第8話 雑談タイム
作戦会議が終わった後は雑談タイムがはじまる。
「春藤先輩、俺ずっと思ってたんですけど、レッドってハンドルネーム、ダサくないですか? 下の名前が朱音ならヴァーミリオンとかもっとマシなのがあったでしょうに」
「ふん、このカッコよさがわからんとはお子ちゃまめ。戦隊モノを見れば明らかだろう。レッドこそ最も強く、出番が多い!」
「どっちがお子ちゃまだ!」
「ふっ、大人というものは一週まわって子どもに戻るものなのさ」
「ふ、深い……って思ったけどまだ一週回るような歳じゃないでしょう!」
「うむ! ぴちぴちの十七歳だ!」
「ぴちぴちって言葉、死語ですよ」
なんてどうでもいい話から、少し踏み込んだ話まで。
「そういえばサクってリアルとネットじゃ全然印象違うよな」
そう指摘すると、サクはギクッ、という擬音が似合いそうな顔をしてから、口をもにょもにょさせつつ震え声でこう言った。
「リ、リアルの私はかりそめの私。ほ、本当の私はネットの中の私。私の魂は電子の世界にこそあるんです」
「要はネットではキャラ作りしててリアルの人格とは大きく異なる、と」
「違いますぅ! リアルの方でキャラ作りしてるんです!」
「まあサクがそう言うならそうなんだろうな」
「スイはいじわるなんですね。見そこないましたよのぞき魔先輩」
「もうその話は終わったはずだろやめて!」
そうして雑談をしていたら時間はあっと言う間に過ぎ、お昼に店に入ったのに気がつけば夕方になっていた。
時計を確認するとちょうど十七時を指していた。もうそろそろ帰らなければならない。
だがその前に言っておかなければならないことがある。
「春藤先輩、サク、ちょっとお願いがあるんだけど」
「聞こう」
「変なお願いだったら聞きませんよ」
「高校では部活のとき以外、知り合いじゃないフリをしてほしいんです。二人の知り合いだとバレると色々と面倒なことになるので。あと、もしどうしても学校で話さなきゃいけなくなったときはハンドルネームじゃなく本名でお願いします」
「善処しよう」
「言われなくてもわざわざ話しかけたりとかしないので問題ないです。スイの方こそ廊下で私と会ってもあいさつとかいりませんから」
「先輩、善処じゃなくて徹底していただけるとありがたいです。サク、了解した。利害の一致だな」
春藤先輩については若干の不安が残るが、これで一応は大丈夫だろう。
この二人と知り合いで、さらにソシャゲー仲間だなんて知られた日には多くの生徒からの嫉妬を買うことになってしまう。部活に行くときも細心の注意を払って誰にも目撃されないようにしなければ。
「スイ、わたしからも一つ。その春藤先輩、という呼び方はなんだかよそよそしく感じるから他の呼び方にしてはくれないか? 咲良をサクと呼ぶようにレッドって呼んでもいいし」
「さすがにレッドはちょっと。それじゃあ朱音先輩、でいいですか?」
「むぅ。まあよしとしよう」
「あ、スイ、私はそのままサクっていう呼び方でいいですよ。別に春藤とか咲良でもいいですけど」
「わかった。そのままサクって呼ぶよ」
呼び方は人間関係を形成する上で地味に重要になってくる。きちんとすりあわせしておかないとな。
「もう五時半だし、そろそろ解散としよう。今日は実に有意義な時間を過ごすことができた。これもサクとスイという素晴らしいギルドメンバーのおかげだ。ありがとう!」
会ったときと同じように握手を求められる。あのときはビックリしてたせいで気がつかなかったけど、先輩の手は肌触りがよくすべすべしていて、ほのかにあたたかかった。女の子と手すらつないだことがない自分にとって握手でさえ刺激が強い。思わず赤面してしまいそうになるのを必死で抑える。
「ほら、サクとスイも握手するんだ。これから同じ近代機器研究部の一員として活動していくんだから」
サクともするのか。流れ的にはそうなのかもしれないが、気恥ずかしいものがあるな。
サクも同じ思いなのか、少しのあいだ逡巡したあと、ややそっぽを向きながら小さな手を差し出してきた。
俺も目線をサクから外しつつ、おそるおそる手を握る。女の子らしい、華奢だが柔らかさを備えた手。
「二人ともいつまで握手している気だ?」
先輩に言われてようやくお互い手を離す。俺もサクもなんでか手を離すタイミングを計れず、一、二分くらいずっと手を握ったままだった。
「スイ、手汗がすごいです」
「いやいや、それはサク自身の手汗だから」
「女の子に手汗すごいねとかスイにはデリカシーというものがないんですか!」
「自分で手汗がすごいって言ったんだろうが!」
結局俺とサクはこうなってしまうのか。帰り際にまた言い争いになってしまった。
でも不思議と悪感情はない。サクの方も、まったくスイはしょうがないですねと言いつつ、もう気にしてはいないようだった。
ソシャゲーのときのサクも明るくていいけど、リアルの咲良の方もこれはこれで面白い。似ているようで俺とは主張が違うし。
会計をすませ、大きく手を振りながらまた明日~と声を張る朱音先輩に手を振りつつ地下鉄の方へ足を向ける。よく見るとサクも小さく手を振っていた。それがなんとなく嬉しくて小さく笑いをもらす。
改札を通り、地下鉄の中にぎゅうぎゅうに押し込まれながら今日一日を振り返る。
間違いなく今まで生きてきた中で最も濃い一日だった。オフ会に参加すること自体勇気がいることだったのに、一年近くソシャゲーの中で時間をともにしてきたギルドメンバーが二人とも知り合いで、一クセも二クセもある美少女という衝撃展開に加え、なんだかよくわからない部活に入らされたときたもんだ。
たった一日で、思い描いていたこの先の高校生活が劇的に変わってしまった。
やっかいだなと思いつつ、未知の世界に足を踏み入れるようなワクワク感も確かに存在し、複雑な心境におちいる。
友達百人維持活動だけは完璧にこなそう。近代機器研究部がその妨げにならないよう気を引き締めつつ活動を行おう。
俺はそう決意しつつ、今日話し合った通りブレファンのダンジョン潜りに励むのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます