今此処に置かれた名前の無い花に
日中に溢れ返っていた、全ての喧騒が静まり返った夜、街の中心の広場には、これまで滞在していた時に見たよりも、遥かに大勢の人が集まっていて、中央にある台を囲む様に手を繋いで、いくつにも重なる円を作る。
少しだけ暗くなってきた空に向けて、多くの人の祈りが届いたように、ひとつだけ星が頭の真上で輝いている。
その広場の中央では、白い服を纏った男性が半円の何かを持って、太鼓の音に合わせて舞を披露する。
もう1人舞を舞っている女性が手に持つ鈴の音が空気中を響き、全ての
献火台に火の灯った松明を男性が投げ入れると、天高く炎が舞い上がって火柱を作り上げる。
それを合図に声を上げた人々は、献火台の周りを、ゆっくりと踊りながら回り始める。
踊っている人たちをよく見ると、変わった服を着ている女性と男性が見られる。
頭に何かが当たって、体が反射的に跳ね上がり、思わず出そうになった声を手で抑える。
人の頭に手を置いていたのはアイネで、仲直りしたヨルムがべったり腕に張り付いていた。
「ヨルムさんの服、それは何てものなのでしょうか。街の人も着ています」
「これ〜? 浴衣って言ってね〜、鬼族の伝統的な衣装なんだよ〜」
「何だ、おぬしも着てみたいのか?」
意外そうにアイネがそう言い、余計な事を吹き込みやがってと言った顔でヨルムを睨む。
「別に着たいだなんて思ってませんよ。見た事が無かったので聞いてみただけです」
「おーそうかそうか。またひとつ知識が増えて良かったのぅ、クライネたちを頼んだぞミドガルズオルム」
「んも〜。その名前は可愛くないからヨルムちゃんって呼んでよ〜、それかみーちゃんってさ〜」
「黙れ性欲の塊。三十分程で戻る」
そう言って踊りも見ずにどこかに歩いて行ったアイネに、自分の中で少しだけ嫌な評価が付いてしまう。
「この浴衣はね〜、私の鱗で出来てるのよ〜。私たちは服を自在に変えられるの〜、確かに千切って服にする事も出来るけど、鱗千切るのって相当痛いのよね〜」
「そうなんですか、劣等種なのでそんな事出来ません。鱗って千切ると痛いんですか?」
「ん〜? そうね〜、どれ位かって言うと〜。ぐるんぐるん回されて壁に叩き付けられる位かな〜」
「例え方が下手ですね、でも痛いのは何となく分かります。そうですか、鱗は痛いんですか」
自分の着ているワンピースと、寝るときに着ている寝巻きは、アイネの鱗で作られているものだ。
アイネを追い掛けようと広場から離れて道を進むと、来た時には無かったが、道端に沢山の花が置いてあった。
「あの、この花は何なのでしょうか」
通りすがった男性に聞いてみると、立ち止まって、笑顔で説明をしてくれた。
「それはね、この街から戦争に行った人たちの
「有難う御座います。すみません、変な事を聞いてしまって」
道端の花の前にしゃがんで手を合わせ、消えたアイネの捜索を再開する。
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