第4話 出来過ぎた偶然
真っ先に目に飛び込んできたのは、らんらんと輝いている大きな瞳に、長いまつげ。整った造形の顔が間近に現れたため思わず後ずさる……ってちょっと待て!
そこにいたのは一昨日俺に部活勧誘をしてきた学校一の有名人、春藤朱音先輩だった。
なんという偶然。まさかこのタイミングで出会うとは。
「春藤先輩、こんなところで会うなんて偶然ですね。誰かと待ち合わせとか? 実は俺も待ち合わせなんですよ」
もうすぐレッドとサクが来てしまう。また勧誘されてはたまったものではないため、ここはあたりさわりのない会話でさらっとかわすのが吉。
俺がそう言ったら、なぜか先輩は手で口を押さえ、数秒間こらえたのち、身体をくの字に折り曲げながら爆笑しはじめた。
「ぷ、く、あ、あはははは! 予想通りの反応すぎて笑いがとまらん! ナイスだぞ少年!」
笑いながら背中をばんばんたたいてくる。
「え、俺なにか変なこと言いました?」
そう問いかけた俺を先輩は放置し、笑いの発作に身をゆだねている。ひいひい言いつつもなんとか落ち着いたらしく、今だニヤニヤしながら衝撃的な一言を放った。
「こう言えばわかるかな? はじめましてスイ。昨日は遅くまでつきあわせて悪かったな。会えて嬉しいぞ。今日はよろしく頼む」
差し出された手を呆然と眺めながら、頭の中を整理する。いや、整理するほどのことでもないんだけど、感情がついてこない。え、これって、つまり。
「春藤先輩がレッドってことですか!?」
「あったり~。気づくのが遅いぞスイよ。いや、ケイ、と呼んだ方がいいのかな」
そんなことってあるのか。なんだよこの偶然。ん、でも先輩はブレファンの『スイ』が俺、秋川彗だってことを知ってた感じだったぞ。
「先輩、もしかしてスイが俺だって気づいてました?」
ぶんぶんと風切り音がでるほどの激しい握手をしてくる春藤先輩に必死についていきながら単刀直入に聞いてみる。
「うむ。つい二週間前くらいだったかな。学校の階段を降りながらブレイドファンタジアをしていたのがチラッと見えてしまってな。ちょうどブレファンのホーム画面でアバターが映ってたからすぐスイだって気づいたよ」
「後ろから人のスマホのぞくとか普通にマナー違反じゃないですか」
「仕方ないだろう。不可抗力だ。見たといっても一秒にも満たないくらいだったんだから」
「化け物なみの動体視力ですね」
「褒め言葉と受け取っておこう。いやぁしかしこの素晴らしい偶然を神に感謝したよ。ついにわたしの野望が叶うのだから。あ、この話すると長くなるから先に店にはいるとしよう」
先輩の野望ってなんだろう。嫌な予感しかしないんだけど。
しかし今は同じ高校の知り合い、ではなくあくまでブレイドファンタジアの『スイ』としてここにいる。先輩は『レッド』だ。だからここはおとなしく先輩の言う通り店に行くとしよう。
「お店はどこにしますか?」
「すぐ近くのデニーズでよかろう。だがその前に、我がギルドのもう一人のメンバーを紹介しないとな」
「もしかして先輩の後ろに隠れてるのがサクですか?」
「なんだ、気づいてたのか」
「気づいてましたよ。あえてスルーしてたんです」
「こいつは引きこもり体質な上に恥ずかしがりやだからなぁ。ここまで来れたこと自体が僥倖だ。ほらサク、我らの朋友スイだぞ。あいさつくらいしたらどうだ」
春藤先輩が促したことで、少しずつ、少しずつ姿を現していく。
緊張が再び戻ってきた。レッドが春藤先輩というのは想定外だったが、サクも俺の知っている人物ということはないだろう。サクはおそらくレッドと親しい仲、例えば、友達だとか、兄妹、じゃなくて姉妹だとか、恋人だとかのはずだ。んで、春藤先輩は俺と同じ高校に通っている、と。
あれ、もしかしてもしかすると知り合いの可能性が……?
「こ、こんにちは。私が、サ、サクです」
うつむきがちで顔がよく見えない。どこか既視感があるんだけど、とっさに誰か思い浮かばないということは学校ですれ違った程度なのかもしれないな。
服装は黒のジャケットに赤系のプリーツスカート。黒と赤のコントラストがきれいだ。
ちなみに春藤先輩は白色のトップスにジーパンとシンプルないでたち。ありがちな服装だからこそ先輩の美人さが際だっている。
「ちゃんと目を見て話さないとダメだぞサク」
「わ、わかったよ、おねえちゃん」
今の一言で俺の予想が当たったことがわかった。やっぱり姉妹だったんだ。
顔を上げたサクは、やはり姉妹ということはあって、かなりの美少女だった。
姉と比べるとやや下がった目尻。うるんだ大きな瞳に、けぶるような繊細なまつげ。髪型は肩上くらいのセミショート。
こんな子一度見たら忘れるはずもない。もちろん、ばっちり覚えていた。忘れるはずもない見事なクラウチングスタート。
目が合った瞬間、俺もサクも絶句する。
あわあわと口をわななかせながら、二人同時に叫んだ。
「あのときののぞき魔!」
「あのときのお魚さんパンツ!」
俺たちの周りにクレーターができた。というか俺たちがクレーターだった。行きゆく人たちはみな一様に目をそらし、気まずそうな表情をしながら過ぎ去っていく。
「こんな天下の往来でなんてこと言うんですか!」
「そりゃこっちのセリフだ!」
「のぞき魔にのぞき魔って言って何が悪いんですか!」
「事実無根だ! 勝手に見えただけで俺のせいじゃない!」
「でも私のパンツ見たんですよね!?」
「ああ見たさ! ポップでかわいらしいお魚さんをな!」
今にも取っ組み合いをしそうな俺たちを、まあまあまあと春藤先輩がなだめる。
「落ち着くんだ二人とも。続きは店に行ってからだ。腹が減っては戦はできんぞ」
その言葉でハッと我にかえる俺とサク。
しまった。つい熱くなってしまった。俺としたことがなんたる失態。こんなところもし友達や知り合いに見られでもしたら今までの努力が水の泡になってしまう。
俺とサクは大人しく春藤先輩の後ろをついていきながらデニーズへと向かう。
にしてもなんなんだサクのやつは。完全に言いがかりじゃないか。あの状況なら誰が見ても故意じゃなくて偶然だってわかるはずなのに。
心中でとなりを歩くサクへ毒づきながら店内に入っていく。休日のため非常に混んではいるが、運良く四人席へ座ることができた。俺と春藤先輩が向かいあい、先輩の左となりにサク、という席順に。
全員とりあえずドリンクバーを頼んで各自の飲み物を準備したのち、先輩が開始の音頭をとる。
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