第6話 別々の時間は途方もなく長く

 人が賑わう。という言葉には少し物足りなくとも、いつもより何倍も笑顔と話し声が飛び交う神社の境内は出店と島民で楽しげな空間が広がっていた。

 それを作っている。その感覚がどこか心の隙間を埋めるようで、俺は毎年このイベントの運営側に回るのだろう。

 まぁ、主な理由は別にあったのだけれども。


「お姉ちゃん! 短冊届かないよー!」

「はいはい。じゃあ持ち上げるよー、よいしょっ!」


 奈々美さんは小さな女の子を抱っこして、笹にまた一つ希望の光を灯す。

 町長の娘である奈々美さんは、毎年この七夕祭りを手伝う為に帰ってくる。滅多に帰ってくることが出来ない彼女は、特に好きだった七夕祭りの日に帰省することにした。子供たちが天の川の光に負けないぐらい輝く姿が力をくれると話していた事がある。

 いつもシャツに短パン姿の彼女は、今年は浴衣を着ていた。昨年から始まった祭り終わりの花火。そのための浴衣だという。


「宝〜、こっち手伝ってくれ」

「わかりました」


 今回出店の休憩回しをする仕事を貰った俺は、彼女の浴衣姿を横目にその場から遠ざかる。

 なかなか、話しかけられない。

 思ったより忙しくなって、二人きりになる時間が取れない。まだ始まったばかりとはいえ、少し不安になってしまう。奈々美さんも人だかりの真ん中で動けなさそうだった。


 いくつも出店を回った。もちろん、客としてではない。何度も参加していることで、焼きそばもたこ焼きもわたあめも作れるようになってしまったせいだ。どんな出店でも器用にこなす俺は、運営側からするとすごく優秀な人材なのだろう。一人で交代する人もいない店主からは特に嬉しそうにお礼を言われる。

 それ自体はとても満足している。気温よりずっと強い鉄板の熱気に汗を流しながらも、たくさんの人の笑顔と言葉で活力が湧いて、こっちまで笑顔になれるから。


「宝くんありがとう。ここはもう大丈夫だよ」

「宝くーん! こっちも頼めるかな!」


 だけど、ひっきりなしにお呼びがかかって、俺の笑顔が曇っていくのがわかる。

 いま何時だ?

 祭りが終わってしまうともう奈々美さんは捕まらない。子供は参加出来ない町内会の打ち上げが明け方まで続き、そのまま早朝の船で本土に行ってしまう。

 この祭りの最中しか、タイミングはないのだ。


 いつしか、祭りは終盤に差し掛かる。それなのに、俺の仕事は終わらない。ほぼ全ての出店を任された俺はあと二つの休憩を回さないといけない。もともと運営側は祭りを回る事が出来ないとはいえ、この仕事がここまで休憩が無いとは思わなかった。

 不安は焦りに変わり、歩く人達の顔がおぼろげに姿を滲ませ始めた。

 そんな時だった。


「げっ、タカラ何してんの?」

「タカラくんめっちゃ疲れてるじゃん」


 お面屋でうなだれている所、香里と聡太に出くわした。

 なんだ、二人で来てたのか。

 香里は慌てて俺の耳元に顔を近づけ、聡太に聞こえないようにコソコソと耳打ちする。


「あんた、告白はしたの?」

「まだ……、忙しくてさ」

「はぁ? いま何時だと思ってんのよ。もうすぐ終わっちゃうのよ? 終わったら会えないでしょ?」

「……わかってるよ。仕方ないだろ……」

「はぁ……あんたってホント馬鹿ね」


 香里は羽織っていたカーディガンを脱いで、何故か聡太も腕をまくった。


「代わってあげるわよ。さっさと行ってきなさいよ」

「俺も手伝おうかな。タカラくんは少し休みなよ。他のところの出店は俺が行くから」


 香里は座っていた俺を無理矢理どかせると、椅子に腰掛けて足と腕を組んだ。

 こいつら……。


「本当に、ありがとう」

「さっさと行きなさいよ」


 諦めかけていた心に、二つの光が見えた。

 親友たちに最後のチャンスをもらって、俺は駆け出そうとしていた。


「待ってタカラくん」

「え?」


 引き止めてきたのは聡太だった。さっきの香里の真似をするように耳打ちをする彼の顔は、何かを悟ったように穏やかな表情だった。


「奈々美さん、給水所にいるよ。もう仕事は終わったみたい」

「お前……っ、何で」

「今日するんだろ? そりゃわかるさ。誰だと思ってんだ?」


 そう、友達より、親友より、家族より近いこいつにはわかってしまうらしい。香里もそうだけど、つくづく秘密事は出来なさそうだ。


「聡太、ありがとよ」

「気にすんな」


 予定ではあと三十分程で祭りが終わる。それまでに彼女を探し出さなければならない。


 これで最後なんだ。今回を逃したら、きっと俺はもう告白なんて出来ない。

 花火のために立ち止まっている人たちを避けて、給水所に向けて足を動かした。






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