


 チョコバナナを買ったときは大変だった。俺は、サクが残したやきそばやたこ焼きを食べていたからお腹がいっぱいになってチョコバナナは買わなかった。そのため手持ちぶさたになり、なんとなくチョコバナナを食べている二人を見ていたのだが、俺の視線に気づいた先輩がそのチョコバナナを、なんというかこう、エロい感じに食べ始めたのだ。テンパる俺。それを見て愉しむ先輩。なぜか俺にまで腹パンをくらわせるサク。そんなに痛くなかったのが幸いだった。


「次はどこ行こう……ってあれ、おねえちゃんは?」


 人混みの中を移動している最中、サクが困惑した声をあげる。

 浮かれていたせいか、俺とサクは先輩とはぐれていたことに気づかなかったのだ。

 さらにこれから何かイベントがはじまるのか、一気に人の波が押し寄せてきて、このままじゃ俺とサクもはぐれかねない状態に。

 俺はとっさにサクの手をつかんだ。サクは瞬間ビクッと驚いたもののすぐに握り返してきた。

 まずはこの人波から脱し、その後落ち着ける場所まで避難してからスマホで先輩と連絡をとろう。そう判断して俺は足を動かした。

 サクがちゃんとしがみついてきてくれたおかげで、なんとか人波から脱することができた。

 あたりを見回し、どこか座れる場所を探す。

 祭りの会場から少し離れた場所に、小さなベンチを見つけた。イベントの方に人が流れているせいか誰も座っていない。


「あの、スイ、そろそろ手を」

「ん? あ、ああ、ごめん」


 夢中だったせいで手をつないでいることを忘れていた。サクの手、ひんやりしてて、とても小さかったな。

 俺たちはベンチに腰をおろし、一息つく。

 先輩にメッセージを送ってみたが反応がない。返信がくるまでここでおとなしくしていよう。

 まてよ。これはチャンスなんじゃないか? 今なら祭りの雰囲気に乗じて自然に謝れそうな気がする。


「あのさ、サク」

「なんでしょう」

「この前のこと、ごめんな」


 するっとでてきた、謝罪の言葉。数秒の沈黙ののち、サクが口を開く。


「……私の方こそ、すみませんでした。思わず言い過ぎてしまって。スイ、私がなんであそこまで怒ったかわかりますか?」


 お互いに前を向いて座っているため、表情をうかがい知ることはできない。


「ごめん。正直まだよくわからない。けど、サクがあそこまで怒ったのは、そこまで俺のことを思いやってくれているから、ってことだけはわかる。ありがとな」


 先輩のヒントは、ごくごく当たり前のものだった。サクはめったに怒らない。ということは、サクにとって怒る、という行為はめったなことだったのだ。

 自分のために怒るのと、相手のことを考えて怒ることは同じように見えて違う。サクはサクなりに俺のことを考えて怒ってくれたんだ。


「! べ、別にそういうんじゃないです。ただ、あんな風に掃除を押しつけられているスイを見ていられなかっただけで」


 明らかに声が震えていて動揺しているのが丸わかりだ。


「それでさ、お詫びとして、サクにこれ買ってきたんだ」


 そう言って俺はあるモノをサクに差し出す。


「こ、これはまさか! ブレファン界のマスコットキャラ、ポンちゃんのキーホルダー! え、しかもシークレットバージョンじゃないですか!」


 間抜けそうで、でも愛嬌のあるネコっぽいキャラクターのキーホルダー。その手にはデフォルメされたSSRアルカディアブレイドが握られていた。

 サクは一目みてそれがなんなのか当て、目や口をまんまるにして驚いている。


「喜んでもらえたようでよかったよ」

「本当にこんなレアものもらっちゃっていいんですか!?」


 サクは身を乗りだして興奮気味にそう言う。サクの端正な顔が至近距離にあるせいでどもりそうになる。


「そのために買ってきたんだからもちろんいいよ」

「やったぁ! スイ、ありがとうございます!」


 宝石のようなキラキラした瞳で、いろんな角度から何度も眺めているサク。

 これを選んで正解だったな。俺が入部してから間もないころ、スマホを見ながら、サクがぼそっとポンちゃんのキーホルダーほしいなー。シークレット、でないかなーと言っていたのを覚えていてよかった。


「にしてもサク、ポンちゃんのことほんと好きだよな。ブレファンでもときどきポンちゃん装備にしてるし」

「ポンちゃんが好き、というよりブレファンのマスコットだから好き、という感じですかね。ブレイドファンタジアは私にとって特別なゲームなんです。ずっと本を読んだり絵を描いたりしてきた私が一年前はじめて触れたゲームで。文字通り世界が変わりました」

「そうだったのか。俺もブレファンには随分助けられたな。他の友達つき合いのためにやってるゲームとは違って、なんていうのかな、肩肘張らずに楽しめるっていうか」

「私もです! だからこうやってリアルでもブレファン関連のものがほしいなーと思っていて。これ、大切にしますね」


 改めてブレファンの偉大さを実感。まあただのポチゲーで最近は人気も落ち気味なんだけど。でも、俺とサクの中では最も大切なゲームなんだ。

 ひとしきり鑑賞して満足したらしいサクは、ポンちゃんキーホルダーを大事そうに巾着にしまう。そして優しげな顔をしながら、俺の浴衣のそでをきゅっとつかんできた。


「サク?」

「スイ、私はまだ怒っているんですよ。どうして自分をもっと大切にしてあげないんですか。どうして、スイが友達と呼ぶあの人たちのためにそこまでするんですか。納得できません。なので、もし今後もああいうことが続くようなら、今日は後輩と予定があるって言って断ってくださいね。その日は私、本当にスイと予定作りますから。またあのラーメン屋行ったりだとか」

「ははっ、なんだそりゃ」

「笑いごとじゃありません。私は本気ですよ」

「わかったよ。善処する」


 サクからこんな風にお願いされたら、そうするしかないじゃないか。


「本当にわかってるんでしょうか。それと、その言葉を使う人はあんまり信用できません」

「それには同意だ」


 俺もサクも同じ人物が頭に浮かんでいることだろう。それがお互いわかってるせいか、同時に吹き出す。


「スイ、ほんとのほんとに善処してくださいね?」

「おう。約束する」


 無事仲直りできた、かな。

 安心したせいか、スマホにメッセージが届いているのに気がついた。見ると連絡がつかなかった朱音先輩からだ。届いたのは五分前。


『盆踊りの会場までこい』


 たった一文、そう書かれていた。

 それにしたがい俺もサクも急ぎ足で盆踊りの会場に向かう。

 人でにぎわう中、力強い太鼓の音が夏の夜空に響いていた。あまりに存在感のある太鼓だったからそちらに視線を向けると、なんと朱音先輩がハッピを着てバチをリズミカルに操っていた。

 何をやっているんだあの人は。先輩の行動はいつだって予想外すぎる。だからこそ面白いんだけど。

 俺とサクで顔を見合わせ、同時にやれやれというジェスチャーをしたあと、どちらともなく盆踊りの列に加わり、一緒に踊る。

 目の前で踊るサクと、イイ笑顔で太鼓を打ち鳴らす先輩が印象的な、夏祭りだった。

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