第2話 将来の目的

 帰り道、最後まで一緒にいるのは香里だ。

学校から出てどこまでも続きそうな田んぼの横を十五分歩くと住宅街に入る。そこで聡太と別れ、さらに十分ほど香里と並んで帰る。俺の自宅に着くとそこで別れるのだ。香里はそこから大股で十歩ほど。つまり、お隣さんだ。


「でさ、手相ってすごく当たるんだって。テレビ見てお母さんとやったんだけどちゃんと当たってたの。凄いよね~」

「ふ~ん」


 昨日は怒って帰ってしまった香里だけど、予想通りケロッとした顔で話しかけてきた。聡太と別れてからもずっと占いの話に付き合わされて、俺は少し反応が薄くなっていた。普段就職だの進学だのとキチンと人生設計立てている癖に占いだけは信じているみたいだ。

 俺の家の前に来ると、手を振ってさよならをする訳でもなく、香里は足を止めた。なんだか悩んでいるようにも見えるその顔に、俺はたまらず声を掛けてしまった。


「なんだよ。何か言いたいのか?」

「あのさ……」


 言いにくそうにあっちを向いてこっちを向いて、その挙動に少し嫌な予感がする。


「タカラはさ、高校卒業したらどうするの?」


 やっぱり、こう言う話か。

 高校生二年生になると、将来のことを考えて島から出るか出ないかを決めなければならない。俺がここ最近図書室に篭っていることを知っている香里は勘づいている。俺がどうしたいのか。そして、その理由まで。


「香里はどうするんだよ」

「私は……島に残るよ。お母さんの花屋を継ぎたいし。聡太も出ないみたい。お父さんと漁師をするって」

「そっか」

「タカラも出ないよね? ずっと三人一緒だよね?」


 香里は眉を寄せて少し下を向いた。

 物心つく頃から一緒にいるんだ。兄妹と言うより分身に近いのだと思う。自分の一部が欠け落ちるような感覚。それは俺の中にもあって、二人から離れるとなると少し喪失感を覚える。

 だけど、隠す必要もない。どうするかは結局、自分の勝手なのだから。


「俺は、島を出て大学に行くよ」

「それって、奈々姉のところでしょ?」

「そのつもり」

「馬鹿……あんたが奈々姉の大学行ったって、その頃には奈々姉卒業じゃん。意味無いよ」

「わかってるよそんなこと」

「だったらなんで!」

「お前に関係ないだろ!!」


 近過ぎる距離にいる香里は、時に踏み込みすぎる。大学進学にまだ迷いがあり、勢いに任せようとしていた俺のふわついた心に深く鋭く刺し込まれたことで、つい声を荒らげてしまった。

 香里はビクッと怯えたように後ずさる。

違う、こんな言い方するつもりは無かった。


「……ごめん」

「なんで……分かってくれな……っ!」


 堪えきれず、香里の頬に滴が流れ落ちた。それを隠すように彼女は走り去ってしまった。隣りの玄関が凄まじい音で閉められる音を聞いて、焦りと後悔に心臓が大きく動く。


「ごめんってば……」


 なんでこうなんだろう。癇癪を起こすように怒鳴りつけて、香里を傷つけて。まるで成長していない。子供のままだ。

 家に入ろうとしても、いつもよりドアノブが重い。


 俺は、どうすればいいんだ。


 居間にいる母さんに挨拶もなく、俺は自室に入った。鞄を投げ出して制服のままベッドに倒れ込むと、頭が妙に熱いことに気が付いた。変に考え事をしたせいだ。不安ではなく純粋な迷い。どの道を想像してもしっくりこないのだ。


 結局そのまま寝てしまい、明け方に目が覚めた。多少気分も持ち直していたかど、どんな顔をして香里に会えばいいのかわからない。






 香里と一言も話さないまま、その日の授業は終了した。今日は二者面談があったから二人には先に帰るよう伝え、俺は応接室で待つ先生の元へ急いだ。


「いらっしゃい宝くん。どうぞ座って」


 先生は屈託のない笑顔で手を広げた。

 中央に置かれたライトブラウンの丸机。壁には生徒が書いた絵や、工作の時間に作った竹のキリンなど、卒業生が残していった記憶が飾られていた。

 促されるままに椅子に座ると、先生は机に置かれた紙を手にした。


「さてさて、事前に言ってあったように今日は進路のお話です。この島だと就職というか、家業を継ぐ子が多いのだけど、聞いた話によると宝くんは進学希望なんだって? 具体的にどの学校に行くのか決まってたりするの?」

「北大路……教育大学」

「北大路? 東京の大学よね。あそこは確か偏差値が高かったと思うけど、教師になりたいの?」

「まぁ、そう考えてます」

「んん〜?」


 先生は何かを察知したようにこちらの顔を覗き込んできた。普段ふわふわと授業をしているけど、真面目な話をする時は目ざとい人だ。もしかしたら嘘がバレているのかもしれない。


「本当に? 本当に教師になりたいの?」

「……」

「やっぱり、別になりたいわけじゃなさそうね」


 敵わないな。こんな島でも、何年も教師をしている事だけはある。

 う〜んと何かを考える先生。止めるのだろうか。


「理由はわからないけど、例えば都会に憧れていることにしましょうか。漠然とした考えで大学に行ったとして、旅費や入学金、年間の授業料も考えると大学って凄くお金がかかるの。それはバイトなんかじゃ全然賄えなくて、お父さん、お母さんが必死に稼いだお金を使わなくちゃいけない。ちゃんとした目的もなく大学に入っても、そのお金を食い潰すだけになっちゃうのはわかるわよね?」

「……はい」

「都会に行くなら旅行でもいいし、仕事に繋がらないなら別に行かなくてもいいんじゃないかなって先生は思うんだけど。宝くんは地元の催しにも積極的だし、出来れば残ってほしいと、大人な先生は引き止めたいのね」

「町おこしの話ですか? そんなの大人の事情じゃないですか」


 遠回りに反対してくる先生にムカッときて、つい斜に構えてしまった。

 だけど先生は、軽く笑ってちゃんと正面から向き合ってくれる。


「それもあるけどね! もちろん前半の話も本音よ? 何人も大学を薦めた子だっていたわ。だけど宝くん。それはちゃんと目標があったから。宝くんの言うように教師になりたい人、プロのアニメーターになりたい人、医者になりたい人。職種は様々だけど、みんなちゃんと将来を見てた。あなたにもそういった目標があるなら先生は全力で応援するよ 」

「……そうですか」

「しっかり考えてみて。自分が何をしたいのか、その為に何をするべきなのか。また来月に個人面談があって、その次は三者面談だからそれまでにね。あなたが本当にやりたいことがあるなら、反対するお母様とだって戦う覚悟なのよ。先生は宝くんの味方だからね」

「……ありがとうございます」

「ん、じゃあ今日はおしまい! 気をつけて帰ってね」

「はい、さようなら」


 俺は立ち上がって、そそくさと部屋から出た。

 言いくるめられた。何も否定出来なかった。

 本当にやりたいことがわからない。何度考えても、答えは出てこないんだ。




 奈々美さんに会いたい。

 何故か無性に、そう思った。

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