発覚

とんだ所に迷い込んでしまったなあ・・・。


その日、石野は見知らぬ土地のラブホテル街にて右往左往していた。

夜はとうに更けており、あちこちから放たれる眩いばかりのネオンが、睦み合う男女を照らし出している。


初めて赴いた他店舗にて、視察も兼ねた研修を終えての帰り道のことだった。

自分ではもと来た道を辿り、駅に向かおうとしているつもりなのだが、どうも一向にそれらしきものが見えないのである。


自らの方向音痴ぶりには困ったものである。

それにこんな場所、道を尋ねようにも尋ね辛いというか・・・、うわあ、目の前の男女なんてはばかりもなくキスまでしちゃってるよ・・・。


すぐに目を逸らそうとした石野だったが、一瞬垣間見た女の方の顔に既視感を覚え、思わずもう一度振り返った。



袖谷麻里奈ではないか!?



ケバい化粧に派手な衣装に身を包んだその姿は、店での正装とは当然かけ離れたものではあったが、それでも袖谷の姿に間違いはなかった。


「じゃあな、みなこちゃん!楽しかったで!また呼ぶわ!」


みなこ!?どういうことだ・・・?


相手の男は明らかに袖谷なる人物をそう呼ぶと、財布を取り出しお札を何枚か渡していた。


その現場を目にし、更に石野は目を丸くする。


男が立ち去った後、袖谷は嬉しそうににこにこと笑みを浮かべながらお札を数えると、ハンドバックにしまおうとした。


その時だった。


「そのお金は何なんですかっ!?」


袖谷の目の前には、小柄ながらにも仁王のように立ちはだかり、真剣な目付きで糾弾する石野の姿が突如現れたのであった。


「・・・は?」


袖谷はまさかいるはずがないだろう人物がここにいることに一瞬驚いたものの、橋山の件もあって慣れたのか、すぐに平常心を取り戻すと威圧的に応対した。


「あなた、それは、え・・・え、援助交際ですよね!?

偽名まで使って・・・、何考えてるんですか!?立派な犯罪なんですよ!?」


顔を真っ赤にさせながらそうまくし立てる石野とは対照的に、袖谷は先ほどまでの高揚感が嘘のように消え去った。

そんな石野の姿さえも、気持ち悪いと思ってしまう。


「援交ちゃいますよ?

ていうか、石野さんこそこんなところで何してるんですか?不倫ですか?」


「っ!!そんなわけないでしょうが!?

私だっていたくてこんな所にいるわけじゃないんです!ちょっと道に迷い込んでしまったら、たまたまあなたがこんな所にいて・・・」


「あ、そ。じゃあ私帰ります。」


「あ!待ちなさい!」


石野は立ち去ろうとする袖谷の腕をぐいと掴んだ。

その反動で袖谷が反対側の手にかけていたハンドバッグが下に落ちてしまう。


「あっ!」


袖谷が叫んだのも束の間、留め具が衝撃で開いてしまい、中のものが一斉に飛び散ってしまった。


「ああ!すみませんっ!!こんなことをするつもりはなかったんですが・・・。

私も拾うの手伝いますね!」


性格上やってしまったと焦った石野は、律儀にもそう謝ると袖谷と一緒に拾い集め始める。


「ちょ、いいですって!」


「いえ、これは僕の責任でもありますから・・・ん?」


落ちた物の中に何枚かの小さな紙、名刺を見つけた石野は、それを必死に回収していたのだが、そこに記載されている内容に思わず目を止めてしまった。


『激安ホスピタル みなこ(20)』


ふと裏を確認すると、際どい衣装を身にまとった袖谷が挑発的なポーズをとっている、そんな写真が大きく一面に収められているではないか。


「・・・袖谷さん、あなた・・・、まさか、ソ、ソープ嬢に、身をやつしたと言うんですか・・・!?」


「・・・ソープちゃうし。ヘルスやし。」


「はあ」とどうでも良さそうにため息をつく袖谷のそばで、石野はしばらくその場から固まったまま動けなかった。





その日も遅番で職場に出向いた橋山は、到着するなり仕事場に流れる妙な空気を肌で感じ取ってしまった。


別にあからさまに何かの行動や、ひそひそ話が繰り広げられているわけでもない。皆それぞれ、各自の仕事に没頭しているように思える。

ただこの課は、普段があまりにも淡々としている空気なだけに、少しでも何か変化があると分かりやすいのである。


まさか・・・。

そう橋山が不安になりかけた時、石野が飛び込んで来た。


「ああ橋山さん!実は今ちょっと立て込んだ事態が発生してましてね・・・」


やはりか。


「・・・何かあったんですか?」


「ええ。袖谷さんのことなんですけど、彼女副業をしていたんですよ!」


橋山は高鳴る心臓を抑え込みながら必死に冷静を装うと、石野の次の言葉を待った。


「ここではあまり大きい声で言えないんですけど、夜の仕事でしてね・・・。

と言っても、もうこの課の人達はほとんど知ってしまってるんですけど。

まあその関係で今、店長と袖谷さんが面談しているんですよ。」


石野は隣の部屋をちょんちょんと指で指してみせた。


「ご存知の通り、社員は副業禁止と就業規則にしっかり書いてますからね。

今度ばかりは袖谷さんも、ここでやっていくのは無理でしょうねえ・・・。」


眉をひそめながら心配そうな声色で話す石野だったが、内心誰よりもほっとしているであろうことに橋山は気付いていた。

そりゃそうだ。石野さんも僕と同じくらい、いやそれ以上にあの子には手を焼いてきているのだ。


いや、今はそんなことよりも・・・。


更に石野の言葉の続きを待ってみたが、それ以上大した情報を言うでもなく、石野は自分の席へと戻っていった。


この期に及んでも、どうやらまだ自分のことはバレていないようだ。



「店長すみません!ちょっとよろしいですか?」



不意に橋山の目の前を急いだ様子で通り過ぎた社員が、隣の部屋の仕切りを開ける。

店長と袖谷が向かい合っている様子が橋山の方からも見て取ることができた。


「何や?」


「今本社から電話がありまして本日の視察時間が早くなったみたいなんです。もうじき役員の方がこちらに到着すると・・・」


「はああ!?何やねんそれ!?まだ何の準備もできてへんっちゅーねん・・・。

あ、橋山!ええ時にきたな!」


橋山の存在に気付いた店長が、わざわざ彼のもとに近付いていく。

一人席に残された袖谷は、その場からじっと店長の動きを目で追っていった。


「大体のことは石野さんから聞いとるな?俺は今から接待があるから、面談の続きやってくれ。」


相変わらずの無茶ぶりに橋山は返事も出来ずにいると、去り際に店長はそばでこうささやいた。


「手札はもう揃っとるんや。あとは本人の口から辞めると言わせりゃええ。」


「・・・はい。」


まだこちらを見つめる袖谷と目が合いながら、橋山はそう答えた。




「・・・。」


「・・・。」


袖谷と向かい合ってはみたものの、橋山はどう口火を切っていいか分からなかった。


「あの・・・」


「私、辞めます。」


「え・・・?」


空耳ではないのか?

橋山は自分が何を言うでもなく、いきなり発された袖谷の言葉を信じられずにいた。


「私もずっとここ辞めたいって思ってたんで、いい機会やから辞めます。」


袖谷の目は真剣にこちらを見つめ返している。


「・・・はあ。」


不思議と今は、やったという喜びやほっとした安心感が橋山の胸を占めることはない。


ただ肩透かしを食らったような感覚に、呆然とするより他なかった。

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