第12話 ラーメン回

 さらに翌日の、水曜日。 

 今日はラーメンを食べに行く日である。


 昨日、一昨日と同じように全員でダンジョンに潜ったあと、ラーメンを食べに行く前の微妙な空き時間を使って先輩が俺のスマホの設定をいじってくれた。

 先輩は、持ってきていたノートパソコンに俺のスマホを繋ぐやいなやすさまじい速さのブラインドタッチを披露し、あっと言う間に作業を終わらせてしまった。

 見慣れないアプリがインストールされていたものの以前とは段違いにサクサク動くようになったし、改めて先輩のすごさを実感。この人こんなめちゃくちゃな部を学校に認めさせちゃうくらいだもんなぁ。

 これでますますブレイドファンタジアがはかどる!


「先輩、何かお礼がしたいんですけど」

「礼なんていらないよ。趣味でやってることだからね。それに、むしろわたしがスイに礼をしなきゃいけない立場なんだからこれくらいどうってことない」

「ん? 俺なんかしましたっけ?」

「してるとも。現在進行形で。スイにはわからないだろうけど」

「先輩が何を言ってるのかわからないんですが」

「今はわからなくていい。さ、そろそろラーメン屋へ飛び立つとしよう! 第二の楽園へ、レッツゴー!」


 先輩、前にこの部室が地上最後の楽園とか言ってませんでしたっけというツッコミを入れる間もないほど急かされて部室をでる。

 先輩の着替えタイムだ。先輩はわざわざ部活のときだけジャージに着替え、部活が終わるときには制服に着替えなおしている。そうすることでオンオフを切り替えているそうだ。俺は部活のときの先輩しか見たことないから、オン状態の先輩がどうやって高校生活を送っているか知らない。そんなに違うんだろうか。いつかこっそり3年生の教室をのぞいてみたいものだ。


「んじゃサク、俺たちはタイミング、進行経路を上手いこと外しつつ集合場所に向かうとしようか」

「そうですね。くれぐれも私たちが一緒にいるところを同級生たちに見られないようにしましょう」

「だな。よし、俺が先行する。サクは五分後くらいに学校をでてくれ」

「了解であります、軍曹殿」

「うむ。お互い、生きて帰ろう」


 ソシャゲーの中でたびたびやっているネタをしつつ、俺は廊下を歩いている部活終わりの生徒たちの中にとけこんでいく。

 集合場所は表通りからやや外れた、寂れた裏路地だ。裏路地といってもダークな雰囲気のところじゃなく、ゆったりと時間が流れているような、田舎の商店街を思い起こされるような、そんな裏路地だ。

 俺がその場所についてからきっかり五分後にサクが到着する。さらに一〇分後に朱音先輩も。

 朱音先輩に先導され、なぜかRPGのパーティのように一列に並んで歩くこと十五分弱。

 みすぼらしい、古びた外観のラーメン屋に到着した。


「先輩、本当にここで合ってるんですか?」

「合ってるとも。どうだ、店も情緒があっていいだろう?」


 確かに情緒があると言えなくもないが、今までこういう店でアタリに出会ったことがないためいまいち警戒心をぬぐえない。ここまで来てしまった以上、先輩を信じて飛び込むしかないんだけど。


 先輩は、木製でたてつけの悪そうな引き戸を勢いよく引きながら「おっちゃ~ん! 今日も来たぞ~!」と声を張る。


「お~あかねちゃん今日も来たのか! いつもの場所、空いてるぜ」


 このやりとりだけで朱音先輩が常連客だということがよくわかる。

 カウンター席の端っこから朱音先輩、俺、サクの順で座る。先輩は席につくなり「いつものやつで!」とこれまた常連っぽい注文をする。


「先輩、いつものって何ですか?」

「豚骨ラーメン大盛りだよ。これがたまらないんだ。数々のラーメン屋を巡ってきたが、ここまでコクのあるスープはお目にかかったことがない」


 大絶賛である。なら俺もそれにしてみようかな。


「俺は豚骨ラーメンで」

「あいよ。そっちのちっこい嬢ちゃんはどうする?」

「私は塩ラーメンで」


 ちっこいと言われたせいか若干顔がひきつっている。

 サクは塩ラーメンか。昨日話してた通りやっぱり味の好みが全然違うんだな。


「できあがるまで一〇分くらいかかるからそれまで待ってておくれな」


 注文をとったおっちゃんは先ほどまでの気のよさそうな笑顔をひっこめ、職人特有の鋭い目つきになる。こんな顔をするおっちゃんが作るラーメンが不味いはずがないという予感がした。

 さて、それじゃあ待ち時間の間に。


「サク、スイ、二人ともその手に持ってるのって」

「友達手帳ですよ」

「友達手帳だよおねえちゃん」

「え?」

「え?」


 俺とサクはお互いの手元を注視する。

 そこには全く同じ手帳があった。俺のもサクのもびっしり書き込みがされている。


「サクも友達手帳、作ってたのか?」

「え、ええ。ネット友達のことを把握し、嗜好やその他諸々覚えておくためにメモしてるんです」

「ネット友達じゃなくてリアル友達だけど、俺もサクと同じようなことやってるんだよ。もしかして人物相関図とかも作ってたり?」

「それはもちろんです。もう更新が大変で」

「わかる! ひどいときは一日に何回も変わるからな。こまめな更新が欠かせないし言動一つ一つに気が抜けないよな」

「あれほんとに面倒ですよね。友達維持活動の中で1番時間とられます」

「な。これさえなければもっと交流の方にも時間がかけられるのに」


 まさかサクとこんな話ができるとは思わなかった。以前少しこういう話をしたとき、リアル派とネット派に分かれて言い合いになってしまったが、こういう風に共通してる部分もあるんだな。

 普段こういう話はできないからか俺も、そしてサクもやや興奮しながら「あるある話」をしまくる。

 そんな俺たちに朱音先輩があきれたようにこう言うのだった。


「二人とも、客観的に見るとかなりアレだぞ。そもそもラーメンができあがるまでの時間は大人しくしつつ、頭の中でラーメンへの期待値を高めるものだ。同時にラーメン職人の手さばきを鑑賞する時間でもある」


 内心なるほどなとは思うが、こちらにも譲れないものがある。


「でも先輩、今は部活時間外で、普段は家に帰ってこういうことをしてるんです。俺たちにとっては死活問題なんですよ。生活の中で最も優先度の高い作業なんです」


 サクも同意を示すように大きくウンウンと頷く。


「お前たちは筋がね入りだな……なんて話してたら、ほら、もうできたようだぞ」

「へい、豚骨ラーメン大盛り、豚骨ラーメン並盛り、塩ラーメン一丁上がり!」


 おっちゃんの元気な声とともに、俺たちの前にアツアツのラーメンが差し出された。

 肉厚なチャーシュー。乳白色のスープにてらてら光る脂。針金のような細麺。暴力的なまでに食欲を刺激するにおいが鼻腔に突き刺さる。

 ゴクリ。と、思わずのどをならす。


「サク、スイ、ここのラーメンは絶品だから味わって食べるんだぞ。手を合わせて、いただきまーす!」

「「いただきます!」」


 今まで聴いたことがないくらいサクが声を弾ませている。塩ラーメンの方もとても美味しそうだ。

 パキッと小気味の良い音をたてながら割り箸を割り、麺をつまんでしっかりとスープとからめながら口の中に放り込む。

 美味い。ただひたすらに、美味い。本当に美味しいものを食べると、美味いという言葉しかでてこなくなる。


 それからは無言で食べ続けた。朱音先輩もサクも一言も発さず、食べることにのみ集中している。

 あっという間に器が空っぽになってしまった。朱音先輩のように大盛りにしておけばよかったと後悔する。


「ってサク、無言で俺の器にメンマを入れてくるな」


 そういうえば昨日メンマが苦手だって言ってたな。


「スイ、メンマ嫌いなんですか?」

「いや、割と好きな方だけど」

「じゃあいいじゃないですか」

「いいんだけど、最初から食べてほしいって言ってくれればいいのに」

「なんかスイに借りを作りたくなくて。バレなきゃ大丈夫かなって思ったんですけど」

「地味に姑息だなオイ!」


 サクに渡されたメンマを食べた後、替え玉を頼もうとしたら先輩に先を越されてしまった。


「おっちゃん、替え汁!」

「あいよ~」

「あ、俺も……って先輩今替え汁って言いました? 替え玉じゃなくて?」

「うむ。替え汁だ。一杯だけでは到底足りない。わたしはラーメンのスープがたまらなく好きなんだ。おっちゃんもそれを理解してくれてて、わたしには特別に替え汁を提供してくれるんだ」


 なんというかもうドン引きである。今までそんな人間に出会ったことないぞ。先輩がぶっとんだ人ということを改めて実感。

 俺は普通に替え玉を頼み、サクは並盛りで満足したのか、スープをちびちびと飲んでいる。

 学生は替え玉が一つ無料ということなので六百円ですんだ。良心的な値段で財布にも優しい。先輩が常連になるのも頷ける。俺も週一くらいで通ってしまいそうだ。

 全員でおっちゃんにごちそうさまでしたと言い、店をでる。


 三人でラーメンの感想を語り合いながら裏路地を進み、分かれ道のところで解散する。

 美味しいものを食べたあとは幸せな気分になる。人間ならみんなそうだろう。俺もそうだ。

 ラーメンの余韻にひたりながら、沈みゆく夕陽を眺める。

 最初は友達維持活動に費やす時間が減ってイヤだなぁとか思っていたが、今は違う。来て良かったと、そう思えた。


 こんな気持ちになるのはいつぶりだろう。

 久方ぶりの感情を持て余しながら、みんなで食べたラーメンの味を思い出す。一人であのラーメン屋に行っていたら、また違う味がするのだろうか、なんて考えながら帰路についた。

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