第9話 嵐呼ぶ先輩。てか先輩が嵐

 その日はオフ会があったからか〇時を過ぎてもブレファン内でギルドチャットが絶えず、おかげで朝起きるのがしんどかった。

 寝ぼけまなこをこすりながらカーテンを開ける。ギラギラと輝く太陽がまぶしい。

 陽の光をあびて体内時計をリセットさせ、朝ご飯を食べ、服装、髪型、持ち物チェックを行ってから家をでる。

 部活動は基本毎日ある。つまりは月曜日である今日からはじまるということだ。

 もちろん校門のところに朱音先輩はいないし、校門から正面玄関までの道の途中で寄り道してサクいないかなーなんて探すこともしない。いたっていつも通りの朝だ。


「おっす、秋川おはよう」

「アッキーおはよ~」

「けい殿、おはようございますです」


 肩をたたきながらだったり、手を軽く振りながらだったり、会釈されたりしながら俺の方もおはようとあいさつを返す。これだよこれこれ。こう、朝から何人もの友達とあいさつを交わす嬉しさね。たまらん。この日常を守るために俺は今までがんばってきたんだよ。


 午前中は何事もなく過ぎ去り、昼休み。


 ローテーション的に、今日はクラスの美男美女が集まっている中心グループと一緒に食べる日だな。

 中学のときの自分は、そういう人たちは周りを見下してて自分なんかには目もくれないだろうと思いこんでいた。

 でも、それは思いこみにすぎなくて、実際はそんなことはなかった。多少そういうところはあるにしろ、少し話す程度、ご飯を食べる程度なら全然問題ない。むしろ普段と違うメンツを楽しんですらいる。性格がひねくれてる人間もいなかった。やっぱり顔面が整ってると世の中生きやすいからなのだろうか。

 弁当を持って席を立ち、そちらへ向かおうとしたとき、唐突に二年五組、ここの教室の引き戸が勢いよく開けられた。


「ケイ! 一緒に昼飯を食べよう!」


 満面の笑みでそう教室の中に爆弾を放り込んだのはほかでもない、春藤朱音先輩だった。

 学校一の有名人である朱音先輩の襲来により教室の中は半ばパニック状態におちいる。


「春藤先輩、そんな、ウチをお昼ご飯に誘ってくれるなんて。ついに想いが届いたんやね……それにしても先輩、いつもと口調が違って、ス・テ・キ」


 しまった。うちのクラスには俺と同じ『けい』という名前の女の子がいたんだった。しかもその子、中田圭さんは朱音先輩にガチ恋をしている六人の女子のうちの一人だ。


 すっかり自分が名指しされたんだと思いこんで、感激の涙を流している。手を組み合わせながら春藤先輩が席まで来てくれるのを待っているようだ。

 最悪だ。今すぐ教室の窓から飛び出したい。骨折してもかまわないからフライアウェイしたい。

 本気でそう考えだしたところで、なかなか動き出さない俺に業を煮やしたのか、先輩が教室の中にズンズン入ってくる。

 そこで、引き戸の影にいたもう一人の人物があらわになった。これも言うまでもなくサクである。

 顔を真っ赤にしながら、おねえちゃんやめて、ほんとやめて、お願いだからと小声でひたすら唱えている。逃げだそうとしているが、左手をガッチリ握られているせいでそれも叶わないようだ。

 そうか、サクも俺と同じ被害者なんだな。かわいそうに。


 なんて同情している場合じゃない! 早く、早く逃げないと。

 先輩を熱っぽく見つめている中田さんをスルーして俺の元に一直線に向かってくる。中田さんは何が起こったのかわからずひたすら困惑している。それを見ていたクラスメートたちはケイとは中田さんではなく俺を指しているのだと気づき、一斉に視線が集まった。

 いやーな汗が背中をつたう。足がガクガクなってまともに動きそうにない。


「どうしたんだケイ。昼休みの時間は有限なんだぞ。さ、早く行こう!」


 朱音先輩はあいていた右手で俺の手をつかむと、強引に引っ張って教室の外に連れ出す。動揺しすぎて声もあげられなかった。

 右手に俺、左手にサクを携えた先輩は廊下の真ん中を我がモノ顔で進んでいく。廊下にいた生徒たちは自然に道をあけていく。まるでモーゼが海をまっぷたつに割っているかのようだ。もちろん俺やサクも注目されている。


 なるべく顔を見られないように全力でうつむいて左手で顔を隠す。

 終わった。色々と終わった。俺が今まで積み上げてきたものが音をたてて崩れていくのを感じる。

 先輩は俺たちを引っ張ったまま階段をあがっていき、屋上へ足を踏み入れた。

 屋上は普段閉鎖されているはずなんだけど、なぜか先輩は鍵を持っていて南京錠を開けていた。


「朱音先輩、その鍵どうしたんですか?」

「仲良くなった用務員のおっちゃんにスペアをもらったんだ。屋上はわたしのお気に入りの場所でね。今日みたいな天気の良い日にここで食べると最高だぞ!」


 やっと俺とサクを解放してくれた先輩はさっそくお弁当をひろげていた。


「先輩、俺昨日言いましたよね? 知り合いじゃないフリをしてほしいって」

「わたしも言ったぞ? 善処すると。善処したがあふれだす衝動を止められなかったんだ」


 あっけらかんとそう言う朱音先輩。どれだけ自由なんだこの人は。

 怒りに任せて部活やめます、とか言いそうになったが、俺は弱みを握られている。あの写真をばらまかれたら一巻の終わりだ。抑えろ、抑えるんだ俺。


「勘弁してくださいよホント。これからはこういうことはやめてください。スケジュール調整すればお昼ご飯一緒に食べられる日は作れます。事前に連絡していただき、かつ誰にも目撃されない場所でならつきあいますから。閉鎖されているとはいえここじゃあ外から見えちゃいますからね」


 この人を止められないことはもう十分わかった。ならせめて譲歩してもらうしかない。


「そうだよおねえちゃん。私がこういうの無理だってこと知ってるでしょ? これからは別の方法でお昼ご飯誘ってよ。だいたいなんで急にこんなことしだしたのか私にはわからないんだけど。今まではお互い自分の教室で食べてたじゃん」


 そうだったのか。てっきり朱音先輩はいつもサクと一緒に食べてるものだとばかり思っていた。


「すまないな。二人が部活に入ったからかテンションが上がりすぎてしまったんだ。そうだな、これからはスマホアプリのラインか、メールで事前連絡、場所は部室でどうだ?」

「「まぁ、それなら」」

「よし、じゃあ決まりだな。とりあえず今日のところはここで食べるとしよう」


 いやに物わかりがいいな。もしかして最初からこうなるのを狙っていたのだろうか。最初に無理難題をふっかけたあと、それよりも難易度の低い要求を通す。古典的なやり方だが効果的だ。

 これからの方針が決まったところでやっと安心してお昼ご飯を食べることができた。 

 クラスのみんなには、俺がカツアゲされていたところを朱音先輩に助けられて、そのお礼に俺がお昼ご飯をごちそうした、という強引なウソで乗り切ることにした。特に中田さんには、朱音先輩とは面識はあるが知り合いというほどではないというウソを信じてもらわないと。

 一回ならなんとかなるはずだ。幸いにも、朱音先輩が俺を自分の部活動に勧誘したといううわさは流れていない。あと、俺がサクのスカートの中をのぞいたといううわさも。

 二回目以降は言い訳がきかなくなるだろう。これからはますます注意しなければ。


 俺たち以外誰もいない屋上は不思議と落ち着く。さらなる悩みの種をかかえてしまったが、これはこれで貴重な体験をすることができた。

 まるで昨日のオフ会の続きをしているみたいな感覚で騒がしくお弁当をつついていたらもう教室に戻る時間になってしまった。


「諸君、放課後に会おう!」


 朱音先輩はキメ顔で捨てぜりふを吐いたあと、スキップしながら三年生の階へ消えていった。

 残された俺とサクは、お互い大変だなとアイコンタクトをしてから、静かに自分の教室に戻っていく。

 事情を聞こうと押し寄せてきたクラスメートたちにもみくちゃにされながら、やっぱり今日の部活の時間にもっと文句を言ってやろうと決意する俺なのであった。

 その後、なんとか朱音先輩とは最近顔見知りになって別段親しいわけではないというウソを信じ込ませることが成功し、胸をなでおろしつつ午後の授業を受ける。

 そして、放課後。近代機器研究部員としての初活動のときがやってきた。

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