悲しみを隠す花

同じ宿でもう一夜明かすと、怪しかった雲も無くなって、街では何かの祭りがもよおされていた。

アイネの話によると、忘華祭ぼうかさいと言う祭りで、朝に戦争で失われた命を街に迎え入れ、祭りを一緒に楽しんだ後、夜にまた送り出すものだそうだ。


昨日まで無かった露店や出店が街に並び、祭りの熱気に当てられた子どもが、活気の無かった街ではしゃぎ回っている。

活気の無かった人の顔は、笑顔だったり、安らかなものだったり、祭りなのに泣いている人まで居る。


ジャンヌを引っ張って出て行ったアリスを目で追いかけていると、街の入口で外から帰って来たアイネと、なにやら会話を始めて、何かを受け取ってから飛び跳ね、またジャンヌを引っ張って走っていく。

窓枠に肘を付いて目でアイネを追っていると、私に気付いて手招きをする。


宿から出てアイネの下に行くと、気味の悪いお面と、真っ黒なローブを渡される。


「街の中心にある広場の台に火が灯された時に、この2つを身に着けるらしい。意味としては、全ての人が魂と平等になり、一緒に祭りを楽しむ為だそうだ。これを着たら私たちも、等しく魂と言う事だ」


「お面を取って気が付いたら、隣にアイネさんが居ないとか、私は嫌ですよ」


「何を言うておる。私は生命として君臨しておる、おぬしに心配される程衰えてはおらぬよ」


「なら、いつもふらっと居なくなるのをやめて下さい。帰って来なかったら、ジャンヌとアリスが悲しみます」


「そこにおぬしは居らぬか」


「はい?」


「……何も言うておらぬ、街の中心に行くぞ」


そう言って前を歩き出したアイネに続き、人混みの中を揉まれながらなんとか進む。

アイネとの間に何人も人が割り込み、遂には見失ってしまった。


立ち止まった私を、奇妙な目で見ては通り過ぎて行く人々の目は、とても冷たくて、無機質的なものに感じられる。

得体の知れない恐怖で突然体が震えだした私は、自分の両肩を抱き締めて、道の端に座り込む。


「お嬢さん。どうしたの?」


上から掛けられた声に顔を上げると、琥珀の瞳と目が合い、優しい笑顔を向けられていた。

突然手を掴まれて赤い花を握らされ、手を引かれる。


半ば引き摺られるように細い路地に連れられ、行き止まりでやっと止まる。


「貴女は誰ですか」


「ん〜? 私はヨルムだよ〜」


「言われても分からないです、アイネさんが探してるかも知れませんので」


「何言ってるのかしら〜? 貴女は私の糧となるのよ〜」


蒼色のドラゴンに姿を変えたヨルムは、手で私を鷲掴みにして、大きく口を開く。

鋭い牙がアイネの作ってくれた服に食い込み、ギリギリと音を立てて罅割ひびわれる。


「んもー、硬いわこの服。何なのかしら」


バキバキと服が音を立て始めると、近くで雷が落ちたような轟音が響き、ヨルムの牙が緩む。

牙が緩んで地面に落下して、轟音が落ちた方を見ると、体に電気を帯びたアイネが、殺意だけで出来た眼光をヨルムに向けていた。


つい先程まで晴れていた空は黒い雲で覆われ、雷が雲と雲の間で輝く。

空模様はアイネの心情を表しているように荒れ始め、豪雨が街を瞬く間に濡らしていく。


「生きていたのかミドガルズ」


「あらあら、感動の再開なのに冷たいわトールちゃん。私と貴方の仲なのに、ミーちゃんと呼んでくれても……」


「なんのつもりだ、クライネは私に所有権がある。そもそも貴様は私が殺した筈だ」


「それを言うなら貴方も私が殺した筈ですけどー。寝込みを性的に襲った日に雷で飛ばされた瞬間、私も毒を口移ししてあげましたのにー」


人型に戻ったヨルムは、胸の谷間から一輪の花を取り出して、怒りが収まらないアイネに歩み寄る。

アイネが帯びていた電気が伸びてヨルムの腕に当たり、焼けた腕が赤く変色するが、それを気にせずに進む。


敵意が無い事を知ると、アイネは私を見て、溜息を吐いてから帯びていた電気を消す。


「行くぞクライネ」


「アイネさん待って」


「なんだ。私はこいつとこれ以上会話をする気は無い」


「アイネさん」


「……分かった、話を聞くだけだぞ」


ヨルムと向かい合ったアイネは、攻撃的な視線のまま無言で言葉を待つ。

俯いて花を胸の前で持ったヨルムは、両手で優しく持っている花をアイネに差し出す。


花を受け取ったアイネは暫く花を見つめて、溜息を吐いてヨルムの手を掴み、違う種類の花をヨルムの手の上に乗せる。


「可愛らしい花だな。感謝するミドガルズ、私の花もくれてやろう。始まりの丘にしか咲かない花だ、それも限られた時間に殆どの者が知らぬ摘み方をせねば姿を保たない。本当はクライネにやるつもりだったが、今度貴様にも手伝ってもらうからな」


「う……っっありがと……トールちゃん。ずっと親からの因縁で喧嘩してたけど、本当はもっと仲良くしたかったの……今度絶対手伝うね」


泣き出したヨルムを抱き締めたアイネに、手で先に帰ってろと合図をされた為、黙って頷いて宿に向かって歩き出す。

すっかり止んだ雨によって出来た水溜りを見ると、水面に街と赤い夕陽が写って、きらきらとした幻想的な街を描く。


「クライネさーん」


「クーちゃーん」


水溜りから視線を上げると、お面を側頭部にずらして着けたジャンヌとアリスが、私に向かって手を振っていた。


「今行きまーす」


アイネから貰ったお面で顔を隠して、ジャンヌとアリスと合流して、街の中心に向かって歩く。

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