第13話 そうだ、ガチャ回すためにバイトしよう

 俺が近代機器研究部、通称スマホ部に入部してから一ヶ月が経過した。

 その間何があったのかというと、何もなかった。

 そう言うと語弊があるかもしれないが、やったことと言えば部室でひたすらソシャゲーし、たまーに朱音先輩の思いつきにつき合ったくらいだ。


 五月の下旬。今日も今日とて部室でブレイドファンタジア。

 入部してからブレファンにかける時間が増え、結果的にレベルがみるみる上がり、装備品も充実した。無課金プレイヤーにしてはかなりイイ線いってるはずだ。別に無課金にこだわっているわけじゃないけど。

 朱音先輩、サク、俺で今日もひたすらポチポチポチポチ。

 時計がちょうど一六時半を指したところで、先輩が片方の上履きを脱ぐ音がした。


「先輩、今度は何を思いついたんですか?」

「おねえちゃん、前みたいに急に遊園地行こうとかはやめてよ」

「ぶーぶー、二人とも先回りするなよぅ。あ、でもそれだけわたしのことをわかってくれてるってことだな! ふふふ、かわいいやつらだ」

「はいはい。で、今回は何するんですか?」


 俺たちはもう拒否するという選択肢をあきらめていた。この一ヶ月で抵抗は無駄だということはいやというほど思い知らされたからな。

 先輩は俺たちに先回りされながらも、いつものクセで上履きを脱いだ片足をテーブルの上にダンとのせ、高らかに宣言する。

 どうでもいいけど、その姿勢だとパンツが見えそうになって心臓に悪いんだよな。うちの制服のプリーツスカート、異様に短い気がする。見えそうで見えないギリギリなラインがにくいところだ。


「みんなでアルバイトしてお金稼いで十連ガチャを回そう!」

「「え~」」


 俺もサクも不満げな声をあげる。きっと思っていることは同じだ。


「なんだ二人ともその不満げな声は。部長命令だから従ってもらうもんね~!」

「わかってますって。朱音先輩には弱み握られてるんですから」

「それだとまるでわたしに弱みを握られてるから渋々従っているという風に聞こえるぞ?」

「そう言ってるんですよ」

「ヒドイ! わたしとの関係は遊びだったのね!」

「脈絡ない上に誤解を招くようなこと言わないでください。というかむしろ俺が先輩に遊ばれてるんですが」

「はい、おねえちゃんとスイ、いつものおふざけはそこまで。それで、具体的にはどんなアルバイトをするの?」


 さすがストッパーサク。先輩の暴走を止められるのは妹であるサクしかいない。と言ってもストップできることの方が稀なんだけどね。


「うむ。まあちょっとした編集作業だ。初心者でもできそうなやつ」


 その言葉を聞いたとたん、サクが大げさにビクついた。丸っこい大きな瞳が絶望に染まっていく。


「おおおおおねえちゃん、それってまさか、私が前に何回か手伝わされた、あのバイトじゃないよね? ね?」

「そのまさかだ。でも安心だぞ。なんせ今回はスイもいるんだからな!」


 ガタガタガタとテーブルが振動する。サクの尋常ならざる震えが伝わったためだ。


「おいサク、どんなバイトなんだ? 教えてくれ」


 先輩に聞いてもどうせ真実は得られないだろうと思い、サクに聞いてみることにした。これだけ恐怖しているということはよっぽどキツいバイトなんだろう。


「スイも知ってますよね。おねえちゃんがスマートフォンのガイドブックを出版してることは」

「うん」

「おねえちゃん、全部一人でやってるんです。文章からデザインまで。その本の端から端まで全部。でもさすがの超人おねえちゃんでも締め切りに間に合わないことがあるんです」

「あ、なんか読めてきた」

「お察しの通り、今回がそうですね。ある意味この近代機器研究部らしい活動ではありますけど、相手は企業。最初ナメてかかった自分が恥ずかしいです。もう二度とやりたくないと思いましたね」


 サクは二の腕を抱きながらイスの上で体育座りしている。

 バイトというよりは部活動に近い、のか? というか素人の俺にそもそもできるのか?


「スイ、サク、今回のはそんなに身構えなくていいぞ。やってもらうことは文章のチェックだけだからな。誤字脱字、変な言い回し等を修正してほしい。報酬は弾むぞ~」


 みんなでアルバイト、というか俺とサクが朱音先輩に雇われて働くだけじゃないか。いや、クライアントが朱音先輩ってだけでアルバイトと変わらないのだろうか。

 仕事内容は、文章を読み慣れていれば難しいことではない。明らかにおかしいところを探すだけならできるはずだ。

 サクもこれを聞いて安心しただろうと思い、席の方を見たら誰もいなかった。


「逃がさないぞーサクー。逃げたらサクの小さい頃のあれやこれやをスイにバラしちゃうからな~」


 全力で部室を脱出を試みようとしたサクを朱音先輩はいともたやすく、猫でもつかむようにえりくびの部分をつかんで引き留める。


「離しておねえちゃん! もうあんな地獄見たくないよ! スイ、助けて、一生のお願いですから!」

「すまないサク、俺も命が惜しいんだ。大丈夫、俺も一緒に死んでやる」

「スイ、事態の深刻さをわかってないからそんなこと言えるんです! 最後まで足掻いておけばよかったとあとから後悔しても知りませんからね!」


 涙目でそう叫ぶサク。

 このときの俺は本当に見通しが甘かった。朱音先輩にとっての普通は常人とはかけ離れているということを理解しきれていなかったのだ。

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