伸ばしたその手

「パパ〜、なにみてるの?」

「アルバムだよ。パパの昔の写真がいっぱい入った絵本かな」


 来年、小学校に上がる娘の香恋は興味津々で勝手にページをめくり出す。全く、人が思い出にふけっているのに、この自分本位は誰に似たんだか……。まぁ、考えなくてもわかるけど。

 部屋の掃除をしている時に見つかったアルバムは、最近では少し傷や汚れが目立つ。それもそのはず、俺が小学生の頃からあるからもう二十年以上は経っている。

 結局、あの日の出来事が原因で島を離れなかったんだよな。でもまさか、島に残った自分が小説家になるなんて想像もしていなかったけど。

 横に転がって「パパはどれかな〜」と俺の姿を探す娘は、まるで『ウォーリーを探せ』を読んでいる時のように楽しげだった。


「これ、おじさんばっかり」

「そうだな。隣りのじいじもいるぞ〜」

「じいじ!」


 あの時の祭りの写真。主催側に回った町内会のみんなとの写真は、祭り後に撮ったせいか俺の顔が随分疲れていた。今見ると酷いもんだ。


「パパいた!」

「いたね〜」

「ママは?」

「ママは……いるかな?」


 今度はママ探し。でも、この写真では見つけられないだろうな。

 娘が目を凝らして必死になっていると、居間の方からドタドタと足音が近付いてきた。

本物が来ちゃったか。この足音は、少し怒っている。


「こら香恋! 浴衣整えるから待っててって言ったでしょ。なんで脱いじゃうの!」

「だってあついんだもん!」

「夜になれば暑くないから。ほら、こっちおいで?」

「やだぁ!」


 香恋はママの横をすり抜け、居間の方へ逃げていってしまった。ママはぐったりと座り込むと、四つん這いのまま俺の隣りまでやってきた。


「もう、本当にあの子ったら」

「お疲れ様、いつも大変だねママ」


 労って頭を撫でてあげたのに、ママはさらに不機嫌そうに顔をしかめる。


「ママじゃないでしょ。今日は祭りの日なんだけど?」

「あ、そうか。奈々美さん」

「ん、宝くん」


 年に一度の祭りの日、その日だけはお互いにママ、パパと呼ばないようにしている。あの時の気持ちを忘れないためだ。

 奈々美さんは俺の頬にキスをすると、娘との再戦のために立ち上がった。すでに浴衣姿の彼女は、アルバムの頃とは違って髪をバッサリ切ってしまっているから雰囲気がかなり変わっている。だけど、その底抜けの優しさと花のような美しさは、アラサーとは思えないほど昔のままだった。


「奈々美さん、強くなったよね」

「そりゃね〜、娘が年々誰かさんに似て活発な子になっちゃってるから」

「香里に懐いてるから仕方ないさ。名付け親もアイツだし」

「大きくなったら香里ちゃんみたいに芯の強い人になればいいんだけど、今の年頃だと手が付けられないね。小さい時の香里ちゃんそっくり」

「顔はそのまま奈々美さんだから、俺は面白いよ」

「笑ってないで香恋捕まえるの手伝ってよ!」


 はいはいと、俺は重い腰を上げる。

 その後、香恋を捕まえて浴衣を着せるのに一時間もかかってしまった。祭りはすでに始まっていて、香里たちとの待ち合わせにも遅れてしまっていた。


 神社へと繋がる階建の下。先に来ていた三人と合流する。


「遅いわよタカラ!」

「タカラくん。奈々美姉さん。久しぶりだね」


 香里と聡太。そして、恥ずかしくて聡太の後ろに隠れている二人の息子の裕大は、それぞれ違った反応を見せた。

 香里と裕大はよくウチに来るけど、聡太は何ヶ月ぶりかな。島にはいるのだけど港の方へ引っ越した上に、副業もやっていて何かと忙しいやつなのだ。


「奈々姉、早く行くわよ。男どもに子守を任せて私たちはデートしましょ?」

「うんうん。たまには息抜きしないとね」


 両方の嫁からジロリと睨まれた旦那二人に拒否権は無さそうだ。幸い、香恋と裕大はびっくりするほど仲良しだから構わずに見ているだけでいいのだけど。

 先に階段を駆け上がっていた奈々美さんは一度振り向いて、あの時のように微笑んだ。


「宝くん、後でね」

「わかった」


 一緒に止まっていた香里と手を繋いで、奈々美さんは境内に消えていった。残された俺と聡太と子供たちも、ゆっくりと階段を上がる。

 思い出の場所はいつしか、俺たち六人の秘密基地になっていた。毎年この七夕の日だけ、みんなで地上の天の川を見に行くのだ。二人だけの場所を教えることに少し寂しさはあった。でも、香里と聡太がいたからこそ、俺は前に進め、奈々美さんと結婚出来た。やっぱりこの二人は特別なんだ。


 あの天の川には織姫も彦星もいなかった。だけど、俺たちはみんな幸せになれた。

 そんな素敵な日々に感謝をして、次の子供たちの未来を祈ってあの景色に願いを込める。


 きっとそれは、今後も引き継がれていく。

 俺たちから香恋たちへ。香恋たちからその子供へ。そのまた子供へと。

 幸せの光が繋がっていき、いつしかあの天の川のように瞬く想いの星々になればいいなと思う。


 手を繋いで歩く、この子たちの笑顔を見ているとそんな事を考えてしまう。






 あぁ、俺も年かな。


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星に手を伸ばして 琴野 音 @siru69

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