第15話 いざ尋常に10連ガチャ

 朱音先輩がいないため、今日の部活動は無し。


 俺は家に帰るなり部屋に引きこもり、すさまじい勢いで作業を進めていく。作業に集中しているときだけは今日の出来事を忘れることができた。

 夜にやっと先輩と連絡がつき、疑問点が解消。サクも同じくらいに連絡がついたため、もう解決したよと伝えておいた。

 サクと電話したが特に変わった様子はなく、いつも通りだった。それが余計に胸をチクチクさせる。だってそれは、あの光景が日常だということを意味するから。

 その日はかなり作業を進めることができたため、なんとか睡眠時間を確保することができた。


 三日目。昨日に引き続き休み時間をフル活用する。放課後にはげっそりした朱音先輩が現れ、同じく死にそうな顔をした俺とサクも部室に集まり、三人でラストスパートをかける。

 やはりサクは疲れこそ見えるものの、普段通りだ。

 作業の合間に冗談を言えばからかわないでくださいと怒り、休憩時間に一緒にボスモンスターを倒せば少しだけ笑顔を見せる、いつも通りのサク。

 俺が勝手に過去の自分を投影してしまっただけで、サクは今現在の生活に満足しているのかもしれない。

 そうだとしたらなんとも恥ずかしい話だ。でも、もしそうじゃなかったら。

 いや、このことについては考えても答えはでないだろう。本人に聞くわけにはいかないし。

 俺も普段通りに振る舞うしかない。結局こういう答えに行き着いてしまう。

 三人で学校に残れるギリギリの時間まで残ったおかげで、なんとか作業がすべて完了した。


「二人とも、よく頑張ってくれた。これで締め切りに間に合うぞ。すでにバイト料は持ってきてある。受け取ってくれ」


 そう言って俺たちに茶封筒を差し出す先輩。

 それに対し俺は、手のひらを先輩に見せて、受け取りませんという意思表示をする。


「俺は今回の仕事を部活動の一環だと認識しています。だから、そのお金は受け取れません」

「……怒るぞ、スイ。労働には正当な対価が支払われるべきだ。受け取れ」

「だからですよ。先輩が出版した本のおかげでこの部活があって、先輩が部誌を作ってくれるおかげで、俺はただただゲームをしていられる。それに、前スマホの調整してくれたじゃないですか。技術には対価が支払われるべきです」


 毅然とした俺の態度に先輩は困り顔をし、しばし逡巡したのち、茶封筒の中から五千円札を一枚抜き出した。


「君も頑固なやつだ。ならば、せめて十連ガチャを回す分のお金だけは受け取ってくれ。これ以上はわたしも引かないからな」


 先輩は目にも止まらぬ早業で俺のポケットから財布を取り出し即座に五千円札を入れると、無駄にカッコよく人差し指で財布をクルクル回したのちポケットに戻した。

 頑固さで言えば朱音先輩も負けてないですよと言おうと思ったのに毒気を抜かれてしまった。


「器用ですね」

「当たり前だ。わたしの指は神の指先なのだから、こんなこと造作もない。もっとすごいこともできるぞ。そう、例えば……」


 朱音先輩は抜き足差し足で、テーブルに突っ伏して今にも眠りにつきそうなサクに近づいていく。

 イヤな予感がするどころではないが、面白そうなので黙って見ていよう。

 サクの背後に移動した先輩は指先をいやらしくうごめかせながら、神の指先とやらをサクのわき腹につっこんだ。


「ん、え、……? ちょ、おねえちゃん、何して、は、はうっ!?」

「ええのか? ここがええのんか~?」


 寝ぼけまなこだったサクは姉の奇行に驚いたのち、色の薄い頬を真っ赤に染め上げながら笑いだした。

 ひいひいと苦しそうだと言っても笑顔は笑顔。サクがこれだけ笑ってるのはじめて見た。

 レアな光景に思わず見入ってしまう。表情の動きが少ない普段のサクもいいけど、こうやって思い切り笑っているサクもいいな。

 と、そこで朱音先輩の動きに変化が生じた。

 右手が上に、左手が下に、徐々に、だが確実に移動していく。

 ゴクリ。こ、これはまさか。


「あ、あはは、お、おねえちゃん、これ以上はもう、ってどこ触ろうとして、あ、そこはダメ、ダメだって! い、いや、ひぃん!」


 まさしく神の指先。俺は頭を垂れ、ただただ神の前にひれ伏すしかなかった。

 結局あと一歩、というところでサクが先輩を背負い投げして事なきを得た。

 復讐に燃えるサクは疲れなど感じさせない動きで次々に先輩にプロレス技をかけていく。


「攻めるのもいいが攻められるのも悪くない!」


 とか言ってる先輩はいいとして、俺はさっきとはまた別の意味で見入ってしまった。実に見事だ。はじめて桜の木のところで会ったときのダッシュもすさまじかったし、インドア派とは思えない身体能力の高さだ。姉妹そろって運動神経が良いとかうらやましい。

 先輩が満足げな顔をしてテーブルの上で両腕を組み、それを恐ろしく冷たい目で見ていたサクが、ぎょろりとこちらを見る。

 神は死んだ。代価を支払わず神の奇跡を享受していた俺に、悪魔が鉄槌をくだす。


「スイ、なんで助けてくれなかったんですか?」


 ユラァとゾンビのような動きをしながらサクが近づいてくる。早く逃げろと脳が告げているが、俺の足は金縛りにあったかのように動かない。


「それは、その、神の指先がどれほどか見極めないといけないなと思って。そう、それだ!」

「それだ、じゃないですよ。私がおねえちゃんにいいようにされているのを見て楽しんでたの、わかってるんですからね。ズルいですよ。おねえちゃんとスイばっかり楽しんで。私にも楽しませてくださいよ……」

「ちょっと待て、俺には朱音先輩みたいなマゾッ気はないんだ!」

「安心してください。死にはしませんから」

「安心できないよねそのセリフは。もうほんとごめんだからそんな顔して距離をつめないでくださいお願いしまアアアアアアアア!」


 その後十分間は記憶が混濁したものの、ノびていた先輩ともどもなんとか復活し、一応は許してくれたらしいサクとテーブルを囲む。

 さっきの騒動もあってさらに疲れ、各自フラフラしつつもブレイドファンタジアを起動する。

 そして十連ガチャを回す分だけの料金をつっこむ。

 目配せをする。ついにこのときがやってきた。

 先輩の思いつきから三日間。死にものぐるいで頑張った。ようやくその頑張りが報われるときがきたのだ。


「サク、スイ、何狙いだ?」

「俺はSRバーサクソードですね」


 このゲームのガチャのおけるレアリティは、下からN,HN,R,HR.SR.SSRというオーソドックスなものだ。十連ガチャでは最低R以上がでる。今はキャンペーンで十連ガチャにおけるSR以上排出率が高くなっているため回しどきなのだ。


「私はSRのフェアリーシリーズだったらどれでもいいかな。欲を言えば髪飾りと靴」

「二人ともなかなかのレア装備を狙ってるじゃないか。わたしはむろんSSRアルカディアブレイドだ」

「うわ、ブレファンの中でも五本の指に入る激レア装備じゃないですか。絶対でませんって」

「スイ、回さなければ確率は〇%なんだ」

「回しても0.3%とかなんですけどね」

「ええい確率なんてどうでもいい! とにかくだせばいいんだだせば! 各自、準備はいいか? 全員で一斉に回すぞ」


 そう、ここでぐだぐだ言っていても何もはじまらない。でるやつは単発ガチャでもでるんだ。

 三人が三人とも目を血走らせながら十連ガチャのボタンに手をかける。


「「「せーの!」」」


 自分の画面に集中しつつも、俯瞰して先輩とサクの画面を見る。

 SR以上の確定演出はなし。でもまだ可能性はある。

 パァ、と排出された装備たち。

 俺たちは、あまりの光景に手を震わせ、涙をにじませた。

 見渡す限りの、R。SRでもHRですらない、ただのR。目をこらして何度も確認しても、やっぱりR。


「「「…………」」」

 三人ほぼ同時にブレイドファンタジアを閉じ、無言のまま荷物をまとめ、その日は解散した。

 のちにこれは『悪夢のR祭り』として、近代機器研究部のタブーとなったとさ。

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