第11話 目の前にいるのにチャットで話すことってあるよね
朱音先輩の一声で俺とサクはアプリを開く。
「今日は何をするんですか?」
「近々みんなの装備品BOXの中身をリストアップする予定だが、今日はその前にダンジョン潜りだな。最大スタミナ値を上げないと。ギルドバトル中に高速ダンジョンまわしをしてMPを稼げれば勝率が確実に上がる。勉強でもスポーツでも同じだ。まずはひたすら基礎を鍛える! では、各自ダンジョン潜り開始!」
先輩の言っていることは正しい。レベルが上がれば上がるほどダンジョンに潜るためのスタミナ値が上昇する。
俺がこの三人の中で一番レベルが低い。だから足を引っ張らないよう特に頑張らないと。
「「「…………」」」
ポチポチポチポチポチ。
部室に響くのはブレファンのやたら気合いの入っているBGMと、スマホ画面をたたく音のみ。
無言で一心不乱にポチり続ける俺たちの姿は客観的に見るとさぞかしシュールだろう。
続けること三〇分。ギルドチャットにメッセージが書き込まれた。
『みなさん、そろそろ休憩しませんか?』
「サク、チャットじゃなくて普通に話せよ」
『イヤです。言ったじゃないですか、こっちの私こそ真の私だと! 休憩しましょうよぅ雑談しましょうよぅ』
思わずサクの顔を見つめる。サクはスマホの画面にのみ集中していて俺が見つめているのにも気がつかないようだ。
にしてもこの違いよう。二重人格なんじゃないかと疑うレベルだ。
『じゃあ雑談でもするか。今更なんだけど、サクって嫌いな食べ物とかある?』
『ないですねー。好き嫌いはメッ、ですよ! なんでも美味しく食べられます!』
「なあサク、嫌いな食べ物とかあるか?」
「そうですね、私はメンマが嫌いです。あの歯ごたえがどうにも苦手で。歯ごたえといえばキクラゲなんかも」
「ブレファンの方思いっ切りウソついてるじゃねえか!」
「心外です。こっちがウソです。ブレファンの方でしゃべってるサクこそ本物のサクです」
「頑なだなぁサクは」
「わたしはラーメンが好きだぞ! そうだ、今週のどこかで部活後にみんなでラーメン食べにいこう!」
「先輩は自由すぎ!」
残り三〇分は結局こんな感じにただダベるだけになってしまった。これが部活動とか許されるのだろうか。まじめに部活に打ち込んでいる世の高校生のみなさまに全力で謝りたい。
ちなみに朱音先輩は本気らしく、水曜日の部活後に本当にラーメン屋に行くことになった。部長命令なので当然拒否などできない。
うちの生徒とのエンカウント率が低い隣町のラーメン屋に行きましょうと提言したのだが、穴場のラーメン屋があるから大丈夫だと言われた。先輩曰くまだその店でうちの生徒に会ったことは一度もないとのこと。
ならば問題ないだろうと渋々了承。学校をでるときに一緒にいると変なうわさがたつため、通学路から外れた人通りの少ない道で合流することに。
「水曜日が楽しみだなぁ! その日の弁当は少なめにしておかなければ」
でへへーとだらしなく顔をゆるませ、今からよだれをたらしている朱音先輩。学校一の美女と言われる先輩の姿はそこにはない。ファンが見たら幻滅してしまうだろう。俺は別に先輩に憧れていたわけじゃないから幻滅も何もないけど。
「そういえば今日のお昼のときに気づいたんですけど、朱音先輩とサクの弁当の中身、違いましたよね? なんでですか?」
言ってから、もしかして二人は姉妹と言っても両親が離婚してて別居してるのかもしれない、という可能性に思い至る。しくじった。俺はなんて無責任な質問を。
「ん? ああ、そのことか。わたしとサクは朝早起きして自分がお昼に食べたい弁当を自分で作ってるんだ」
どうやら杞憂だったようだ。にしても意外な理由だな。
「なんでそんな面倒なことを?」
「おねえちゃんと私じゃ食べ物の好みが全然違うからですよ」
「そうそう。わたしは味が濃かったり脂っこいのが好きでな。サクはさっぱりしたのや甘めの味付けが好きなんだ。だから卵焼きや煮物の味付けが全然違う。母親もわたしたちが小さい頃は苦労したそうだ」
「私もおねえちゃんと同じ味の好みだったら、おねえちゃんみたいなスタイルになれたのかな……」
声のトーンが唐突に落ち、負のオーラがたちのぼる。
いけない。サクが一瞬で闇堕ちしてしまった。この話題は地雷だったか。
でも確かに朱音先輩とサクのスタイルはきれいに対比になってるな。姉妹でここまで変わるものなんだ。
「スイ、今失礼なこと考えてますよね? 目線が反復横飛びしてるのですぐわかります」
感心しながら見てたらバレてしまった。サクの今世紀最大級のジト目にたじろいでしまう。
「いや、サクと先輩二コ違いだしまだ可能性はある。それに今のままでも一定の需要はあるぞ」
「フォローになってないですから! どうせスイもおねえちゃんみたいなないすばでーが好きに決まってます!」
「そうなのかスイ?」
「それについてはノーコメントで。先輩も目をキラキラさせてこっち見ないでください」
そう言ったのに二人ともどんどんこの話題でヒートアップしていき、今度俺の部屋におしかけてエロ本を押収し、どっちのスタイルが好みか検証するというおそろしい計画を立てはじめていたため、それはもう全力で阻止した。
「別にそんなこと気にしなくてもいいと思うけどなぁ。二人ともとんでもなくかわいいんだし」
しまった。思わず口にだしてしまった。
俺は普段こういうことは絶対に言わない。なぜなら他の女子の心証を悪くするから。好き嫌いの話については常日頃心がけていたはずなのに。この二人と接しているとどうも調子が狂う。一年前からソシャゲー内で交流してたせいだろうか。
「ま、まあこのわたしが超絶美少女であることは自他ともに認める事実だからな! は、はーっはっは!」
いまいちいつものキレがないように感じるのは、きっと気のせいではないだろう。おかしいな、先輩はこういうこと言われ慣れてるものだと思ってたけど。
「スススススイ、突然何を言い出すんですかかかか。リ、リアルの私にそんなこと言っても意味ないんですからねねねね。褒めるならブレファン内のサクの装備とかにしてくださいいいい」
高速貧乏ゆすりをしながらバグりはじめるサク。
この流れはよくない。本能がそう告げている。何か、何か流れを変える一言を!
「まあ二人とも中身はとんでもなく残念なんですけどね! いやぁ世の中上手くできてるなぁ!」
「「…………」」
流れは確実に変わった。もちろん、悪い方向へ。
二人同時に無表情になる。なんだこのホラー。顔が整っているぶん恐怖度がケタ違いだ。
「ねえおねえちゃん、提案があるんだけど」
「言ってごらん、我が妹よ」
「今日のギルド戦、スイ一人に任せたらどうかな?」
「それはいい考えだ。それに加えて、最下位になったらダンジョン潜りのノルマを倍にするっていうのはどうだろう?」
「さすがおねえちゃん。冴えてる」
暗い笑みとともに無理難題をふっかけてきた。
「あのぉ、さすがに一人はちょっと。その場合、俺が持ってるスタミナ、MP回復用アイテムが全部なくなるといいますか。ノルマが倍になったら友達維持活動の時間が大幅に減っちゃうといいますか」
「「ん?」」
「お願いですから笑顔ですごまないでくださいさっきの発言は撤回しますすみませんでしたぁ!」
その後も謝り倒したおかげか、なんとか許してもらうことができた。だが、一人ギルド戦が見てみたいという朱音先輩の要望もとい命令により、この日のギルド戦は俺一人で向かわされた。結果? 聞くまでもないでしょう。翌日、朱音先輩は何度も思い出し笑いをするわサクは哀れみの目で見てくるわでイジけそうになった。
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